無題どきゅめんと


「あ――」

「――ぬ」

 春の日の午後の陽光が優しく降り注ぐカフェテラスの一角で、いささか間の抜けた二つの声があがった。カフェテラスで対峙するのは、齢十歳にして中学教師を勤めるネギ・スプリングフィールドと、万年中学生にして真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。それぞれ背後に、神楽坂・明日菜と絡操・茶々丸を伴っている。期せずして発生した無言の睨み合い――というか、なんとも形容し難い視線の交換は、穏やかであってしかるべきはずのカフェテラスの一隅に、穏やかならざる空気を生み出していた。

 一団が、互いに互いの顔を見やりながら口を噤んで黙り込んでいる原因は、昨夜起きた事件にその原因を求められる。己が身に掛けられた呪いを解呪せんとしてネギ・スプリングフィールドの血を欲したエヴァンジェリンと、そんな彼女に教師として更生を促すために決然と立ち上がったネギによって行われた一大魔法決戦。

 その決戦の幕の落ち方が、一団を無言の舞台に上らせている。

「無事だったんですね、エヴァンジェリンさん」

 先に口を開いたのは、ネギだった。いくらか躊躇してから放たれた言葉は、昨夜、予定よりも早い停電復旧によって魔力を封じられ、遥か下方の水面に落下したエヴァンジェリンの姿が突如として消え去ったという異常事態によって、その安否を確認できずにいたことによるものだ。突然の出来事に、動転し、気が付けば茶々丸もその場からいなくなっていたために、ネギはエヴァンジェリンの安否を知る術をもたなかったのだった。

「ああ、こうして五体満足だとも」

 答えるエヴァンジェリンの口調は、いささか面白くなさそうなものだった。それもそうだろう。たとえ停電復旧による魔力の喪失が原因だとしても、結果としてエヴァンジェリンはネギによって一敗地に塗れることになったのだ。自尊心の高いエヴァンジェリンにとって、面白いはずがない。

「でも、どうやって――」

 あの窮地から逃れ得たのか、ネギがそう尋ねようとしたとき、一団に新たな面子が加わった。

「おろ? なにしてんだ?」

「遅いぞ、横島」

「横島先生、こちらをどうぞ」

 私服姿の――つまり、ジーンズにジャケットという出で立ちで髪を下ろした横島が首を傾げながら、一団に声をかけ、エヴァンジェリンはそれに不満そうに鼻を鳴らしながら答え、茶々丸が小さく一礼して、確保していた紙コップに注がれたエスプレッソを手渡した。

 ありがとな茶々丸さん、と言って横島は改めて一団の面子を見渡し――

「で、どうしたんだみんな?」

 改めて首を傾げてみせた。待ち合わせていたカフェテラスに顔を出してみれば、見知った面々が微妙な表情で顔をつきあわせているという光景に、横島としては首を傾げざるをえない。そんな横島に、エヴァンジェリンは目をつけてあった席に彼女の手をとり誘導する。

「え? エヴァンジェリンさん、タダオと?」

 強引といってもいい調子で自分の横に横島を座らせたエヴァンジェリンの様子に、ネギは目を丸くしながら声をあげた?

「なんだ、坊や?」ネギの様子に意地の悪そうな声でエヴァンジェリンは言う。「どうかしたのか?」

 明らかに判っていての発言に、エヴァンジェリンの横に腰掛けている横島は苦笑。そんな二人の様子に、ネギは一つの考えを脳裏に閃かせ、恐る恐るといった口調でそれを口にすうる。

「あの、もしかしなくても――二人とも知り合いだったりするんですか?」

「教師と教え子が知り合いなのは当「ああ、七年前からの知り合いだ」――エヴァちゃん」

 すっ呆けようとした横島は、台詞の途中でエヴァンジェリンにそれを台無しにされて、とほほと肩を落とす。落として、ちらりと自分の前に立つネギたちの様子を盗み見る。いや、キミら天下の往来でそないアホみたく口開けてるとアレやぞ。そう思った次の瞬間、

何よそれ―――――――――――――――――――――――――っっ!?

 カフェテラスの一隅に、神楽坂・明日菜の絶叫が響き渡った。瞬間的に、自分のそれではなくエヴァンジェリンの耳を塞いだ横島は、思いのほか大きかった明日菜の大音声によってじんじんと響く鼓膜に顔を顰めつつ、

「あのな、神楽――「ちょっとそれどーいうことよアンタ! エヴァンジェリンと知り合いって何よもしかしてアンタここんとこのエヴァンジェリンがやってたこと全部知ってたんじゃないでしょーねっっ!?」――坂さんタイムタイム絞まってる絞まってる襟ばっちりキマッテル苦しい苦しいギブギブギブギブ!!」

 説明しようとした矢先、自分の襟首を締め上げて息もつかぬマシンガトークで問い詰める明日菜に、横島は青い顔をしながらテーブルを叩いてタップ。その情景に、衝撃の事実をつきつけられて呆然としていたネギはハっと我に戻り、

「あ、アスナさん! タダオの顔色が真っ青に!!」

 落ち着いて落ち着いて、ひっひっふーひっひっふー、ラマーズ法か――っっ!! というやりとりを経て、

「――死ぬかと思った」

「大丈夫か、横島?」

 げっそりとした表情で横島は締め上げられていた首をのあたりを撫で、突然の明日菜の暴発に目を丸くして介入しそこねたエヴァンジェリンがそんな横島のことを気遣ってみせた。一方、そんな様子を見せられたネギと明日菜は、事情が事情とはいえ、教師の首を締め上げてしまったという後ろめたさもあり、むっすりとした様子で口を噤んでいる。

 まったく。ジト目でこちらを見ている二人の様子を見て、横島は溜息をつく。こういうことになりそーな気がしたから黙っておこうと思ったのに。とまれ、

「で、お二人さん? 何か質問は?」

 苦笑を浮かべながら横島にそう言われたネギと明日菜は、数寸、互いに顔を見合わせて、

「とりあえず」不承不承といった様子で横島たちの対面に腰を下ろしながら、明日菜は半眼の視線を横島に送りながら口を開いた。「横島――先生は、エヴァちゃんがネギに何をしてたのか知ってたの――んですか?」

「別に無理矢理敬語使わなくていいよ、神楽坂さん」

 自分に対する明日菜の感情を知っている横島は、苦笑を浮かべて言った。そんな横島の言葉に、

「で、どうなの?」

 渡りに船、とばかりに明日菜はタメ口で問い詰めた。そんな明日菜の様子に、ネギはおろおろと慌てる。

「や、まぁ」嘘こいたら承知しねぇぞ? ああン!? といった明日菜の視線に、横島は、毒を喰らわば、といった心境で口を開いた。「知ってた」

「――――っ!!」

 その答えを聞いた瞬間、明日菜の顔が朱に染まった。コイツ――!! 明日菜は、目の前にいる女教師に怒りに満ちた視線を叩きつけながら、思う。この女、ネギの状況を知ってて、なんもしなかったっていうの!?

「アンタ――」

 思わず腰を浮かしかけた明日菜。だが、

「待ってくだせぇ、姐さん」

 そんな明日菜を、いままで場の様子見に徹していたオコジョ妖精が諌めた。ネギが慌てて周囲に認識阻害の魔法をかけるのを横目で見ながら、カモは、なによ!? と自分に邪眼めいた視線を叩きつけてくる明日菜に向けて言葉を放つ。

「横島のアネサンは、ネギの兄貴のことを黙ってみてたってワケじゃねぇんですよ」

「どういうことよ!!」

「アネサンは、ネギの兄貴の助けになれば、と俺っちを兄貴のもとに送り込んでくれたんでさぁ」

 その台詞に、横島は、あちゃあ、と顔を手で覆う。一方、

「助けになればって――そんなん自分が直接助けりゃいい話じゃない!!」

「あー、うん。そうなんだが」このままではカモが皆まで話してしまいそうな気配を見せていたので、横島は慌てて口を挟んだ。「助けてやらんででもなかったんだが――私はエヴァちゃんに昔から借りもあったし。エヴァちゃんが外に出たがってるのも知ってたしね」

 だから、心情的に積極的にネギに味方出来なかったんだよ、と横島。

「それに、神楽坂さん。十五年も無理矢理中学生やらされる気分になってみ? 正直凹むと思わんか?」

 言われて明日菜は、うっと言葉に詰まる。ただでさえバカレンジャーの一人に数えられる明日菜としては、いくら麻帆良がエスカレーター方式を採用しているとはいえ、落第云々という話題は耳が痛い話題であるし、留年に留年を重ねて十五年も中等部に在籍しつづけるというのは精神的な拷問以外の何物でもない。

「た、たしかに」

 真面目くさった調子で言う横島に、明日菜はしぶしぶ、といった調子で頷いてみせる。とはいえ、わだかまりがすべて無くなった、というわけではない。矢張り、少しぐらいアドバイスをしてくれても良かったのではないか――という思いは残る。そうした複雑な感情のまま、明日菜は横島の隣で、自分にむけてジト目で視線を向けているエヴァンジェリンを見る。脳裏に浮かんでくるのは、ネギを圧倒する昨夜の姿。ネギの血を求めた理由。

「でも、残念だったわね」内心に渦巻く複雑な感情は、明日菜に我知れず皮肉を口にさせていた。「結局、エヴァンジェリンさんにかけられた呪いは解けなかったんでしょ?」

 ま、悪巧みなんてそうそう上手くいくわきゃないのよ、と〆た明日菜の言葉に、エヴァンジェリンは、だが、

「呪い? 解けてるぞ」

 唇を薄く吊り上げ、挑発するかのような笑みを浮かべながらあっさりと言った。彼女の対面に腰を下ろす面々はその言葉に、一瞬目を丸くし――

「な、なんでっ!?」

 ネギの驚愕に満ちた叫びがカフェテラスに響き渡った。

★☆★☆★

「俺としちゃ学園内で遠慮せずに一服できる場所は此処だけだから顔を出すのにやぶさかではないんだが」

 出頭を命じられた学園長室のソファに気だるげに身を沈ませた横島は、面倒そうな表情を浮かべつつ紫煙をくゆらせながら言った。

「どーして俺に報告させんだよ」

「まぁ、そういわんと」

 ネギに直接聞けよ、ネギに、と愚痴を零す横島に、学園長は、まぁまぁ、と宥めながらシガリロのケースを取り出して差し出した。普段、札入れの具合のおかげでついぞ目に掛ることのない高級シガーの収められたケースを横島はしげしげと眺めたあとで、吸っていた細巻を灰皿に押し付けると、遠慮するそぶりも見せずにケースから一本取り出して、火を付けた。

 吸い込んだ紫煙が肺を焼く感覚に、横島はしばし陶然とした表情を浮かべ――

「で、何が聞きたいんだ?」

「前から思っとったが現金な性格しとるのぉ、横島くん」

 そうした反応を狙っての行動とはいえ、判り易すぎる横島の態度に、学園長は苦笑を浮かべた。そんな学園長に、横島は憮然とした表情を浮かべる。

「仕方ないだろ。こんなええ煙草めったに吸えんのやし」

 これだからブルジョワは、と、ひとしきりくさした横島は、昨夜の顛末を学園長に告げた。

「ふむ」

 事の顛末を聞き遂げた学園長は、一見すると好々爺然とした顔に満足そうな笑みを浮かべて、顎鬚をしごいた。横島の口から語られた昨夜の出来事は、ほぼ学園長やその同輩が思い描く形で終幕を迎えていた。特に、彼の気を良くしていたのは、エヴァンジェリンが酔狂といってもいい精神の発揮で同種の魔法を撃ってきたとはいえ、ネギがその同種の魔法のぶつけ合いに競り勝ったという事実だった。そのことを耳にしたとき、学園長は内心で、「流石はあのナギの息子なだけのことはある」と、感嘆の声を漏らしていた。そして、エヴァンジェリンはネギの血を得ることが出来ず、その呪いを解くことは出来なかった。確かに、ナギの残した呪いによってこの学園に縛り続けられるエヴァンジェリンに思うところがないわけではないが、人手不足の昨今にあっては、それよりも、使いでのある警備員が手元に残ってくれたことに対する安堵の気持ちが強い。

「ふむ、そうかそうか」

 満足げに頷く学園長の言葉に、ハバナ産の高級葉の齎す酩酊感に近い味わいに酔いしれていた横島は、ああ、そうそう、と付け加えるようにして口を開いた。

「エヴァちゃんの呪い解いといたからな」

「ふむ、そうかそうか――って何じゃと!?

 思わず頷きかけて、だが、次の瞬間学園長は大きく目を見開いた。

「よ、横島くん? ワシの耳が確かなら今――」

「うん、いい加減耄碌してんじゃないかこのジジイと思うこともあるが今回はばっち正確に機能してるぞ」たっぷりと堪能したシガリロを灰皿に押し付けて、横島は人の悪い笑みを浮かべた。「エヴァちゃんにかけられた【登校地獄】は解呪した、って言ったんだよ」

 底意地の悪い笑みを浮かべながら新しい煙草に火をつける横島を、学園長は信じられぬといった面持ちで見る。内心を覆っている感情は、驚愕ばかり。正直なところ、ナギ・スプリングフィールドの残したあの呪いを解呪できる人間がいるとは思わなかった。自身も、エヴァンジェリンにかけられた呪いの術式を解析し、解く解かぬは別として解呪できるかどうか脳内でシミュレートしてみたが、呪いの複雑――というよりも適当といい加減が徒党を組んでラインダンスを踊っているような有様にあっさりと匙を投げた経験を持っているために、横島が解呪云々を口にしても本気だとは思っていなかったのだ。

「横島くんがそう言うのなら」学園長は、目の前でシガリロを美味そうにふかす横島に溜息混じりに言った。「そうなんじゃろうな」

 自分の目論見が狂ってしまったことに対して慨嘆ともいえぬこともない感情を抱きつつも、学園長は思う。少なくても、横島・多々緒という人間はその手の嘘をつく人物ではない。駆け引きの際に関しては、いくらでもはったりをかますが――今回に関しては、横島がエヴァンジェリンの解呪の許可を口頭とはいえとりつけた時点で駆け引きは終わっている。で、あるならば横島の発言が虚偽である可能性は限りなくゼロに近い。たとえ虚偽であったとしても、横島にとって、ひいては横島が肩入れするエヴァンジェリンになんのメリットもない。

「しかしあの呪いを解いてしまうとはのぉ。いったいどんな方法を使ったんじゃ?」

 ネギくんの血は得られなかったんじゃろう? と学園長は興味津々といった按配で横島に尋ねた。

「ふふん」馥郁たる香りを放つ紫煙を吐き出して、横島は笑った。「秘密だ」

「横島くんのいけず」

「久しぶりに言うが――可愛くないぞ。むしろキショい」

 横島の口からエヴァンジェリンを解き放った術を知ることは、さして期待していなかったのだろう。学園長は横島とおさだまりのやりとりを交わしたあとで、彼女が手にしているシガリロを吸い終わるのを見計らって口を開いた。

「で、エヴァンジェリンが自由になったのはいいんじゃが――これからどうするつもりかのぅ?」

 学園長にとっては、彼女を解き放った方法よりも、解き放たれた彼女がいったいどうするのか――そちらのほうに関心があった。自らを頚木に繋いでいた枷を外された真祖の吸血鬼の動向。“闇の福音”として畏怖されていた大魔法使いの意向。極東有数の魔導都市の長として、関心を抱かぬほうがおかしかった。

★☆★☆★

「エヴァンジェリンさん、呪いを解いたって……」

 どうやって――ネギはそう言って絶句する。絶句して、自分の前に座るエヴァンジェリンをまじまじと見た。そして更に言葉を失う。見た目、自分とそう歳が違わないように見える遥かに年嵩の教え子の身体から、隠しようもない魔力の気配を感じられたからだ。父親が目の前の小さな吸血鬼にかけた呪いが効力を発揮している限り、けして陽が高いうちには感じられないはずのそれは、まさしくエヴァンジェリンの言葉が真実偽りのないものであるというれっきとした証左であった。

「ど、どうやって――」

 エヴァンジェリンの言葉が真実だということは理解できた。理解できたが――ネギには、あの覗き見た夢の中で父親がかけていたはっちゃけた呪いを解呪する方法を思い浮かべることができなかった。そんな唖然とした様子のネギの疑念に、エヴァンジェリンはつまらなさそうに鼻を鳴らしながら答えた。

「知らん」

「し、知らんって」

 とりつくしまもないといった様子で短く言ったエヴァンジェリンの言葉に、ネギは再び言葉を失った。偉大な魔法使いという果てしなく遠く険しい夢への道を歩まんとしているネギにとって、すべてはそこへと近付く糧となりうる。そして、あの難解極まりない呪いを解く術ともなれば、確実に自分の力量、あるいは技術を向上させるのに役に立つ――ネギはそう考え、エヴァンジェリンに再び尋ねる。

「い、意地悪しないで教えてください、エヴァンジェリンさん」

「――ぼーや」懇願、といってもいい様子でいうネギに、エヴァンジェリンは醒めた視線を送りながら言う。「オマエに教える義理が私にあると思うのか?」

 ネギが、どちらかといえば教師と教え子というスタンスでエヴァンジェリンに接しているのに対して、エヴァンジェリンのそれは、互いに違う立場に立つ対立する魔法使い同士といったものであった。で、あるならば、エヴァンジェリンがネギに対して何事かを教える義理など毛ほどもないのは明らかであった。そして、言外にそう諭されたネギは、うっと言葉を呑む。そんなネギの様子を見ていたエヴァンジェリンは、しばらくして溜息でもつきそうな様子で肩を竦めてみせた。

「ふン、まぁ苛めるのはこのぐらいにしておこうか」

 その言葉に、ネギは目を輝かす。が、

「勘違いするなよ? ネギ・スプリングフィールド。私が知らないというのは嘘偽りなき真実だ」

「え? じゃあ、エヴァンジェリンさんはどうやって?」

 ネギの言葉に、エヴァンジェリンは居心地悪そうに今の話題を聞いていた自分の横に座っている横島に視線を送った。

「コイツだ、コイツ。何をどうやったのかは知らんが、横島が私の呪いを解いたんだよ」

 言っちまった。横島は昨夜の結末に自分がやらかしたことについて暴露したエヴァンジェリンの言葉に、とほほ、と肩を落とす。もしかせんでも、エヴァちゃんどーやって呪いを解いたか教えんかったこと怒ってるんかなぁ。そんなことを考えている横島に、ネギは驚愕の視線を送り口を開きかけ――

「教えんぞ?」

 横島に機先を制された。口を開く前に質問を封じられたネギは恨めしそうな視線を横島に送る。

「つーかな、教えてもネギにはどーにも出来んし」

「そ、そんなことやってみないと――」

 ネギの視線に晒された横島が、肩を竦めながら言うと、ネギはそれに反駁した。ネギにしてみれば、言いもしないうちから、やりもしないうちから『オマエには無理』と言われとあって、さすがに面白くない。だからこそ、横島に抗弁しようとし、

「判るんだよ」

 しかし、横島にそれを再び封じられた。断固とした口調でネギを黙らせた横島は、学園長室以外で愛用している禁煙パイポをポケットから取り出して咥えると、それを上下に揺らしながら教える。

「私がエヴァちゃんの呪いを解くのに使ったのは魔法じゃなくて、私個人の能力なんだよ。だから、教えても再現できないんだ」

 あんだすたん? とおどけるようにいう横島に、ネギは能力、という単語から一つの異能を連想した。

「それって、超能力とかそういうのなの? タダオ?」

「まぁ、そんなもんだと思ってくれていてもらえればいいと思うぞ」

 スプーンとか曲げられへんけどな、と横島。実際は、超能力ではなく霊能力なのだが、それを説明しても仕方ないと横島は思っている。個人に固有の特異な能力という点では、超能力も霊能力も大差ないものでもあることだし、と。霊力を用いて行使する陰陽術などといった術式とは異なり、横島が作り出す『文珠』は、横島の持つ、『霊力の収束』という特性を突き詰めた末の力であり、横島以外の誰に使えるものでもない。よしんば、そのやり方を誰かに教えたとしても、やはり文珠の生成をおこなうことは不可能に近いだろう。そういった意味では、横島のもつ力は超能力と称しても問題ないのかもしれなかった。

「つーわけで、教えてもどうにも、というか、教えること自体無理なんだよ」

 さて、誤魔化されてくれりゃあいいんだが。自分の目の前で肩を落とすネギではなく、自分の横に座るエヴァンジェリンに気を払いながら横島は思った。根っ子のところで好奇心旺盛なところがあるエヴァンジェリンに、自分の能力について突っ込んだことを聞かれると、いろいろ話さなくてもいいことまで話す羽目になりかねない――そう考えている横島にとって、今の説明でエヴァンジェリンが誤魔化せられたなら、それに越したことはなかった。

「つまり、横島先生はネギの血をどーこうしなくてもエヴァちゃんの呪いを解く方法を知っていてなーんにもしなかったのね?」

「いや、ほら、そのな? きちんと解呪できるかどーか判らんかったからぬか喜びさせんのもなんやなー、って思って? それに、ほら! まずは自分の力で努力することが肝要というか――ああ、首は絞めんといて!?」

 話を聞いて額に青筋を浮かべた明日菜が、再び横島を締め上げ、場は再び騒がしくなる。だが、エヴァンジェリンは一人それには加わらず胡乱そうな視線を横島に向けていた。内心で、あれが超能力などであるものか、と思っている。長い時間を生きてきたエヴァンジェリンは、その時間の中で幾人かの『本物』の超能力者を目にしたことがあった。だが、その何れも魔法に干渉するような力を持ったものではなかった。サイコキネシスやテレパスといった能力では、魔法に干渉することは出来ない。そう知っているエヴァンジェリンは、だからこそ横島の言葉を虚偽だと断じた。だが、

(まぁ、いい)

 エヴァンジェリンに、その虚偽を質すつもりはなかった。本来であれば、自分に対する虚偽など許すはずもないのだが、昨夜の一件でエヴァンジェリンは横島に借りが出来てしまった。加えて言うなら、横島が喋りたくないのであれば、という思いもある。彼女のことを余すことなく知りたい、と欲求は存在しているが、何れ横島自身の口から自発的に話してくれれば――と。もし、そうなればどんなに素晴らしいことだろう――エヴァンジェリンはそう思い、

「おい、小娘。いい加減に私の横島にふざけた真似をするのをやめてもらおうか?」

 明日菜に締め上げられている横島を助けようと発言し、

「「私の?」」

 その言葉に、ネギと明日菜が声を揃えて反応した。

「な、なんだ?」

 目を丸く、あるいは頬を微妙に朱にそめて自分をみる二人の様子にエヴァンジェリンは戸惑ったように言葉に詰まり、次の瞬間、

「え、エヴァンジェリンさん! 教師と生徒がそういう関係になるのはいけないと思います!!」

「ちょっとアンタ! アンタってネギのお父さんが好きなんじゃなかったの!?」

「あ、アホなことを言っているんじゃないネギ・スプリングフィールド!! ていうかキサマやっぱりあの時私の夢を――――っっ!!」

 再び喧騒に包まれるカフェテラスの一角。そんな騒がしいやりとりを、横島は苦笑しながら。飽きることなく眺めていた。


「それで」

 喧々諤々の騒ぎが一段落して落ち着いたところで、ネギは顔を赤くして肩で息をしているエヴァンジェリンに問いを発する。

「エヴァンジェリンさんは、これからどうするんですか?」

 当然の問いであった。エヴァンジェリンは、ネギの父親であるナギ・スプリングフィールドの呪いによってこの学園に括られていただけであり、けして自ら望んで中学生をやっていたわけではないのだ。自らを頚木に繋いでいた呪いが消えてなくなったのなら――そう考えるのは、ネギとしては当然であった。

「そうだな」

 エヴァンジェリンは、ネギの問いをうけ、多少考え込むようにして黙り込んだ。と、いっても、彼女の答えはすでに出ていた。

「十五年もいたんだ。しっかり卒業してみるのも悪くないかもしれん」

 つまり、この学園にあと一年は留まる、ということだ。もちろん、エヴァンジェリンの本音としては、卒業云々が学園に留まる真の理由ではない。彼女がここに留まる本当の理由は、自分の横で手持ち無沙汰に咥えたパイポを弄んでいる横島だった。なにやら、横島は学園から離れられない理由があるらしい。昨夜、自分と一緒にここを離れないか、と言った際に、めちゃくちゃ嫌そうな顔でそう言っていた。

「そういうわけで、しばらくは宜しくたのむぞ、ネギ『先生』」

 で、あるのならば。彼女になんらかの感情を――少なくとも好意に類するものを抱いているエヴァンジェリンが、横島を残して学園を去るはずもなかった。

「しっかし、アンタも随分移り気よね」ネギに向かって嫌味たっぷりに『先生』と呼びかけたエヴァンジェリンの態度に呆れながら、明日菜が口を開く。「ネギのお父さんに惚れてたと思ったら――」

「しばらく黙ってろ小娘」

「小娘っ!?」

 明日菜の台詞を小娘の一言と往時の力を取り戻した真祖の吸血鬼としての迫力で黙らせて、エヴァンジェリンはかすかに、遠くを見るような目をした。

「――それもこれも、あの莫迦が死んだ今となってはどうでもいいことだ」

 おかげで、横島に昨日解呪してもらうまで、私は死ぬほど退屈な学生生活を送るハメになった、とエヴァンジェリンは複雑な表情でそう零した。そんなエヴァンジェリンの頭を、横島が何を言うでもなく、黙ってそっと撫でる。昨日までならば、子供扱いを、と形だけでも抗議するそぶりを見せたエヴァンジェリンだったが、思いっきり泣き顔を見られたこともあってか、もはやそれを黙って受け入れている。

 目を細めて横島に頭を撫でられているエヴァンジェリンの表情を見て、明日菜は初めて見た目に相応しい表情を浮かべるエヴァンジェリンの顔を見て、へぇ、とつぶやきを漏らす。なんだ、エヴァンジェリンもこんな顔出来るんだ――そう思って、次の瞬間。

「あれ?」明日菜は首を傾げた。自分と同じようにエヴァンジェリンの表情を驚いたように見ているネギに耳打する。「アンタのお父さん死んだって――アンタってばそのお父さんを追ってるんじゃなかったの?」

「あ、はい」

 明日菜の耳打で、エヴァンジェリンの心地良さげな表情から解き放たれたネギは、右手を握り締めて、横島に頭を撫でられているエヴァンジェリンに言った。

「エヴァンジェリンさん、ボク、父さんと――サウザンド・マスターと会ったことがあるんです」

「――――なん、だと?」


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第十一話『宴の始末』了

今回のNG

今回は無し。



後書きという名の言い訳。

今回、一番の心残りは二週続けてNGを書かなかったこと(ぇー いや、今回のNGは毎回更新時に書いてるので。それはともかくまさかこの話だけで一話使うとは思わなかった俺は相変わらずプロット組むのがダメだと思うわけだがこんばんは(※挨拶) 今回は、まぁ、エヴァンジェリン編の後日談ということでこういうカタチにあえてしたのだと好意的に受け止めてくれると俺が喜びマス。仮設感想掲示板でボロクソ言われたらどーしようというか需要あんのか、あれ。業者うざいし。とまれ、来週から修学旅行編――には素直に入らないか。第十四話からだ。遅っ!? つーかストック何本あんねん。今書いてる第十七話書き上げたら三話ぶんぐらいの日数かけてぼくうた書かないとなぁ。まぁそんなわけで、では、また来週ー。





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