機動戦艦ナデシコ二次創作

もう一度謳うぼくたちの歌 断章 其の弌


 ――と、いうわけで人類が史上初めて手に入れた惑星規模の統一政体、地球連合(以後はUEと表記)はまったくの奇襲といっていい先制攻撃をうけて混乱の極みに叩き落されることになった。

 ある意味、二〇世紀中盤の覇権獲得戦争である太平洋戦争の始まり方に酷似しているといえないこともない。もっとも、のちに蜥蜴戦争と呼ばれる惑星間戦争のファンファーレの鳴り方は、太平洋戦争とは幾つかの類似点は見られるものの大幅に異なる点も多い。

 例えば、この二つの戦争における役どころに国家間の共通点を見出すならば、UEは史上最大の金満国家にして神の名のもとに人が地上に現出せしめた比類なき人造国家、アメリカ合衆国であろう。やや独善的に過ぎる点や、膨大な国力という点からもそのことに異論を唱えるものはいないと思う。で、あるならば木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛生小惑星国家反地球共同連合体(以後、木連と表記)は自動的に頭に大と冠した貧乏人の帝国、大日本帝国ということになる。

 木連と大日本帝国は、UEとアメリカ合衆国を仮想敵、あるいは主敵と定め、その建国以来(といっても大日本帝国の場合、合衆国を仮想敵と定めたのは日露戦争以降で、加えて言うならそれは海軍に限っての話であり、陸軍は相変わらずロシア−ソヴィエトを主敵と考えていた)粛々と軍備を整えてきた。この点はまったくの疑いはないといっていい。

 だが、この二つの国家に対するUEと合衆国の木連と大日本帝国に対する対応はどうだったかというと――必ずしも類似しているとは言い難い。

 先に合衆国の方から述べさせていただくことを許してもらえるなら、この世界最強の人造国家は、その敵役である大日本帝国がそうであったように日露戦争以後、この貧乏な帝国を仮想敵としていく。日露のいくさ以後、大陸あるいは中国に対して食指を動かすことを隠そうとすることのなくなった島国の国家経営方針は、彼等のアジア経営にとって邪魔でしかなかった。あるいは、満鉄をはじめとする権益に合衆国をいくらかでも噛ませておけば話は違ってきたのかも知れないが、島国の人間にありがちな狭窄的な視野から日本帝国は、満州を自分たちの生命線と考え、そこに外国勢力の存在が介在することを忌避した。むろん、中国に関しても同じである。で、あるならば合衆国がそれを見過ごすはずも無い。彼等はオレンジ・プランとして知られる対日戦争計画を立案し、日本帝国を彼らの仮想敵に加えた。

 ならば、UEは木連をどう見ていたかというと――ここでUEと合衆国に差が出てくる。合衆国が日本帝国を仮想敵と考え、それなりの戦争プランをもち、まるでローマがカルタゴを滅ぼしたときのようにじわじわと真綿で首を締めるように外交戦略を駆使したことに対し、UEはそうではなかった。

 と、いうよりUEは木連を認識していなかった。政治的にも、軍事的にも。無視していた、ということではない。文字通り、気付いていなかったのだ。なんとも呆れた話ではあるが、UEは自分たちの不始末で作り上げたこの敵の存在を、蜥蜴戦争直前の彼らからのアプローチまで、まったく認識していなかった。後世の視点からすると随分と間抜けで、奇妙な感じがするが、まったく理解できないという話でもない。

 木連という国家は、月独立運動の一派が月を追われ、落ち延びた火星を更に追われ、木星付近をあてもなく彷徨っている際に先史文明が残した遺産――いわゆるプラントを発見し、それを基盤とすることで成立したものであることは現在では周知の事実だが、彼らが地球に対してどのような感情を抱いてきたか、という点では深く知る者は少ない。

 もちろん、政体の名前に『反地球』と銘打っていることからも、彼らが地球連合――自分たちを石もて、どころか反応兵器まで使って追い立てた人々を憎んでいたのは容易に想像できるし、事実その通りであった。

 そして、それと同時に恐れていた。自分たちの政治的コンセンサスの障害となるならば、二〇世紀中盤に開発、二度の実戦使用以降、禁忌とされてきた反応兵器使用(たとえそれが彼らの母星である地球上でないとはいえ)になんら躊躇をみせることがなかった存在を、極度に恐れていた。

 木連の軍備とは、まずもってその恐るべき敵に対する自衛手段として整えられていったのである。その防衛的軍備が侵攻的軍備に質的変化を起こすのは建国から八〇年を過ぎた頃であり、加えていうならば蜥蜴戦争直前であってさえ、地球、あるいはその勢力圏内に存在している火星に手を出すことには大多数の人々が躊躇いを覚えていたことを明記しておく。

 軍備のことから話を戻して、木連の人々、あるいはその首脳部には常に月と火星――とりわけ火星での恐怖の記憶がこびりついていた。確かに、木星圏は地球圏から遠く離れてはいるが、だからといってUEの暴虐極まりない魔手が伸びてこないとは限らない。いや、すぐにでも追っ手をかけてくるに違いない、そう考えていた。後述する地球側の太陽系開発構想から考えると、それは過剰反応や被害妄想に近いものなのだが、当時の木連の人々からすると、それほど地球が恐ろしかったのだといえる。

 そして、その恐るべき地球から木連の人々は身を隠した。それも、徹底的に。プラントや市民船と呼ばれるコロニーを、地球から観測できない位置に移設、建造するのは当然として、光学観測以外の方法で自分たちの存在が地球側に暴露してしまうことを避けるために一切の電波信号の発信を禁止するという思い切った手段すらとった。とはいえ、市民船同士、あるいはプラントとのやりとりにいちいち連絡船を飛ばしているのは非効率であり、経済的(経済的基盤が弱体な木連ではこの点が重要だった)でない。彼等は、電波による通信の代替手段としてレーザーを用いた。少なくとも、レーザーであれば傍受される可能性は低い。加えて、通信内容を極端に圧縮し、レーザーの発信を極々短時間で済ませてしまうようにした。今日の我々の認識では、木連製の工業製品(その最たるものは兵器だ)は、相転移エンジンや、ディストーションフィールド、あるいはグラビティーブラストやボゾン関連の技術といったものが地球側よりもはるかに進んでいるのに対し、情報関連技術(前者がハードとすれば、こちらはソフト)は随分と遅れているという認識だったが、こと通信という項目に関してはそうはいえないといっていいだろう。

 多少話がずれたが、こうした木連の隠遁方針と、これから記すUEの太陽系開発方針が相乗的な効果を発揮し、地球側に蜥蜴戦争直前まで木連の存在を気付かせなかったといっていい。

 UEの太陽系開発――というか、宇宙開発を主導したのは合衆国、日本、英国であった。合衆国は、まずもって自分たちがフロンティアスピリッツの持ち主であるという強烈な自負から、日本はある程度市場が熟成され、大規模な発展は見られないという地球の経済的現状から新規の市場の開拓と、その開拓自体が金になるという理由から、英国は、旧大陸の西側の半島が寄り集まって出来たヨーロッパ連合という経済圏が肌に合わなかった(何しろ、英国は常に旧大陸において中心的な存在である独仏と歴史的に仲が良くない)という理由から、星を目指した。大陸中国や、ロシアも宇宙開発能力を持っていたが、前者は国内政治状況の悪化からそれどころではなかったし、ロシアは歴史上常にそうであったように、金が無かった。

 そして、この三カ国によって推進された宇宙開発でそのコンセンサスを作り上げたのは、意外なことに日本だった。ともすれば学術的、あるいは観念的な方向に走りがちな英米というアングロサクソン国家を、機会主義者の巣窟である日本は、

「ハイキングに出かける前に旅装ぐらい調えろ」

 と言って聞かせたのだった。少なくても日本人は、ロマンや夢を求めて宇宙を目指したのではなく、飯を食うために目指したのだから、その言い分はもっともといえる。地球近傍空間の開発をおざなりにするなら金は出さないとまで(この国にしては珍しく)強気な態度でいった日本に対し、英米は迎合せざるをえなかった。自分たちだけでも出来ないことはないが、過去数度の不況を乗り切り、世界有数の経済大国である日本の資金がなければ計画は世紀単位で遅れを見せることは間違いない。否も応もなかった。

 こうした経緯で、地球は自分たちの周辺から荒野を耕し始めた。手始めに、ジオセントリック軌道に幾つもの軌道基地が建造され、ついで、そこを足がかりに月が開発された。大気こそないが(水は激突した彗星の核の残滓が存在していた)、月には各種鉱物資源が手付かずで存在していた。そしてなにより、短期的なスパンで眺めたならば無尽蔵といっていいヘリウム3が眠っていた。ようやくのことで実用化された核融合炉を手にした人類にとって、それは福音以外の何物でもなかった。なにしろ、これまで様々な観点から頭を悩ませていたエネルギー問題からの解放を意味しているのだ。

 無尽蔵のエネルギーと鉱物資源を手に入れた人類は、本格的な宇宙開発の開始から約一世紀経って、ようやくのことでヘキセントリック軌道の開発に着手した。といっても一足飛びに太陽系外周に手を伸ばそうとはしない。宇宙的視点で見たならば隣家といっても過言ではない火星開発に乗り出したのだった。実用化されたテラフォーミング用のマイクロマシンを用いて人類は、火星を一〇〇ケ年計画で開発しようとし――この時点で月の独立騒ぎが勃発した。

 やはり経済的な理由から統一政体を保持するに至った地球は、これを看過したならば、今後の太陽系開発に暗い影を落とすだろうと考え、かなりえげつない手段でそれを解決しようと考えた。何しろ、連合三大オピニオンリーダーに英国が名を連ねている。えげつなくて当然といえた。

 一六世紀から粛々と活動してきたSISを中心として、日本のSRI、合衆国のCIAやFBIといった諜報組織が合従連衡して出来上がったNIAを尖兵とし、月独立派に内紛を起こさせ、自分たちが(目に見えて判る)実力行使をするまでもなく事態を収束させようとしたのだった。そして、それはある程度の成功を収めた。UEの目論見どおり、月独立運動は内ゲバで瓦解した。だが、まったく巧くいったというわけでもなかった。もっとも過激な主張を展開していた人々が、万単位で火星に逃げ込んだからだ。

 当時無人機械とナノマシンで開発が進められていた火星に、それを押し留めることが出来る存在は皆無だった。大問題だった。比較的穏健策(内容はえげつないが)をとった結果、自分たちの新たな領土に土足侵入されたUEは、もっとも過激な対応策をとることにした。

 メガトンクラスの反応兵器の投入。

 それがUEが下した対策だった。当時(いまもだが)、UEは統一政府と統一法が存在しているとはいえ、その実体は各国の寄せ集めといっていいものだった。合衆国政府と州の関係がもっとも近い例かもしれない。そうしたUEにとって、火星はその初めての直轄領となるばき場所だった。そこに自分たちからの独立を放言してはばからない人々が無断で入り込んだのだから、UEの苛烈にすぎる対応も無理がないといえないこともない――ともいいきれないが。

 反応兵器で無法者たちを駆逐したUEは、それっきり月独立派の存在を忘却した。確かに、原子の焔が火星の大地に開花する直前に、少なからぬ人々がそこを逃げ出していたことは察知していたが、彼等が逃げ出した先は太陽系外周方面であり、自分たちのテリトリーではなかった。また、碌な準備もせずに出かけて生き残れるほど太陽系外周は人類に優しい環境ではない。すぐに死に絶えるだろう――それが有識者(月独立派の火星侵入と彼らへの反応兵器使用を知る有識者)の認識だった。迂闊といえばそれまでの話だが、納得できないこともない。

 加えて言うなら、ここに、人類の火星軌道外への開発計画の開始が数世紀あとになる、という予定もあって、地球は太陽系外周に目を向けなかったのが、木連の存在にUEが気付かなかった理由だろう。

 多少長くなったが、これがUEの蜥蜴戦争直前の認識である。

 さて、こうした次第であるから、UEに合衆国におけるオレンジ・プランが存在しているはずもない。存在していないものに備える人間がいないのは当然といえば当然である――が、近年、情報保護指定から外された資料のなかに興味深いタイトルの存在があった。

〈緊急侵攻対処計画S〉

 それが、その資料のタイトルである。その内容は、タイトルの通り、UEへの外敵からの侵攻に対処する計画である。このことを知った読者諸氏は、前述した内容と相反するではないか――そう考える方もいるかもしれないが、さにあらず。

 UEにとっての主敵とは、まずもって自分たちの権益を侵す存在であり、それらは外敵などではなく月独立派のような獅子身中の虫とでもいうべき存在なのだった。いささか歪んでいるといえなくもないが、自分たち以外に知的生命体の存在を発見できていない以上、無理からぬ話といえる。

 そして、UEの軍備をまたそれに対応して整えられている。地球上に展開される陸・海・空軍と宇宙軍第一艦隊。月軌道の防衛が目的の第二艦隊、そして火星防衛が目的の第三艦隊。これらがUEの戦力、いわゆる連合軍である。これとは別に、UE参加国独自の国軍(合衆国連邦軍や、日本の四自衛隊)が存在しており、有事の際にはこれらは各国からUEに対して供出され、統合連合軍を形成することになっている。

 話を、〈緊急侵攻対処計画S〉に戻そう。

 UEの敵に対する認識がそうしたものであるから、もちろんこの〈緊急侵攻対処計画S〉は本腰入れて研究されていたわけではない。軍内部においては、どちらかといえばこの研究に廻されることは閑職に廻される――すなわち左遷と同義語だと考えられている節があったし、それはあながち間違いでもなかった。加えていうなら、〈緊急侵攻対処計画S〉のSは、幾つかある連合軍の軍事行動計画に割り振られたナンバーのようなもので、とりたてて意味はないのだが、この計画に廻された人々は自嘲交じりに、このSがSilly――つまり与太のことだと囁きあっていた。確かに、外敵が存在しない状態での侵攻対処計画というのは与太話いがいの何物でもない。

 そうした次第で、UEはオレンジ・プランならぬ〈緊急侵攻対処計画S〉をもって、火星陥落に始まる蜥蜴戦争を迎えることとなった。合衆国が真珠湾奇襲攻撃に始まる太平洋戦争を、初期はいくらか混乱したものの、守勢防禦、攻勢防禦、攻勢と戦争を展開していったのは、ある程度明確なコンセンサスであるオレンジ・プランが存在しているからであるが、やはり、UEの戦争指導が火星陥落から一年以上混乱しっぱなしだったのは、与太話こと〈緊急侵攻対処計画S〉のせいだったといえるのかも知れない。そして、この混乱は……

(T・フクダ著『蜥蜴戦争』第三版より引用)






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