無題どきゅめんと


「勇気を振り絞って、か」

 目の前に群がる鹿たちに鹿センベイを差し出しながら、彼女はそっと呟いた。視界に映っているはずの、一心不乱に鹿センベイを貪る鹿たちには欠片も意識を払わず、彼女は先ほど目にした光景をひたすら脳内でリピートさせていた。

 なけなしの勇気を振り絞った相手のことは、彼女がクラスメートとして過ごした三年間で、それなりに把握していた。無論、積極的に知己を得ていたというわけではないが、研鑚によって得た観察力で、だいたいは判っているつもりだった。

 ――多分に、内向的。他者との関わりに積極性を発揮する性質ではない。また、どちらかといえば状況に流される――ともすれば揶揄ともいえるその渾名を甘受している点からも、それが理解できる――性格。

 それが、彼女が勇気を振り絞った相手について抱いていた認識だった。

 だった――過去形である。いまや、彼女はそうした相手に対する認識を改めていた。改めざるをえなかった。他者よりも物怖じするその性格で――それを為すのは如何ほどの決意と勇気が必要だったのだろう。おそらく、それと比べるならば、幾千幾万の敵と戦うのも、伝承に伝えられる旧い竜と相対するのも、どうということはないに違いない。

 故に、彼女は、あの小心な勇者に最大級の敬意を捧げる。もはや、気の弱い、とるに足らぬクラスメートの一人などという認識はもつまい。もちろん、それは彼女の内心のなかにおいてでのみのことであって、彼女がそれを何某かの形ででも表出させるようなことはないだろうが。

 そして、勇者の為した行為に賛嘆を覚え、勇者への賞賛を心に刻んで、彼女は果たして自分はどうだろう――と考えた。如何なる結末を迎えるやも知れぬというのに、一歩を踏み出した勇者。それに比べて――

 そこまで考えて、彼女は唇を自嘲の形に歪めた。

 あの気の弱い勇者が結末――最悪の結末を恐れずに踏み出したのに比べ、自分はまるで新月の暗闇に揺れる薄の陰に怯える子供のように、そこで縮こまっているだけ。なんという無様。なんという怯惰。なんということだ。自分は、自分がかつて蔑みに近い眼で見ていたものよりもよほど惰弱な存在ではないか!!

 ギリ、と歯の根が軋むほどに強く歯軋りした彼女は、その時、自分の袖を何物かが引っ張っていることに気付いた。誰だ、と思って俯き加減になっていた顔をあげると、そこにはつぶらな瞳でおかわりの鹿センベイを催促する鹿が自分の袖を加えて引っ張っていた。そのいささか間の抜けた光景に、彼女は張り詰めていた表情を緩め、思わず小さく吹き出した。手の中にあった残りのセンベイを鹿に差し出してやる。差し出されたセンベイに、待ってましたとばかりに喰らい付く鹿をしばらく見てから、彼女は徐に顔を上向かせた。空を見る。抜けるような青空と、申し訳程度に浮かぶ白い雲が視界に飛び込んできた。空の青さに彼女は目を細め――顔を戻した。そして、空から視線を戻した彼女の顔には、何某かの決意が刻まれていた。

★☆★☆★

「――――それでは麻帆良中のみなさん」

「『いただきます』」

 修学旅行二日目。ホテル嵐山の大広間――シーズン以外はおもに団体客の宴会に供されるその広い畳敷きの部屋に、マイクとスピーカーによって拡声されたネギの声と、麻帆良の生徒たちの元気の良い声が木霊した。それを合図に、大広間に幾つもの食器と箸を鳴らす音、朝食を咀嚼する音が控え目に響き始めた。

「――タダオ、疲れてるみたいだけど、調子悪いの?」

 自分の生徒たちが朝餉に手をつけはじめたのを見て、自分もブレークファーストに手を伸ばそうとしたネギは、隣に座っている同僚が朝からゲッソリとしているのを見て、鮭の切り身に伸ばしかけていた箸を止めて、そう尋ねた。

「あ? ああ、気にするな――もとい、気にしないで下さいネギ先生」

 少なくとも衆目のある場所では、教師としての役を演じ切ることにしている横島は、普段のフランクな物言いでそう答えかけ、周囲に人の目があることを思い出して、今自分が演じるべき役に相応しい口調で言い直した。もっとも、気にしないで、とは言ってはいるが、パッと見に見ても、横島の調子は悪そうだった。たとえ人前であっても無類の健啖ぶりを発揮――もちろん、食べ方には気を遣ってのうえでの健啖ぶり――する横島だが、今朝はそれなりに食欲をそそるホテルが供してきた朝食を目の前にしても、箸に手を伸ばすそぶりすら見せていなかった。

「でも、顔色も悪いし」

「ああ――ええ。今日はまだクスリ飲んでいませんから」

 食後に服用することになってるんです、と横島は隣で覗き込むようにして自分を見ているネギに言った。生理痛の鎮痛剤のことだ。ただし、それは横島が具合悪そうにしている理由の一因でしかない。横島が顔色を悪くしている最たる理由は――

(いかん、呑みすぎた)

 二日酔いだった。なんだかんだ言って、昨日は日本酒を高い安い合わせて一升近く呑んでいる。そこに合わせて、ワインも半瓶ほど空けていた。常であれば、さして身体に響く量ではないのだが、昨日の頭から始まっている生理が、横島の身体から常の体調を奪い去っていた。

 加えて――

(うう、まだ怒っとる)

 ちらり、と視線を向けた先に見えるモノに、横島は肩を落とす。彼女の視線の先には、なにやら憤然とした様子で朝食を胃に掻き込む金髪幼女の姿があった。ちょっと酒買ってくると言い残して朝帰りした挙句、持ち帰るはずの酒を出先で呑み干した横島は、ホテルの玄関で待ち受けていた般若の形相の金髪幼女――エヴァンジェリンに鬼のような折檻を喰らわせられた。おかげで、一時間と寝ていない。二日酔いと寝不足――その二つが横島の顔色を悪くしている理由の大半であった。

「じゃあ、朝はちゃんと食べないと」

「ええ。ええ、そうですね」

 ネギの台詞にもっともだ、と頷いて横島は鈍い動きで箸を手に取った。もっとも、横島が湧かぬどころの騒ぎではない食欲を無視して箸を手に取る理由は、勿体無いから、というものであった。親たちが積み立ててくれた金で京都に来ている生徒たちとは違い、横島を始めとする教員たちは、自分の給料から旅費を差っ引かれている。エヴァンジェリン教唆、茶々丸実行犯の不正オンライン操作によって金の心配をする必要はないのだが、根が貧乏性の横島としては、札入れから一円でも出したからには元を取らねば気がすまない。もっとも、愉しむべき旅行で苦行をこなすようにして朝食を片付けようとしている点で元をとるもなにもあったものではないのだが。

 のろのろ、といった様子で、それでも朝食に手を伸ばし始めた横島の様子を確認したネギは、横島がしじみ汁を啜り始めたのを見て、小さく頷くと、自分も伝統的といって差し支えないメニューの朝食に舌鼓を打ち始めた。

 ネギが美味しそうに朝餉を口に運んでいるのを横目に見ながら、横島は月に一度は考える愚痴めいたものを脳裏で展開する。まったく、過去に送り戻すことが失敗したのはまぁいいとして、どうして女の身体になんぞなっちまってるんだ、俺は。サっちゃんのばーか。キーやんのウンコたれ。女としての生を送る事を余儀なくされてから、そのことをしぶしぶながら受け入れ、ある程度は納得している横島だったが、やはり生理を迎えるたびにそう思ってしまう。

 横島は、けして口には出さず益もない愚痴を零していると、誰かが自分たちの座っている卓に近付いてくることに気付いた。なにがしかの武術を嗜んでいるものの足運びの跫ではなかった。

「ネギくん、ちょっと眠そうやなぁ」

「あ、このかさん。おはようございます」

 近付いてきた相手――近衛・木乃香とネギが挨拶を交し合うのを耳にして、横島は付け合わせの漬物を口に運びながら、ちらりとそちらのほうに視線を送る。と、木乃香と眼が合う。

「横島先生もおはようございます」

「はい、近衛さん。おはようございます」

 互いに小さく会釈を交わして、横島は再び苦行のような食事に、木乃香はネギとの会話に戻る。

「夕べはありがとな」あたりをはばかるようにして、ネギに顔を近づけた木乃香が囁くような調子で言った。「何やよーわからんけど、せっちゃんとアスナと一緒にウチを助けてくれて」

 そんな囁くような声で言われた木乃香の言葉を、ネギ以外に耳にしたモノたち――ネギの傍、というか肩に控えているカモと、ネギの隣で遅々とした調子で食事を摂っている横島は、それぞれ感慨深そうに似たような思いを抱く。

(細かいこと気にしないヒトで助かるぜ……)

(おおらかな娘さんやなぁ)

「い、いえ……ボクはほとんど刹那さんについていっただけで……」

 ――たいして何も、とネギは謙遜しようとした。が、

「あ、せっちゃん」

 ネギの台詞は、木乃香が刹那の存在に気付いたことで口から出ることはなかった。昨夜、自分を襲った得体の知れぬ危地から救い出してくれた者達の一人であり、かけがえのない幼馴染である刹那の愛称を呼ぶ木乃香の声には、それを耳にしたものたち凡てに微笑ましい思いを抱かせるような響きが含まれていた。

 だが、

「――――っっ!!」

 その微笑ましい響きの声で呼ばれた当の本人は、ぎくり、と身を硬直させていた。その様子を見て、炊き立てであることを教える、なんともたまらぬ香りを漂わせる白米を咀嚼していた横島は、小さく肩を竦めてみせた。横島の見たところ、木乃香が近付いてきてからこちら、身を縮込ませて気付かれぬように努力していたようだが、どうやらそれも徒労となってしまったようだ。

 そんな刹那と一緒に朝食を摂ろうと傍によろうとする木乃香。反射的に逃げようとする刹那。突如始まった場違いな追いかけっこに、横島はこのクラスはつくづく静けさとは無縁なのだなぁ、とズレたことを考える。ふと聞き耳を立てると、そんな二人の追いかけっこを見たクラスメートたちがあれやこれやと話し込んでいる声が聞こえた。少なくとも、悪意に満ちたものではないことに横島はほっと胸を撫で下ろす。どちらかといえばクラスメートたちと交流を持っているほうではない刹那が、これを気にとっつきにくい相手、という印象が払拭されれば、と思っている。同時に、昨夜、追いかけっこしている二人にナニがあったのか、という声や、それを見逃した自らの自らの無様を悔いる者、そして、今夜こそは、という意気込みを叫ぶ声。それらの声を聞いて、横島はしじみ汁の入った椀に伸ばそうとしていた手を止めて、天井を見上げた。

(――さらば静かなる夜よ)

 万感の思いを込めて汽笛を鳴らす代わりに横島は盛大に溜息をついた。もっとも、昨夜は昨夜でちっとも静かではなかったのだが。

 生徒たちの大半が朝餉を存分に平らげ、今日の日程をこなすためにホテルのロビーに集合するまでの間、自分に割り当てられた部屋――あるいは、友人知人がいる部屋へと向かい、大広間をあとにしてしばらくしたあとで、横島はようやくのことで朝食という名の苦行を終えた。日頃胃に放り込んでいるメニューからすれば、純日本的なホテルの朝食は、随分とあっさりとした――京都という土地のせいでもあるのだろう――味付けだったのだが、今日の横島には胃にもたれて仕方なかった。あまり良くないことだと判っていたが、生理痛の鎮痛剤と一緒に胃の薬も服用して、重力に引かれ過ぎているように思えてならない胃の感覚を誤魔化す。

 そうして、横島が給料を貰っているからには、と職務に勤しむべく努力を行ったあとで、自分に割り当てられた部屋を出て、ロビーに下りると――

「――――私達と一緒に回りませんか!?」

 という声と、それより少し遅れて小さなどよめきが周囲に広がるのを横島は耳にする。はて、と思った横島は、手近にいた生徒を捕まえて何が起きているのか問い質した。

「柿崎さん、何が起こったのかな?」

「見てなかったの!?」横島の方を振り返りもせずに、ロビーの片隅を固唾を呑みながら注視したままで美砂は応えた。「本屋ちゃんがネギ先生に告白したのよ! 周りの並み居る敵を押しのけて! あの本屋ちゃんがっっ!!」

 言ってるうちにエキサイトしてきたのか、美砂は鼻息も荒く、これって教師と生徒の禁断の関係に発展よ絶対――と振り返り同意を求めるように言うと、

「本屋ちゃんというと――ああ、宮崎さんか」

 そこには、うんうん頷いている横島がいた。というか、この時点で自分に話し掛けてきたのが横島だと気付いた。

「横島先生、今の聞いてました?」

 さぁっと血の気が引いて青くなった顔でそう尋ねる美砂に、横島は何を言っとるんだキミわ、と言った視線で美砂を見た。

「聞いてましたも何も、柿崎さんが説明してくれたんじゃ――」

 ――ないか、と言い掛けた横島は、鬼気迫る表情の美砂の顔をどアップに見て、思わず口を噤む。切羽詰った人間、あるいは墓穴を掘ったことに気付いてしまった人間に特有の表情が、横島の目の前にあった。なんとも形容し難いオーラを醸し出している美砂の顔を間近にして、横島は逃避めいたことを考える。いやいや柿崎さんも随分と可愛らしいよなぁ。そういや、あの時柿崎さんと一緒にいた二人も可愛かったなぁ。というか、このクラス可愛くない娘がいないぞ。はっは、こりゃ来年が楽しみだ。

「横島先生。他言無用です」

「いや、別に言い触らして回るほど私は暇じゃないよ」

 他の教師には言うな。言えばオマエを殺す――いまにも、ヴルァアァァッァァァアァッッ!! とでも叫び出しそうな視線でそう言外に言う美砂に、横島は逃避から無理矢理連れ戻され、疲れたように返した。

「実際、ネギ先生は先生といってもまだ数えで十歳なわけだし。教師と教え子という点にさえ眼を瞑れば問題はないと思うよ、私は」

「――随分砕けたものの考え方するんですね、横島先生って」私的な意見を開陳してみせた横島に、美砂は目を丸くしていった。「もっと堅いヒトだと思ってました」

 おそらく、授業中の態度からだろう。柿崎は横島のことを、教師という型枠の中に教師の元を溶かし込んで作り出した教師の典型的なタイプのような人間だと思っていた。別にカタブツってワケじゃないよ、私は。そう苦笑してみせる横島の表情に、美砂は、過日、新宿で出会ったときの横島の言動を思い出す。そういえば――美砂は思った。そういえば、あのときの横島先生って、いつもの教師っぽい横島先生じゃなかったな、と。そこまで考えて、美砂は、横島がTPOを弁えて行動する人間なのだろう、と理解する。

「じゃあ、横島先生はこのこと新田先生あたりには黙っててくれるんですね?」

「さっきからそう言ってるんだけどな、私。いや、まぁ、たしかに新田先生はそうしたことに煩そうだから心配するのは判るんだけど」

 ま、命短し恋せよ乙女、と歌にもあることだし――横島はそう言った。

「宮崎さんが頑張ってるのを邪魔したりはしないよ。応援も手伝いもしないけど」

「それでオッケーです」

 応援も手伝いも、私たちがやりますから。聞きようによっては酷く冷たいように聞こえる横島の言葉を耳にして、美砂はそう応えて笑う。

「応援も、手伝いも、チアの本分ですから」

「なるほど」横島は良い笑顔で言う美砂に、頷いた。「本分じゃあしょうがないな。じゃあ、柿崎さんは柿崎さんで頑張ってくれ――――新田先生に目をつけられない程度に」

 そりゃあ、もう。そう応えて、美砂はロビーの端に見えた同班の少女たちのもとに去っていった。その背を見送りながら、若いっていいなぁ、などと爺むさいことを考えつつ、横島は思った。美砂との会話の最中にも、注意を向けていて耳にしたが、どうやらネギは宮崎・のどかと――つまり、5班と今日の行動をともにするらしい。5班には、関西の連中が狙っている近衛・木乃香もいる。その点から考えても、悪くない選択だった。

「問題はお「おい、横島」うひょう!? ――――ってエヴァちゃんか。驚かせないでくれよ」

 俺は何処の誰と一緒に行動したもんかな、と呟きかけたところで、横島は不意に後ろから声をかけられ、思わず飛び上がりそうな思いをする。そんな思いをさせた相手――大広間では終始不機嫌な表情を浮かべていたエヴァンジェリンに、もしかしなくても俺を驚かせるのを愉しんでないか? と愚痴めいたことを零す。

「莫迦を言ってるんじゃない。気配を消しているわけでもない私に気付けないお前が弛んでるだけだ」

 呆れるように言って、エヴァンジェリンは腕を組みながら見上げるようにして横島に尋ねた。

「ところでオマエ、今日はどうするつもりなんだ?」

「今日?」

「何処の班と一緒に奈良公園を回るつもりなんだ――と聞いているんだ」

 冗談抜きで鈍ってないか、オマエ――そう言われて、横島は、おお、と手を打った。実のところ、エヴァンジェリンに話し掛けられるまで、そのことを考えていたのだ。横島としては、木乃香の護衛――今のところ名ばかりの護衛であるが、ネギたちが後手に回り、あまつさえ手遅れくさい事態になった際には自分が動かなくてはならい――の兼ね合いから、5班と一緒に回りたいと思っているのだが――考えあぐねた横島が、ちらりと金髪幼女に目をむけると、

「もちろん、6班と一緒に回るよな」

 そこには実にイイ笑顔の金髪幼女な真祖の吸血鬼が立っていたり。

「まさか、横島? 酒を買いに行ったオマエを待って一晩待たされた私と一緒に回らないなんてことはあるまいなぁ」

 笑顔のままで、エヴァンジェリンは言う。その様子に、横島は笑っちゃいるが、こりゃあまだ怒っとるな、と小さく溜息。まぁ、アレはどう考えても自分が悪かったのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが。埋め合わせ、と考えれば丁度いい。

「じゃあ、今日は――」

 エヴァちゃんたちと――そう言い掛けて、横島は仕事のことを思い出す。思わず、むぅ、と小さく唸る。どうしたもんかと考え――

「エヴァちゃん。俺、一応、近衛さんの護衛しなきゃならんのだが――」

「ほう」

 横島が皆まで言う前に、エヴァンジェリンがこめかみを引き攣らせて小さく言う。その様子に、最後まで聞いてくれると有難いんだが、と横島は言う。

「6班にも、同じ仕事を請け負ってる娘さんがいるんだわ、これが」

「? ――ああ、刹那か」

「つーわけで、必然的に6班は5班の近くをうろつくと思うわけで」

「つまり、オマエが6班と行動をともにしても問題はない――と、いいたいのだな?」

「ザッツライ」

 よーしオーケィ俺。ナイスグッドアイデアというか屁理屈。横島は、咄嗟の思いつきで口にしたことが、それなりに理に適っていることに満足げな笑みを浮かべた。問題は、同じ仕事を請け負ってる御同輩のことだが――まぁ、心配はないだろう。いくら影から、という手段をとっていても、木乃香が目の届く場所にいなくては意味がない。

「うーむうむうむ。我ながら冴えてるな」

「一人で何をうんうん悦に入っとるんだオマエは」

「いや、一事が万事こういうふうに上手くいけばいいなぁ、と思って」

★☆★☆★

「いや、ほんとに鹿が放し飼いになってるんだな」

「踏むなよ?」

 素直に感心している横島に、エヴァンジェリンは、あちらこちらに落ちているであろう、小さく、黒くて丸いものに気をつけろ、と注意を促す。むろん、先ほどから自分も器用にそれを避けている。

「エヴァちゃんも角で突付かれたりせんよーにな」

「フン。そんな真似をするヤツがいたら刻んで鹿鍋にしてくれる」

 もっとも、一〇月の角切りから半年ほどしか経っていないので、あまり伸びた角を誇る鹿はいない。すぐ後ろに茶々丸を従えた二人は、のんびりと公園内の芝の上を散策する。長閑な光景を機嫌良さそうに眺めながら歩いていたエヴァンジェリンは、ふと何か争うような気配を感じ取って眉を顰めた。無粋な――そう思ってエヴァンジェリンは気配のしたほうを見――

ふんっ! ふんっ!!

 ――やたら傷のある立派な角を生やした鹿と、長髪で眼鏡の男が鼻息も荒くバトってる姿に目を丸くした。

「おい、よこ――」

「俺は何も見えない」

 自分の隣を行く横島に声をかけるも、横島はあらぬほうを見て短く応えた。

「いや、ほら」

「何も見えない。聞こえない」

 ちくしょう、本編の中でやるのは反則じゃないのか。けしてその方向を見ようとはせずに、横島は脱力。そうこうしているうちに、どうやら争いに決着がついた。引き分け――どうやら、男の知り合いらしい者たちが、男を宥めるようにして男を鹿から引き離していく。

「なんだったんだ、アレは」

 中指を突きたてた下品なポーズで何か負け惜しみに聞こえないことも無いようなことを叫びながら連れていかれる男を、半ば呆然としながらエヴァンジェリンは眺めながら呟いた。そんなエヴァンジェリンを、横島は乾いた、それでいて虚ろな笑みを浮かべながら、思う。エヴァちゃん、世の中には知らないほうがいいこともあるんだよ。と、そんなことを考えていると、何気なく視線を彷徨わせた先に、

「――なにしてんだ、ありゃ?」

 植え込みの影に身を隠し、息を潜めている一団を見つける。右を見て、左を見て――横島は、ふむ、と一瞬だけ考え込むと、

「おい、横島?」

 やおら気配を消した横島に、エヴァンジェリンは怪訝そうな声を漏らす。が、横島はすでに視線の先に見えた植え込みへと足を向けていた。結果的に無視される形となったエヴァンジェリンは、少しばかり気分を害したようにムスっとした表情を浮かべると、横島にならって自分も気配を消して移動する。

(でもどうやら行く気みたいだぜ! さすが俺っちの見込んだ女だけのことはあるぜ!!)

(行く? 何処に? 誰が?)

(だってネギはまだ一〇歳よこくは――って横島先生っ!?」

(姐さん、声を出したら――って横島のネエサン!?」

(オマエも声出とるぞ、カモ)

 こそこそと囁きあう一団――カモミール、神楽坂・明日菜、桜咲・刹那の間に顔を突っ込んで会話に割り込んできた横島に、一団は思わず声をあげる。理由は知らんが静かにせんといかんのと違うんか? と横島に言われてハっと口を噤む。

(よ、横島のネエサン、どーしてここに)

(いや、なんか妙なことしてるから様子見に来てみただけだが)

(ちなみに私もいるぞ、小動物)

(げっ!? エヴァンジェリンっっ!?)

(ほう、呼び捨てか。いい度胸だ小動物)

 ニタリ、と笑うエヴァンジェリンにカモは、ああ、そのこれは言葉のあやで! とあたふたと弁解。

(しっ! み、見てください!)

 突如現れた横島と、彼女と行動を共にする真祖の吸血鬼の様子をちらちらと気にしながらも、それまで会話に加わらずにいた刹那が注意を促す。なんやなんや、と横島と、それにつられたエヴァンジェリンたちが刹那の示す方を見ると、

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした! 私……私、ネギ先生のこと大好きです!!」

 普段は下ろしている髪をあげた宮崎・のどかが誰が聞いても判るほどに気持ちの――強い気持ちの篭った声で一世一代の勇気を振り絞っている姿が視界に飛び込んできた。

(((い、言った〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!)))

(お、そうか。告ったか)

 ありったけの勇気を振り絞って気持ちを伝えたのどかの姿に、カモたちは驚きの声を漏らし、横島は朝方、美砂から教えられたことを思い出し、なるほど、行くのは宮崎さんのことだったか、と一人納得。いや、若いっていいなぁ、などと横島が思っていると、気持ちを伝えるだけ伝えたのどかは、ネギの返事も聞かずに脱兎の如くあらぬほうへと駆け出していく。

 そして、

「キャ――――ッ! ネギ――――ッッ!?」

 想定外の出来事におつむがクラッシュしてぶっ倒れるネギ。慌てて駆け寄る明日菜。それを見て、青春やなぁ、と本気で爺むさい横島。やおら騒がしくなった公園の一角で、

「――――」

 彼女は、のどかの走り去る背を、のどかの姿が見えなくなるまでじっと思い詰めたような表情で見つめていた。


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第十九話『勇気を出して』了

今回のNG

今回はなし



後書きという名の言い訳。

水金更新といいつつ火曜日に更新。いや、よく考えたら水曜だと金曜まで間に一日しかないわけで。だったら火曜でいいや、と。あと、水曜に更新されんだから今日はいいべさ? とか考えてる方の不意をついてみるという意味も。それは兎も角、今回あんまし盛り上がるとこないなぁ。どーしたもんか、と懊悩しつつ、では、また金曜にー。





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