「魔法使いって本当にいるんでござるなぁ」
狸寝入りを決め込んでいる自分の隙を窺ってテントの外に出た自分の担任が、杖に乗って空へと飛びたつ様子を、黙って眺めていた長瀬・楓は、そう言って、自分の頬を掻いた。菩薩相とでも評すべき、常に笑みをたたえているその顔には、今は、苦笑に近いものが浮かんでいる。
「まぁ、拙者も人のことは言えんのでござるが」
麻帆良学園中等部、3−A、出席番号20番、所属部活はさんぽ部――それが、楓の表立った肩書きである。どうということはない、日本中見回せば何処にでもいそうな女子中学生だ。表立った肩書きだけを見るならば。そして、この年齢から考えると末恐ろしいプロポーションを誇る長瀬・楓という少女には、余人に秘している裏の肩書きがある。
――甲賀中忍。
それが楓の裏の肩書きである。膾炙した表現を用いるならば、忍者、である。
確かに、楓の言うとおり、人のことを言えた肩書きではない。グルグルほっぺにへの字口のアイツからガロに載ってたアイツまで、数多の創作者たちの題材となった一種の幻想。遡れば、聖徳太子の御世にまで起源を求めることが出来る、組織的諜報技能集団。現代人の視点からすれば、魔法使いと同じレベルでファンタジーな存在である。だからこその、楓の苦笑だった。
テントの中でひとしきり自分の肩書きの滑稽さに苦笑した楓は、それをおさめると、手早く修行の際に用いている服装――忍者服とでもよぶべきそれに身を包んだ。テントの入り口をくぐり、外に出ると、一応は都内に存在しているとは思えぬ、深い森を見下ろすことが出来る光景が目の前に広がる。清冽な冷たさを含む大気の齎す独特の心地良さに身を引き締めた楓は、ひとしきり眼前に広がる光景の雄大さと、大気に満ち満ちた冷たい心地良さを堪能したあとで、
「――さて、そろそろ出て来てはどうでござるか?」
悪戯好きの悪童を思わせる表情で小さく言った。しばし、周囲にはけして人工的な空間では得られぬ独特の静けさが満ち――
「――バレてたか」
物音一つ立てず、楓の背後に人影が現れた。その技量に、内心で賛嘆の声をあげながら、楓は気配の現れた方へと振り向いた。そこにいたのは、普段の安手のビジネススーツではなく、動き易いジーンズに、実用性一点張りの意匠のジャケットを纏った――
「ふむ、普段はそのような格好をしているのでござるか? 横島先生」
「まぁ、ね」
小首を傾げる楓に、人影――横島・多々緒は小さく笑いながら頷いた。エヴァンジェリンの家以外では、大抵の場合スーツを着ているためだろう。物珍しそうな視線でこちらを見る楓に、横島は苦笑した。苦笑せざるを得なかった。何気ない様子を見せているものの、その実、目の前のどこからどう見ても忍者にしか見えない風情の少女には、一分の隙も見つけることが出来ない。まったく。横島は思った。どーして女子中学生がこんな身のこなししてるんだ。
「さて、横島先生」
横島の内心の懊悩など露知らず、楓は相変わらず隙を見せずに相対する得体の知れぬ自分の副担任へと問いかけた。
「今日はなんのようでござろうか?」
いや、今日と言うよりも。昨日、ネギ坊主がここに顔を出したときより、といったほうが良いでござるか? そう尋ねる楓。その身体からは、ある技量に達した者のみが発することの出来る、気勢のようなものが放たれていた。言外に、返答によっては――と告げているのが見て取れる。
楓の問いによって、一呼吸分ほどの距離しか離れていない二人の間に緊迫した空気が満ち――
「――すまないけど」横島は、多少バツの悪そうな顔で口を開いた。「なにか食べるものはないかな? 昨日から何も食べてなくて――ハラが減って死にそう」
――霧散と消え去った。台無し。超台無し。
休日の学園内。そこいらの地方都市よりもよほど街としての体裁を整えている学園内に存在するカフェテラスの片隅のテーブルで、絡操・茶々丸は昨日のことを思い出していた。といっても、正体バレバレの謎の痴女――じゃない、セイギノミカタのことを思い出しているわけではない。
どっちかというと、なるべくなら思い出さないほうがいいような気がしている。主にセイギノミカタの中の人の尊厳の為に。いや、もちろん、自己の破壊という危地から自分を助け出してくれたセイギノミカタ――ヨコシマン・レディーに感謝の念を抱いていないわけではない。だからこそ、茶々丸は横島の素性を知りたがっている自分の主に、横島の一面であるあの珍妙な格好のことを話していないのだ。
茶々丸の、人の手による頭脳がその記憶フォルダ内のデータをリピートしているのは――
「――ネギ先生」
あのとき、必中のタイミングで放たれた魔法の矢の進路を捻じ曲げ、敵である自分のことを救った子供先生のことであった。限りなくヒトに近い――ヒトとロボットの狭間に位置する茶々丸の思考ロジックは、何故、あのとき、ネギ・スプリングフィールドが自分を救ったのか理解できなかった。あの場合、戦力に劣る彼らは、確実に自分を撃破――すくなくとも、エヴァンジェリンの件にケリがつくまで戦線を離脱させるに足るダメージを与えておく必要があった。そして、自分であれば、躊躇いなくその選択をチョイスする。それが、論理的に正しい選択だからだ。だからこそ、絡操・茶々丸にはネギの行動が理解できない。
そしてなにより、
(どうして、マスターに報告する義務を怠ったのでしょう)
少なくても、ネギにパートナーが出来たことは報告するべきだ。それが正しい選択だと理解している。これから自分の主が起こす行動を、より確実なものとするには、敵――ネギの正確な戦力状況が必須となる。確かに、ネギ・スプリングフィールドはまだまだ未熟な魔法使いではある。だが、その潜在能力は大英雄であるナギ・スプリングフィールドの血を引いているだけあって計り知れぬものがある。そのネギに、彼が魔法を詠唱する時間を稼ぎ出す従者が出来たなら――負ける、とは思わないし、そのつもりはないが、勝率が下がるのは確実だ。
だからこそ、茶々丸はネギにパートナーが出来たことを報告すべきだった。だが、実際にはその義務を怠っている。何故でしょう。茶々丸には理解できなかった。起動してこのかた、初めて自分の行動に発生した矛盾に、茶々丸は表情に乏しい顔の奥で、悩み続けている。
今の茶々丸の悩みを知れば、製作者である葉加瀬・聡美はその知的好奇心を大いに刺激され、同居人である横島・多々緒は、優しげに笑ってみせるだろう。なぜならば、機械は悩まないからだ。0と1で構成された矛盾なきロジックに『悩む』という揺らぎが発生する――それはつまり、茶々丸に真の意味で自我が、知的生命体としての自我が芽生えはじめていることを意味するからだ。
休日のカフェテラスの片隅で、その悩みの価値を知らずに茶々丸がその人工頭脳を加熱させていると、
「茶々丸、ここにいたか」
彼女に声をかけるものがいた。誰何するまでもなく、それが誰だか茶々丸には理解できた。彼女に刻み込まれた唯一の主の声だ。茶々丸は声の聞こえてきた方を振り向いた。そこには、主である旧き吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、
「や♪」
「いい天気だな、茶々丸さん」
自分の製作者である葉加瀬・聡美と同居人である横島・多々緒がいた。椅子に腰掛けている身体の向きを正し、軽く会釈する。そんな茶々丸の向かいの空いている席にエヴァンジェリンが腰掛け、適当な空席から椅子を拝借してきた横島が、その隣に腰を下ろした。葉加瀬は、というと、
「♪」
自分の『娘』である茶々丸の状態が気になるのか、手持ちの機材で場所など気にせずにちょっとしたメンテナンスを始めていた。その様子に、エヴァンジェリンは呆れたような視線をよこし、横島は苦笑を浮かべている。
「昨日の学園長の話だがな」葉加瀬の行動を、いつものことだと割り切ったエヴァンジェリンは、そのメンテを黙って受け入れている茶々丸に語りかけた。「桜通りの件、勘付かれたようだ……何時もの調子で遠回しに釘をさされた。やはり、次の満月までは派手に動けん」
つまりは、もう撒き餌の必用はなくなった、ということだな。エヴァンジェリンの言葉を聞いた横島は、誰にも勘付かれぬように一人、皮肉げな笑みを浮かべた。エヴァンジェリンの行動を黙認していたのは、ネギ・スプリングフィールドをその行為に気付かせる必用があったため。彼に与えられる試練をスタートさせるため。すべてが動き出した今となっては、エヴァンジェリンの行為に目を瞑る必用はないということを意味する。ったく、あのタヌキジジイめ。横島は、これからの方針について何事かを話すエヴァンジェリンに気付かれぬように内心で思う。いやはや、凡てはあのジジイの掌の上で誰も彼もがそうと気付かずに踊っているというわけか。まったく。このことをエヴァちゃんが知ったらどうなるだろうなぁ。プライド高いもんなぁ、エヴァちゃん。ぜってー怒る。激怒する。知ってて黙ってた俺ももちろん怒られる――
(よし、死ぬまで黙っとこう)
「……どうした茶々丸?」
横島が内心でつるかめつるかめ、と唱えていると、葉加瀬のメンテを受けているから、というばかりではなさそうな茶々丸の沈黙に疑問を持ったエヴァンジェリンが尋ねる。
「昨日から様子がおかしいな? なにかあったのか?」
その問いに、
「…………」
横島が妙にそわそわとし、あらぬ方を見て視線を泳がせていた。いくら約束したとはいえ、尋ねているのは茶々丸のマスターであるエヴァンジェリンだ。主人の言葉に従って昨日の出来事を全部喋らないとも限らない。横島、冷汗だくだく。
「――いえ」しばしの沈黙を挟んで、茶々丸は口を開いた。「何もありません」
「そうか? ならばいいが」
茶々丸の答えに、エヴァンジェリンは頷き、横島は――
(よかった――っっ!! 有難う茶々丸さんっっ!!)
よほどアレに変身したことを他人に知られるのが嫌だったらしい。横島は心で滂沱と歓喜の涙を流しながら茶々丸に感謝の言葉を捧げる。まぁ、痴女まがいの行為に及んでいたなどと、誰だってばらされたくはないだろうが。
「と――」
「うん、どうした? 横島」
「いやいや、なんでもないよ、エヴァちゃん」
不意に、おろした髪に隠れている耳元に手を当てて声を漏らした横島に、エヴァンジェリンは茶々丸が頼んだはいいが、飲まずにいたコーヒーを手にとりながら首をかしげてみせた。そんなエヴァンジェリンに、横島は小さく首をふりつつも、耳元に手を当てたまま神経を集中させる。茶々丸のメンテを終えた葉加瀬がその様子に気付き、何かを口にしようとするが、横島はそれを目配せして黙らせる。
「と、すまないエヴァちゃん。ちっとばかし野暮用が出来た」
「うん? そうか」
名残惜しそうな表情を浮かべるエヴァンジェリンに、また今度お茶しような、と言って横島は席を立ち、その場から歩み去る。カフェテラスから離れながら、横島は髪で隠された耳元にセットしてあるイヤホンから聞こえてくる音声に耳を傾け――
「ありゃりゃ」
意外そうな声を漏らした。
「兄貴、ヤバイっすよ!」明日菜の部屋で、カモは切羽詰った調子で口から泡でも飛ばしそうな様子で言う。「何であの茶々丸ってロボに情けをかけたんすか!?」
木乃香が留守なのをいいことに、カモは自分の正体を偽ることなく人語で喚いていた。と、いっても、身勝手なことを口走っているわけではない。昨日訪れた、千載一遇の機会を自らフイにしたネギの行動を問い詰めているのだった。
「――茶々丸さんは、ボクの生徒なんだ」
ネギは、カモの言い分が正しいことを承知した上で、そう答えた。自分がエヴァンジェリンに劣っていることは理解している。パートナーたる神楽坂・明日菜を得てもなお、その戦力差は埋めようがないことも理解している。そして、その戦力差を少しでも埋めるためには、敵戦力を各個撃破する必要があったことも、嫌というほどに理解している。
だが。
自分の教え子を害することなど、ネギには出来なかった。戦術的には正しいと頭では理解していても、それを許容することが出来なかった。正しい、正義を行う魔法使いである前に、ネギ・スプリングフィールドは教師なのだ。
自分の言い分を認めていてなお、頑是無い幼児のように頑なな態度を見せるネギに、カモはそれでこそ俺の兄貴、と胸のうちで賞賛の言葉をかけながら、だがしかし、それを外には欠片も出さずにカモは叱責の言葉を紡ぐ。まるで、もっと悩めとでもいうように。そして、悩み抜いた末に正しさなど放り投げた、自分の答えを見つけてみろとでもいうように。
「甘いっ!!」カモの大喝が室内に響き渡った。その声に思わず身を竦めたネギに、カモは『正しい』言葉を叩きつける。「兄貴は命を狙われてるんでしょう!? 奴ァ生徒である前に敵ですよ、敵!!」
「ちょっとエロオコジョ、そこまで言うことないんじゃない?」
子供嫌いを自称する明日菜だったが、身を句点のように縮ませてカモの言葉に打たれているネギを見かねて助け舟を出してきた。エロオコジョ呼ばわりされたカモの抗議を無視して、言葉を紡ぐ。
「私も、あんまりあの二人とは話したことがないんだけど――エヴァンジェリンも茶々丸さんも、二年間、私のクラスメートだったんだよ?」脳裏に浮かぶ、容姿とは裏腹にやたらと達観した風情を醸し出す異人の少女と、彼女に常に付き従うようにしてその傍に控えている少女の姿を思いながら、明日菜は言う。「本気でネギの命を狙ったりするようには思えないんだけどなぁ」
だが、そんな明日菜の言葉も――
「甘いっっ!!」
カモの大喝に一蹴される。
「姐さんも甘々っスよ! 見てください、俺っちが昨日まほネットで調べたんですけど――」テメェそれどっから出した、という明日菜の視線を華麗にスルーして、カモはPDAを手馴れた様子で操作して目当ての情報を画面に映し出す。「あのエヴァンジェリンて女、十五年前まえでは魔法界で六百万ドルの賞金首ですぜ!? 確かに、女子供を殺ったって記録こそねぇが、闇の世界でも恐れられてる極悪人さ!!」
英文で書かれた情報こそ読めないものの、『WANTED』や『$6,000,000』の表記、カモの口調とその言葉の内容に、明日菜は無害なクラスメートという印象を瞬時に粉砕される。そして、あの夜、ネギに害を為そうとしていた姿を思い出し、顔を青くする。
「な、なんでそんなのがウチのクラスにいるのよ!?」
「そいつぁわかんねぇけどよ……」
当然過ぎる明日菜の反応に、カモは困ったように言いながら、PDAを閉じる。自分のクラスメートの意外な正体に混乱する明日菜と、正しさと自分の思いの間で悩むネギを見据えてカモは言った。
「とにかく、奴らが今、本気で攻め込んできたらヤバイっす。姐さんや寮内にいる他の堅気の衆にまで迷惑がかかっちまうかもしれねぇ」
その言葉に、黙って俯いているだけだったネギの肩がびくりと揺れる。いや、揺れたのは肩だけではない。その心も揺れていた。自分の思いに従ったことの正しさを信じる心が、揺らぐ。他の誰か――自分の生徒たちに危害が及ぶ、その言葉は、ネギの心を揺さぶるに足るものだった。生徒に危害を加えない、という自分の信念のせいで、自分の生徒が危険なめにあったら? 判らない。判らない。自分が何を信じて動けばいいのか判らない。何を信じて動けば正しいのか、判らない。教え子に危害を加えるのは間違っている。教え子を危険なめに晒すのは間違っている。判らない。ああ、いっそ――
「とりあえず」ネギの葛藤など知る術もないカモが困ったように言う。「兄貴が今、寮にいるのはマズイっすよ」
「ううん、そうね。今日は休みで人も多いし」
何気なしに交わされたカモと明日菜の会話。それが引き金だった。自分の行いに不審を抱き、道を見失っていたネギにとって、それは途方もない叱責に聞こえた。まるで世界中から責め立てられいるような錯覚に陥ったネギは――
「う――――」反射的に、視界に飛び込んでいた自分の杖を手にし、窓を開け放った。「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」
「ありゃりゃ」
ネギの背広に取り付けたままになっている盗聴器から聞こえてきたネギの泣き声に、横島は頭を掻いた。泣き声と同時に聞こえてきた室内の様子から察して、ネギは部屋を飛び出したようだった。ううん、流石に十才児にはキツイ選択だったか。普段が出来すぎているだけに、ついつい忘れがちになるネギの年齢を思い出して、横島は苦笑を浮かべた。
――正しい選択が正しいとは限らない。
横島は、それを誰よりもよく知っているために、ネギの葛藤が手にとるように理解できた。程度の差こそありはすれ、自分も一度それを味わっているだけに、ネギが――自分などよりよほど出来のいい資質の持ち主とはいえ、まだほんの子供に過ぎないネギにとって、それはようよう答えを得ることが出来ない悩みであることは、痛いほど判る。
悩め。
横島は、空を見上げて思う。
思う存分悩め、ネギ――と。
安易に答えを得ようとするな、と。
それは、かつて自分が選んだ選択に対して何度覚えたか判らない後悔から導き出した思いだった。あの時――横島は思う。あの時、最愛の彼女と世界を比べて、世界を取ったのは『正しい』答えだと理解している。あの時点では正しい答えだったと理解している。世界を選び、世界を守ったがゆえに、彼の親しい仲間や友人、両親たちの未来は護ることが出来た。だが、たとえどれだけ大事なものを守れたとしても、それでも、最愛の彼女を選びたかった。それゆえの後悔。
そして、選んだあとで自分の選択に悩み、後悔した自分と違い、ネギはまだ選ぶ前に悩むことが出来る。だからこそ横島はネギに好きなだけ悩むがいいと思っている。けして正しいだけの答えを選ぶな、と。世界から後ろ指さされても胸を張って誇れる自分だけの答えを導き出せ、と。
「とはいえ」
横島は女子寮のあるはずの方角を見ながら呟いた。
「このままほっとくワケにもいかんよなぁ」
なにぶん、まだまだ子供のネギのこと。自暴自棄になって何をするか判らない。下手をうってイギリスにでも帰られでもしたら目も当てられないことになる。学園長あたりの思惑などクソ喰らえといったところだが、ネギの存在に一縷の望みを見出しているエヴァは落胆するだろう。まぁ、そうなったらそうなったでやりようはあるが――
「その場合、ジジイが素直に首を縦にふるとも思えんしなぁ」
今後のことを考えれば、出来るだけ穏便にことをすませたい。なによりも、あの小さな吸血鬼のために。横島は、そう考えると、自分のとるべき方策を定めた。
「とりあえず、追うか」
追って、様子を見――必要なら、最低限の助言をあたえる。深入りは禁物だから、そんなとこだろう。考えながら、横島はあたりの――学園の様子を探る。探すのは、空。盗聴器が伝えてきた様子から、ネギは杖を使って窓から飛び出したらしい。特に、行くあてもなく突発的に飛び出したはずだから、方向は明日菜の部屋の窓から直線――もしくは、明日菜の部屋の窓を頂点とした、円錐状の空域。探る。これは――鳥。これも、鳥。――大学部の連中の観測気球。鳥。鳥。――――いた。
スピードののった自動車ほどの速度で、さほど高くない高度を飛んでいる。鳥はもちろんこんな速度は出せないし、人の手による機械をこんな高度でこんな速度で飛ばすと怒られる。だいいち、認識阻害の魔法を使いながら飛ぶ飛行体なんて、魔法使い以外にいるはずがない。一般人なら気付くよしもないが、自分は残念ながら一般人じゃない。出来るなら一般人になりたいが。
「山のほうに向かってるなぁ」ネギの位置を把握した横島は、その進行方向を推察して呟いた。「――さて、追うか」
瞬間、人通りの少ない舗装道の上から、横島の姿が、まるで最初から何もなかったかのように掻き消える――それを目撃していた人間がいたなら、そのように見えただろう。人間が、そのような動きをするはずがないという思い込みとと、捕捉対象の急激な加速に目がついていかない、という心理的、物理的な要因がそのような錯覚を覚えさせる。
無論、横島の姿が消えたかのように見えた人間はその場にはいなかったし、横島としてもそような下手はうたない。自分に誰の視線も向いていないことを確認し、霊力を身体に循環させて身体能力を強化。瞬時にして二〇〇キロ/hまで加速。路面を蹴ってトップスピードを維持したまま、横島は見える建物の屋根を選別してそこを蹴って宙を行く。
流れる景色を無視して、横島はネギに気付かれないように追跡を開始した。しっかし、どこまで飛んでいく気なんだ、ネギの奴。このペースで行くと――お、速度を落とした。少しは正気に……って、こない背の高い木が生えてるとこでそない低い高度飛んでたら、
「あ、落ちた」
一本、群を抜いて背の高い木にぶち当って墜落していくネギを見た横島は、間の抜けた声をあげた。
「はぁ――――」
「――――よく食べるでござるな、横島先生」
自分の分の朝食までたいらげた私服姿の副担任に、楓は呆れたような感心したような声をもらした。空腹が癒された横島は、二人分の朝食の残骸の向こうに座っている教え子に苦笑して見せた。
「だから、昨日から何も食べてなかったんだってば」
目の前で美味そうなメシを食われたときはなんでこんなことしてるんだろう、俺、と激しく悩みそうになった、と横島は虚しそうな表情で言う。
「食事を抜いてまで拙者たちの監視でござるか」
ご苦労なことでござるな、と言う楓の瞳にはいささか剣呑な光りが宿っている。そんな楓に、横島は、肩を竦めてみせた。
「キミらを、というよりも、ネギの、というのが正しい表現かな?」
「ほう」楓は小さく声をあげた。「ネギ坊主の監視――とは、どういう意味でござろう?」
裏の世界に生きる楓にとって、ネギの真っ直ぐな在り様は、随分と眩しく思えるものだった。だからこそ、あの自分よりも年下の担任に肩入れしたくなってしまう。そんな楓にとって、横島の返答はなかなかに気になるものだった。
「どういう意味もなにも」あけすけな態度で横島は答える。「そのままの意味さ。妙なことをしでかさないように、監視。長瀬さんも知ってるだろう? ネギがいろいろと煮詰まってたことは」
「確かに」横島の言葉に、楓は然り、と頷いてみせる。「何に煮詰まっていたか、までは判らんでござるが、ネギ坊主が壁にぶつかって悩んでいることは判ったでござるよ」
「だからさ。人間、思い詰めたらどんな行動に出るか判ったもんじゃない。思い詰めたネギが早まった真似をしでかさないかどうか――早まった真似をしでかしたときのために、こっそり覗いてたってわけさ」
だいたい、何がかなしゅーてガキとはいえ男なんぞのストーキングをせにゃあかんのだ、と横島は一人ごちる。そんな横島の崩れた態度に、楓は意外な印象――普段の真面目な教師とは違った一面を見せられて、少しばかり驚いたように眉をあげてみせた。だが、それもすぐにおさめて、楓は更に問いを発した。
「で、なにゆえ、横島先生はネギ坊主を監視していたのでござるか?」
「だからそれは――」
「拙者が言っているのは」同じ説明を繰り返そうとした横島に、楓は声をかぶせて問う。「理由でござる。なぜ、ネギ坊主の動向を監視するのか。なぜ、ネギ坊主の行動を見極めようとするのか」
返答や如何に――そう鋭く視線をよこす楓に、横島は溜息をついた。
「子守りを頼まれているからな」自分の役割を、横島は端的に語ってみせた。「まったく。下手な手出しの出来ない子守りなんて面倒な真似、正直御免被りたいってのが本音なんだけど」
「子守り、でござるか」
「で、ござるよ」
口調を真似て、おどけたように言う横島に、楓はふむん、と首を捻る。誰に頼まれたか、と問うても、この目の前の副担任はおそらくはぐらかしてくるだろう。腕ずくで、と考えないでもないが、あれほど見事な隠行――昨夜、一瞬だけ気配を乱さねば今だ気付けていなかったであろう見事な隠行を行ってみせるものに、どれほど自分の腕が通じるかどうか。
「横島先生は――」考えあぐねた楓は、直裁的な問いを発することに決めた。「ネギ坊主の敵でござるか? それとも味方なのでござるか?」
「敵――」言った瞬間、楓の身体から物騒な気配を感じて、横島は冗談がすぎたか、と思いつつ言葉を続ける。「というわけじゃないな」
「では」
「かといって、味方というわけでもないけどな」
その言葉に、楓が首を傾げるのを見て、横島はくつくつと笑う。
「どういう意味でござる?」
「そのままの意味さ。敵でも、味方でもない。ネギの行いを、ただ見てるだけ――それだけさ。それがどんな結果になろうとも」
「傍観する、と?」
「まぁ、そうなるな。流石に、堅気の人間に迷惑なことをしでかしそうになった時はどうにかすると思うけど、基本はそれだ。だから、敵でも味方でもない――そういうこと」
ふむ、と楓は考え込む。味方、と即答した場合、多少は疑ってかかったかも知れないが――傍観者たる、と答えた横島の言葉には多少なりとも説得力があった。あれだけの隠行をなす腕があるのなら、自分とネギを、昨日のうちにいくらでも好きなように出来たはず。
「その言葉、信じていいのでござるな?」
「カワイイ女の子に嘘はつかないよ」
「――そういう軽口は信憑性を落とすでござるよ? とまれ、とりあえずは横島先生のいうことを信じるでござるよ」
「とりあえず、というところが気になるけど、信じてもらえたようでなにより」言って、横島はすくっと立ち上がる。「それじゃ、そろそろお暇させてもらうとしようかな」
完徹は流石にキツイと言ってその場を去ろうとする横島に、
「横島先生、ちょっと待つでござる」
「三度ネタは――相手が違うからいいのか。で、なんだろ、長瀬さん」
突っ込みかけて、横島は楓に振り返る。振り返った瞬間、脳裏に嫌な予感が走った。楓の顔に、どこかで見たような笑顔が浮かんでいたからだ。
「横島先生はなかなかの腕前とお見受けするでござるが――」
「いやいや、そんなことないよ?」
マヂでマヂで、と顔を振る横島に、楓は快活に笑ってみせる。
「はっは、謙遜することはないでござる。あれほど見事な隠行――里の腕利きでもそうそう出来んでござるからな」
その笑顔は。かつて横島が真っ当なヒトであったころにさんざん見たことのある笑顔だった。妙神山で修行を終えたあとで何処からともなく現れてはメシをたかったあとで、腕比べを強要してきたバトルジャンキーな友人が見せていた笑顔。
「――もしかして、手合わせしろとか言われてみたりしちゃったりするのかな?」
広川太一郎っぽくたずねた横島に、楓はわざとらしく驚いてみせる。
「おお、よく判ったでござるな」
わからいでか。くそ、若い身空でそんな歪んだ性癖もっとるとロクな大人にならんぞ。横島はそんなことを思いつつ、駄目もとで聞いてみる。
「うん、お――私、寝不足なんだけど」
「就寝前の運動は身体にいいでござるよ」言った瞬間、今にも逃げ出しそうな雰囲気をかもし出した横島に、楓は笑顔で釘をさす。「ああ、もしここで手合わせしてくれなかったら、拙者、授業中に何かするかも知れないでござる」
「よーし長瀬さん脅迫って言葉知ってる?」
「何を言っているのでござるか。拙者は、ただ、副担任の先生にちょっとお願いしてるだけでござる」
いけしゃしゃあと言ってのけた楓に、この学園こんなんばっかか、と横島は肩を落とす。俺の平和な日常ってどこにあるんだろう。返して。俺の平和で代わり映えのしない退屈な毎日を返して。
「――ちょっとだけなら」
「流石、横島先生は話が判るでござる」
そういうことになった(※夢枕調)。
「時に横島先生」
「ん? 何かな?」
「昨夜唐突に横島先生の気配が乱れたのは何故でござる?」
アレがなかったら、拙者ずっと気付かなかったでござるよ、と言った楓に、横島はたらりと冷汗を流し、思う。
(い、言えない。いきなり脱いだ長瀬さんのおっぱいがあまりに見事だったせいで女日照が続きっぱなしで思わず反応してしまっただなんて言えないっっ!!」
「うん、横島先生。思いっきり言ってるでござる」
どっとはらい。
別に戦闘シーンが面倒になって話を切ったわけではけして無く(※目を逸らしながら)。こんばんは、定刻通りに更新でございます。あと、横島の気配が乱れた理由はNGで言ってるとーりで。本編にぶち込もうとしたら延々話が進まなくてばっさりカット。まぁ、カットしてるのは原作シーンもなんだけどな!!(※威張るな) とまれ、今宵はこれまで。では、また来週ー。
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