無題どきゅめんと


「――故郷(クニ)へ帰らせていただきマス」

「か、カモく―――――――――――――――んっっ!?」

「なにベタなコントしてんのよアンタたち」

 労働基準法とかいろいろ無視した魔法先生、ネギ・スプリングフィールドと、前科二〇〇〇件という某アルセーヌ・ルパンの孫もビックリの大下着泥棒にしてオコジョ妖精であるアルベール・カモミールのやりとりを見ていた、神楽坂・明日菜は、オコジョが喋るという非常識な情景に自分の常識が壊されていくことを自覚しながらツッコミをいれていた。

「いや、しかし姐さん」

「どこのコチンピラよアンタ」

「コチンピラはひでぇっすよ――それは兎も角、真祖の吸血鬼って言ったら並の相手じゃあねぇんですぜ? それこそ、大魔法使いが束になってようやくどうにか出来るってシロモノなんでさぁ」

 まったくの事実であった。ライカンスロープなどといった夜の眷属の頂点に立つ存在――それが吸血鬼であり、その真祖ともなれば正真正銘、掛け値無しのバケモノ。圧倒的な身体能力、底無しの魔力、その悠久の時を死に続けてきた経験。まともに考えれば、人間が太刀打ちできる相手ではない。

 アルベール・カモミール――カモのみたところ、ネギは数えで十才という年齢を考慮するならば、破格とさえ評していいほどの才能と実力をもった魔法使いだ。流石は大英雄サウザンド・マスターの息子、そう感嘆せずにはいられぬほどの使い手。だが、

「いくらなんでも、真祖の吸血鬼だけはいただけねぇぜ、ネギの兄貴」

「で、でも」

 アタマの一つでも下げて、殺さないように頼んだほうがいいと諌言するカモに、ネギは弱気になりながらも、魔法使いは悪い事を見逃したりしたら駄目だから、と反駁した。それは、稀代の英雄と謳われた父を持った少年の、少年であるが故のまっすぐな思いだった。ともすれば、弱い心に支配されそうになる自分を叱咤するようにそう言ったネギに、カモは小さく嘆息した。ああ、変わってねぇ、と。自分がどれだけ世知辛い世間の垢に汚れてしまっているかを知っているカモにとって、かつて自分を危地より救い出してくれたこの少年の心根の在り様は、眩しく、なによりも得難いものであった。

「仕方ねぇな」

 何処からか安煙草を取り出したカモは、それに器用に火をつけて一服すると、オコジョとは思えない男臭い笑みを零してそう言った。直後に、ここ禁煙、と明日菜に煙草を取り上げられたのはご愛嬌。

「命の恩人のピンチに知らぬ顔をしたとあっちゃあ、由緒正しいオコジョ妖精の名が廃るってもんだ。兄貴、ここはひとつ、俺が手を貸しまさぁ」

「カモくん!」

 しばらく感動的なやりとりを交わした(明日菜は事の成り行きについていけていなかったが)あとで、渋々ながら明日菜が淹れたお茶を楽しんでいると、カモが味方についたことで多少心強くなったのか、いくらか懸念が晴れたような風情でネギが口を開いた。

「そういえば、カモくん、ボクが明日菜さんたちの部屋にいるってよく判ったね?」

 お姉ちゃんに聞いたわけじゃあないんでしょう? とネギは尋ねた。この外見の割りに狡すっからいオコジョ妖精の口から聞いたところによると、カモは脱獄の件で追われていたとのこと。足が付くような真似は出来なかったはずなのだ。

「ああ、そのことですかい」カモは、頭を突っ込んでいた湯呑みから顔を放して答えた。「風の噂で、ネギの兄貴が修行で日本で教師をするって小耳に挟んだんださ。で、日本でそんなことが出来る場所って言ったら、極東最大の魔術都市である麻帆良学園都市だろう――そう察しをつけて、とるものもとらずに馳せ参じたといった次第でさ」

「でも、私の部屋にいるってのまでは判らないんじゃあ?」

 インターフォンの音に玄関の扉を開けたらオコジョが手を上げて挨拶してきたときの驚きを思い出しながら、明日菜が半畳を入れてきた。確かに、カモの説明では明日菜の部屋に居候していることを知っていたことの説明はつかない。


「失敬な! 俺はイタチじゃなくってオコジョだぜ、ボインのアネサン」

「誰がボインのアネサンか――それは兎も角、つーことはあれか。オコジョ妖精ってやつか、オマエ」

 矜持に関ることゆえに思わず声をあげたあとで、失敗した、と思っているところに納得する声が返ってきて、イタチならぬオコジョ妖精――アルベール・カモミールは思わず自分とその命運をむんずと掴む眼鏡のスーツ美女をまじまじと見た。

「アネサン、こっち側の人間なんで?」

「横島だ」自分を見つめる小動物に溜息をつきながら横島は答えた。「横島・多々緒。アネサンはやめろ――まぁ、そっち側っていやぁそっち側だな」

 引退したけどな、と嘯きながら横島は自分に襲い掛かった不審生物を手放した。途端に、空中でくるりと器用に姿勢を整えたカモは見事に着地。どうしたわけか肩を落としている横島の姿を仰ぎ見た。ちなみに、カモの視点からはスカートの中身が丸見えになっているのだが、そんなことはおくびにも出さない。エロオコジョの面目躍如である。

「しかし、そのオコジョ妖精がこんなとこでなにしてんだ?」カモの視線に、自分も視線を降ろしながら横島は首をかしげてみせた。「オコジョ妖精っていやぁ、アレだろ? 本場はイギリスのはずだろーが」

 日本で繁殖してるなんて話は聴かんぞ、と言う横島に、カモは、ああ、と答えていた。

「いや、よくご存知で。確かに俺っち、生まれも育ちもイギリス・ウェールズ、ウィンスダミア湖で産湯を浸かり――」

「トラさんかおまいは」

 そのままバナナの叩き売りでも始めそうな口上に、横島は半ば感心、半ば呆れてツッコミを入れていた。

「――兎も角、俺ッち、アルベール・カモミールはウェールズの産でさぁ」

「で、そのウェールズ生まれのオコジョがなして日本に?」

「ああ、それは――」

 かくかくしかじか。最初は嘘を交えて答えていたカモだったが、時折入る横島のツッコミに観念して、結局、洗いざらい喋ることになっていた。横島はその告白に、なにか同族意識のようなものを覚えていることを自覚した。もう掠れてしまった――そのくせにやけに鮮烈に残る、あの輝かしき日々を思い出す。ああ、俺もよく着替えを覗いてしばかれたり(※主に上司に)追いかけられたり(※警察とかに)したっけなぁ。

「で、ネギを頼ってきたってか」

 溜息まじりに告げる横島の姿に、カモは自分の命運が尽きたことを悟った。こちら側の人間――魔法使いであれば、罪を犯して投獄されたうえにそれを脱獄してきた自分を見逃したりはすまい。カモは嘆息した。あのとき、このナイスバディを見かけなければ! あわよくば今その胸を覆っているであろう下着を狙ったりしなければ! だが、後悔はない。自分は、自分の誇りと信念を貫いたのだ。そこになんの後悔があろう。だが、すまない、妹よ。次に会えるのはかなりさきになりそうだ――そんなことをカモが考えていると、

「ネギのとこでいいんだっけか?」

 横島はそう言うと、カモの首根っこを掴んでひょいと持ち上げると、自分の肩に乗せた。

「――は?」

「いや、だからネギんのとこに行くんだろ? 連れてってやるよ」

 場所、知らんだろ? と首をかしげる横島にカモはそうじゃなくて、とツッコミ。

「アネサン、俺っちの話を聞いてたんすか? 俺っちは罪を犯したうえに、ネギの兄貴をダシに――」

「いや、まぁ」自分の肩の上で何故だ、と問うオコジョに、横島は頬をかきながら答える。「なんつーか他人のよーな気がしなくてな。まぁ、それなりに反省してるようだし? ついでに言えば俺はそっち側の人間だけど魔法使いじゃねぇから、魔法使いのルールなぞ知ったこっちゃねぇし。それに引退してる身だしな。ま、ネギに迷惑だけはかけんなよ」

「――あね、サン」

 ネギもイロイロ大変だかんな、と、照れたように頬を掻きながら言う横島に、カモは声を詰まらせた。

「アネサンはやめろっつーに」


「てなことがありまして」

「――性犯罪者を見逃すあたり横島先生って大丈夫なの?」

 つーか性犯罪者と他人の気がしないって何? と、カモの説明を聞いた明日菜は激しく首を捻る。あのパーフェクトジオングじみたスペックを誇るボディの持ち主をいまいち掴み切れない明日菜だった。

「そうか、タダオが案内してくれたんだ」

「タダオ? ネギの兄貴、横島のアネサンとは親しいんで?」

 横島の性格というか人格に頭を捻る明日菜をよそに、ネギとカモは会話を交わす。ネギが横島のことをファーストネームで親しげに呼んだ――ただの同僚であるばかりではない、といった感じで呼んだことに疑問をもったカモはそれに問いを放つ。

「アレ? 前に言わなかったっけ? ボクの住んでた村が襲われたときに助けてくれ――」

「――そうか!」

 ネギがみなまで言う前に、カモは手を叩いて声を発していた。

「どこかで聞いた名前だと思ったら、あのアネサンがそうだったんすね! あれが噂の横島・多々緒!!」

「あ、思い出したんだ――って噂?」

 自分の言葉が遮られたことになんの憤りを感じるでもなく、ネギは自分の小さな友人が自分と恩人の馴れ初めを思い出したことに頷き、ついで、首を捻った。

「噂って、何の?」

「横島のアネサンのこっとっすよ、ネギの兄貴!」興奮を隠そうともせずに、カモは口を開く。「《生還者》横島・多々緒、《麻帆良の盾》横島・多々緒、《鋼鉄の処女》横島・多々緒、《ミス・パーフェクト》横島・多々緒、《奇跡の双椀》横島・多々緒、《リリー・オブ・レズビアン》横島・多々緒――」

 突如カモの口から溢れ出した単語の数々に、ネギは目を白黒とさせる。あと、変なのが混じってるけど気にしちゃ負けっぽい。ネギは思わずカモに問い質していた。

「か、カモくん、それっていったい……?」

「字名っすよ、ネギの兄貴。横島のアネサンに奉られた、字名」ようやくのことで興奮をおさめたカモは答える。「麻帆良にその人ありって謳われた、凄腕の始末人、その経歴の一切が謎に包まれた絶世の美少女――今は美女っすね――横島・多々緒のアネサンに、こっち側の人間がつけた字名っす。ネギの兄貴、知らなかったんで?」

「う、ううん」カモの問いに、ネギは驚いたように首を横に振った。「ぼ、ボク、そういうことはあんまり興味なかったから」

「つか、《リリー・オブ・レズビアン》って何よ」

 ジト目で問う明日菜を、二人は華麗にスルーして会話を続ける。

「そうだぜ、兄貴! 横島のアネサンに仮契約のパートナーになってもらえば!!」

「あ、そうか!」カモの提案に、ネギは瞳を輝かせ――次の瞬間、肩を落とす。「でも、タダオ、ボクがエヴァンジェリンさんのことで相談しようとすると、なんか話題を逸らしちゃうんだ」

「横島のアネサンが?」

 ネギの言葉に、カモは、ふむ、と考え込んだ。明日菜の部屋にくるまでの道すがら横島と交わした会話を思い出す。そういやぁ、引退ってアネサン、なんでまた? うん? いや、なに、ちょいと身体を害してな。荒事からは足を洗ったんだよ。ふぅん、大変なんすねぇ。

「そーいやぁ、引退したって言ってましたぜ、アネサン。だから関らないようにしてるのかも知れませんぜ」

「ちょっ!」カモの台詞に、それまで、変質者と他人のような気がしないレズビアンって、と妙な顔をしていた明日菜が声を荒げた。「だからって、こんなガキを放っておいていいわけないでしょ!」

「あ、明日菜さん……で、でもタダオにもそれなりの理由があるのかも――」

「だからって相談に乗るぐらいは出来るでしょーがっっ!!」

 口論になりはじめた二人を他所に、カモは思索に耽る。たしかに、相談に乗るぐらいは出来るよな。いや、それ以前に。カモはあの出会いを思い出して、考える。アレは、身体を害して引退した人間の動きじゃねぇ、と。

★☆★☆★

「ところでよ」

「うむ? なにかの、横島くん」

 放課後のひととき。学園長室で将棋板を挟んで向かいに座る横島の言葉に、学園長は長考に費やしていた意識をわずかに戻して、顔を上げて口を開いた。眉毛に隠された両の目が、細巻をくゆらせている横島の姿を見つめる。その視線に気付いているのかいないのか。横島は、何時の間にか持ち込んだ、学園長室の中で激しく浮いている安っぽいアルマイト製の灰皿に短くなった細巻を押し付けると、パッケージから新しい細巻を取り出しながら言った。

「エヴァちゃんは何時までこの学園に括りつけられるんだ?」

「どういう意味かの?」

「もうすぐ――」学園長の言葉が聞こえていないような調子で、横島は言葉を続ける。「エヴァちゃんの役目の一つが終わる。それがアンタらの思っているような終わり方をするかどうかまでは知らんし、そんなことは知ったことじゃあないが、兎にも角にも終わる」

 煙草に霊力を通し、その先端でスパークさせて火をつけながら、横島は言った。横島の推察が間違っていなければ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、その当初の目的はどうあれ、今はネギへの試練の一つとして麻帆良学園で『飼われて』いる。むろん、当人にはそう思わせないままに。そして、試練は始まりを迎え――そう遠くないうちに終了する。その終わりが、エヴァンジェリンの勝利という形で終われば、おそらく、ネギ・スプリングフィールドの血を得て、エヴァンジェリンはその身にかけられた呪いから自由になるだろう。もし、学園長たちが望む形で終わりを迎えれば、エヴァンジェリンはこれからも麻帆良の地で永遠に目には見えぬ鎖に繋ぎ止められてしまうことになる。

「アンタとしちゃあ、これからも警備員を続けてくれるって未来を望んでるんだろーがな」

「まるで、そうでない未来もあるといわんばかりの口調じゃのう」

 そらぞらしい口調で言う学園長に、横島は、このタヌキが、と内心で毒づく。

「だがな、ジジイ。いくら人手が足りなかろうが、本人の自由意志に関係なく一ヶ所に強制的に留まらせるってのはいただけねぇな」

「エヴァンジェリンのあれは、ある意味、保護でもあるんじゃがな」

「保護」学園長の言葉に含まれていた単語を、まるで猥語でも口にするような調子で繰り返して、横島は顔を歪めた。「保護、保護ね」

「そうじゃ。今は取り消されているが、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは六〇〇万ドルの賞金首じゃ。ここで警備員をさせておく代わりに、彼女を狙うものたちを――」

「黙れジジイ」

 学園長の口上を、横島は底冷えのする声で遮った。

「六〇〇万ドルの賞金首。ああ、そうだな。たしかにそうだ。エヴァちゃんの両手は血に塗れている。これまで何人手にかけてきたのか想像もできねぇ」

 だがな、と横島は続ける。

「だれがそうさせた? 調べたぞ。彼女が手配される切欠になったのは、魔法使いを殺めたからだ。彼女が、吸血鬼であるというだけで彼女を葬ろうとした魔法使いを、だ。賞金が膨らんでいったのは、彼女を討伐に向かった魔法使いが次々と屠られていったからだ。もう一度聞くぞ? 誰が彼女を六〇〇万ドルの賞金首、“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに仕立て上げた?」

 学園長は答えなかった。そんな学園長の様子に、横島は溜息を一つ漏らす。

「ただ吸血鬼であるというだけで命を狙われる? ただヒトではないというだけで排斥される? くそ喰らえだ」

「――キミが麻帆良を離れたのもそこらへんが理由かの?」

「さぁな。俺は平和な日常が恋しかっただけだよ」

 学園長に肩を竦めてみせて、横島は笑ってみせた。

「で、もう一回聞くぜ? エヴァちゃんは何時まで此処に縛り付けられる?」

「――彼女に掛けられた呪いは極めて強力じゃ。おそらく、呪いを掛けた当人である、サウザンド・マスター――ナギにしか解けんじゃろう。そして、そのナギは」

「すでに故人、か」

 うむ、と頷く学園長に、横島は天井を仰ぎ見た。しばし無言で天井を見詰めて、ややあって横島は口を開いた。

「解呪できる人間がいないから、仕方なく、な。つまりはアレか」横島はニヤリと笑ってみせた。「出来るんならやっちゃってもいいんだな?」

「横島くん!?」

 横島のなにか確信めいたものを思わせる言葉に、学園長は彼にしては珍しく慌てたような声をあげた。

「安心しろ。別にエヴァちゃんに加勢してネギをどうこうしようなんて思っちゃいねぇよ」

 ただでさえ劣勢なネギに、そこまでしちゃあ可哀想だからな、と横島。そんな彼女に、学園長は思わず安堵の溜息をもらす。そんな学園長の様子を横島はくつくつと笑いながら眺める。

「しかし」うろたえたことを取り繕うように、学園長はことさら鹿爪らしい声で言う。「でなければ、いったい何をするつもりなんじゃ、横島くん」

 不安と興味がない交ぜになったような表情で尋ねてくる学園長に、横島はとびきりの笑顔を――まるで悪戯が成功した悪童のような笑顔を浮かべて答えた。

「秘密だ。ところでジジイ、そろそろ持ち時間が尽きるけど次の手は考えたのか?」

「ぬ、もうそんな時間――後生じゃ、横島くん。あと五分! あと五分プリーズ!!」

★☆★☆★

「エヴァちゃんは、獲物が取れなくて餓死するかもしれないけど何処までも自由な空を飛ぶ鳥と、狭い籠の中に押し込めらてはいるけど餌に困ることも天敵に怯えることもない日々を送る鳥、どっちがいいと思う?」

「いきなり何を言い出すんだ、オマエは」

 夕餉のあと、風呂上りの自分の髪を弄んでいるエヴァンジェリンに横島は尋ね、エヴァンジェリンは戸惑ったように尋ね返した。

「いや、なんつーかふと思ったんだよ」

 気にしなくていい、という横島に、エヴァンジェリンはしばし考え――横島が何を思ってそれを口にしたのか気付いた。なんのことはない、自分のことだ。

「ふン、決まっているだろう」長い横島の黒髪を三つ編みにし終えて、エヴァンジェリンは言った。「自由な空を飛ぶ鳥だ。たとえ飢えようと、何処とも知れぬ空で命を落とそうと」

「だろーなぁ」

 自分もかくありたい、とでもいうように高らかに言ってのけたエヴァンジェリンに、横島は苦笑をひとつ。莫迦なことを聞いた、と内心で思う。自由を欲しているからこそ、エヴァンジェリンは少しでも自分の夢を叶える可能性を高めるために暗躍している。それこそ、この地にたむろする魔法先生やその長である学園長を敵に廻すことすら覚悟して。まったく、本当に莫迦なことを聞いたものだ。

「ああ、そういやぁ」内心の自嘲を振り切るように、横島は話題を変えた。「お昼に言ってた侵入者だかなんだかは見つかったのか?」

「いや」自分の編んだ三つ網の出来栄えをしげしげと眺めていたエヴァンジェリンは、少しばかり悔しげに答える。「隠行にでも長けているのか、さっぱり見つからん。まぁ、大した気配じゃないから問題ないとは思うがな」

「あー、多分、俺、そいつと会ってるわ」

「――流石は《麻帆良の盾》といったところか」

 嘆息するように言うエヴァンジェリンに、横島は偶然だって、と苦笑気味に答えた。志しを同じくするオコジョ妖精のことを語ってきかせる。横島の語りを、エヴァンジェリンは呆れながら(特に下着二〇〇〇枚盗んで投獄というあたり)も聞き終えて――

「大人しくあの坊やのところに連れていったのか」

 横島を半眼で見る。その視線には、いくらか咎めるようなものが含まれているように感じるのは横島の気のせいではあるまい。

「何か問題あったかな」

「――ふン、まぁいい」

 すっとぼけた表情で聞き返す横島に、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして答えた。答えて、編み上げた三つ編みをほどいて再び横島の髪を弄り始めた。底を見せないという点では、学園長にもひけをとらない横島という存在が何を考えているのか。エヴァンジェリンはそのことを思う。敵には回らないだろう。自分が夜な夜な手を染めている行為も、見て見ぬ振りをすることからも、そう判断できる。だが、とエヴァンジェリンは思う。だが、だからといって、味方であるという保障もまた、ない。横島の話を聞く限りでは、アルベール・カモミールというオコジョ妖精――なかなかに油断のならない智慧者という印象をうける。そんな存在を大人しくネギに引き合わせている。何を考えているのか。判らない。本当に判らない。この、春の日を思わせる空気の持ち主が、自分の味方なのか。味方であってくれるのか。判らない――

「エヴァちゃん、どうかしたのか?」

「ん?」

 何時の間にか考え込んでいたらしい。自分が髪を弄ぶ手を止めていることに気付いた横島に問われたエヴァンジェリンは――

「なんでもない」先ほどまで考えていたことを思って、苦笑気味に答えた。「ただ、私も随分と甘くなったものだと思ってな」

 ただ一人で悠久の時を生き延びてきた自分が、誰かに傍についていてほしいと思うとは。そう苦く思って自嘲気味に笑うエヴァンジェリンに、横島は目を細める。自分の傍らで、黒髪を弄ぶ小さな吸血鬼の頭を撫でた。

「――エヴァちゃんは昔から優しかったさ」

「ふ――ン」

 いつもならば、子供扱いを――という場面なのだが、

「言ってろ」

 エヴァンジェリンは、まんざらでもない様子で心地良さそうに目を細めて、されるがままに身を任せていた。

 出来るなら。

 エヴァンジェリンは思った。

 出来るなら、私が飛びたいと思う空で、傍らにコイツが一緒にいてくれたら、と。

★☆★☆★

「何してんだ、オマエら」

「うわ!? ――た、タダオ!?」

「横島のアネサン。昨日は世話になりやした」

「アネサンはやめろっつーに」驚いているネギと、丁寧に一礼するカモに横島は言う。「で、なにしてんだ?」

 横島の視線の先には、下駄箱の前で意識を取り戻して、何故か顔を赤らめてあたふたしている女生徒――宮崎・のどかの姿がある。横島を含む三人は、そんな彼女を物陰から見ていた。

「いや、えっと」

「なに、仮契約にしくったんでさぁ、アネサン」

 事が事だけに言いよどむネギをよそに、カモがなんでもないといった風情でさらりと答える。どういうことだ? と問う横島に、カモは事の次第を掻い摘んで説明した。ネギには、一人前の魔法使いならば居て当然であるパートナーが存在しないこと。エヴァンジェリンという真祖の吸血鬼に狙われており、パートナーがいないことで大きくアドバンテージをとられていること。宮崎・のどかに、適性が見られたので仮契約を試みたが失敗したこと。横島はそれらを聞き終えて、溜息をひとつ。

「まぁ、理由は判ったが――宮崎さんじゃ駄目だろ?」

「なんでっすか?」

 きっぱりと言った横島に、カモは首をかしげて見せる。そんなカモに、横島は肩を竦めながら説明する。

「いや、なんでもなにも、ネギが今欲しいのは、自分が魔法の詠唱をする間、相手の従者から自分を守ってくれる存在だろ? つーことは、前衛だ。宮崎さんにパートナーとしての適性があるかは知らんが――絶対に前衛向きじゃないだろ、彼女」

「「あ」」

 言われて気付いたとばかりに声をそろえて見せるネギとカモに、横島は苦笑を浮かべる。

「ま、やってみないと判らんかもしれんけどなー」

 言って、横島はそれじゃ、と二人に背を向けて立ち去っていく。自分の葛藤が無駄っぽいものだったと悟るネギは、思考停止しているのか、それを黙って見送り――

「兄貴、ちょっと先に帰っててくれ」

 カモが、そう言い残して横島の後を追っていく。


「アネサン、横島のアネサン」

「だからアネサンはやめろって」自分に追いついてその肩に駆け登るカモに、横島は疲れたように言った。「で、なんだ?」

「アネサン。アネサンがネギの兄貴の――」

「パートナーにはならんぞ? 言っとくけど」

 みなまで言わせずに答えた横島に、カモは首を捻る。

「引退したからってワケですかい?」そういうこと、と頷く横島に、カモは疑問をぶつけた。「しかし、アネサン。昨日のアネサンの身のこなし。ありゃあ身体壊して引退したって人間の動きじゃねぇ。ネギの兄貴に味方できねぇ理由でもあるんですかい?」

 その言葉に、横島は察しのいいやつだ、と苦笑を浮かべた。同時に、これならネギに引き合わせた甲斐があった、と思っている。

「なぁ、カモ」

「なんですかい?」

「ネギは親父さんの後を追って、偉大な魔法使いを目指してるんだよな?」

「ええ、そうっす。向こうに居たときも、見てるこっちが心配するぐらい勉強してましたぜ」

 それがどうかしたのか? と首を捻るカモに、横島は言った。

「多分、俺が手を貸せば」横島は遠くに沈もうとしている太陽を、目を細めながら見つめて言った。「ネギの懸念はたちどころに晴れるだろうさ」

 だったら、と言い募るカモを手で制して横島は続ける。

「だが、それでネギは偉大な魔法使いになれるのか? そんなに安易な道なのか? 偉大な魔法使いへの道ってぇやつは」

 違うよな、という横島に、カモは沈黙せざるをえなかった。確かに、その通りだった。自分の見たところ、この横島・多々緒という女は、凄腕の使い手だ。おそらく、ネギの手に余るほどの。もし、ネギが横島をパートナーに得たならば、大抵の困難は横島が片付けてしまう。それではネギの成長は望めない。

「アネサン、アネサンはネギの兄貴にあえて茨の道を歩まそうってハラですかい」

「ネギがそれを望めばな」真剣な顔で問うカモに、横島は答えた。「いや、むしろ望んでもらわないと困る連中がいるというか」

 小さく呟いた横島に、カモは首を捻る。そんなカモに、気にするな、と横島は笑った。

「とまれ、尻拭いぐらいはしてやるさ」だから、と横島はカモを見て言う。「ネギのこと、頼んだぞ?」

「――了解でさぁ。アネサン」

「あ、この話オフレコな」

「いや、かまいやせんが――そうなると、あの明日菜って姉さんに誤解されることになりやすぜ? 昨日もどーして相談ぐらい乗ってやらねぇんだって騒いでやしたし」

 いいんですかい、と問うカモに、横島はうへぇ、と顔を歪ませた。

「かわいい女の子から嫌われんのは嫌やなぁ――とまれ、しょーがないか」


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第五話『オコジョ妖精の奮闘』了

今回のNG

今回はナシ。



後書きという名の言い訳。

サブタイとは裏腹にカモが頑張ってる描写をばっさりカットしてあるってどうよ? それは兎も角、木曜から土曜にかけて種子島に強制連行されてました。ロケット飛ばんときに連れてかれても嬉しかないんだがなぁ。とまれ、遅れながらも更新更新。次週はまともに金曜更新できるかと思われ。では、また来週ー。





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