無題どきゅめんと


「そーいえば横島先生?」

「何かな、早乙女さん?」

「昨日、奈良公園で妙なことしてるヒトを見かけたんですが――」

「うん、私は見てない」

「こう、長髪で、眼鏡で」

「きーこーえーなーいー」

「なんかこう傷だらけで歴戦の勇士って感じの雄鹿と激しく格闘――」

「はっは。私はそんな東京都職員は知らないなぁ。きっと早乙女さんの目の錯覚だったんだろう」

「でも、他に何人も――」

「集団幻覚だね。きっと昨日の朝食に妙なものでも混ざってたんだろう」

「意地でも否定しますか」

「あたりまえだ」

 そう言うと、横島はようやくのことで自分の隣を歩く2−A出席番号14番、早乙女・ハルナの顔を見た。ハルナの顔には、頑なな態度をとり続ける横島に対する呆れのような表情が浮かんでいた。

「今度書く漫画のネタにしようと思ってたんですけどね」

「やめときなさい。著作権絡みで怒られそうだから」そういやぁ、漫研に所属してるんだったか、と溜息をついて、横島はなるべく関らないほうが――少なくとも、本編では関らないほうがいい話題から、ハルナの興味を逸らすべく口を開いた。「ところで、ネギ先生と宮崎さんはどんな按配なのかな?」

「横島先生、あからさまに話題を逸らすのは――」どうかと思いますよ、と言いかけて、ハルナは思わず目を剥いた。「ひょっとして、横島先生知ってるんですか?」

「新田先生には黙っておく」

 迂遠な肯定の仕方に、思わずハルナは溜息をついた。と、同時に、横島に少なくとも自分の友人の恋路を邪魔するつもりが無い事を知って、ほっと胸を撫で下ろす。その気分のままに、ハルナは口を開いた。

「ちなみに、Aまでは進んでます」

「どっちかというと事故のような感じだったようだけど?」

「知ってるんじゃないですか」

「人づてに聞いただけさ」ちなみに、情報源は柿崎・美砂だったりする。「それも、綾瀬さんの機転がなかったらどうなっていたか」

 宮崎さんはどうやら友人に恵まれているらしいね、と横島は苦笑。そんな横島につられて、ハルナも笑みを零した。

「そりゃあ、もう」

「だけど、アレだ」横島は、少し離れた場所で会話を交わしているネギとのどかを見ながら言った。「私のみたところ、ネギ先生は倍率高そうだ」

 あの子に、この子に、と指折り数える横島。そんな横島に、ハルナは胸を張ってみせた。

「大丈夫。私と夕映がついてますから」

「頼もしいことだ」苦笑を浮かべる横島。「まぁ、友人思いなのはいいことだよ――ただ、ヒトの恋路を応援するのもいいけど、早乙女さんは誰かいいヒトはいないのかい?」

 制服着てプラトニックな、ってやつは少なくともあと四年しか出来ないぞ? 横島は首を傾げる。そんな横島に、私ですか? とつられるようにして首を傾げたハルナは、しばらく考え込んで――

「当分、漫画描いてる方が楽しいです」と応えた。「あんまり好いヒトもいないですし。それよりも、横島先生はどうなんです? 横島先生のことだから、男の人とかよりどりみどりなんじゃないですか?」

「男はいらん」横島は即答した。「私はカワイイ女の子がいればそれでじゅーぶんだ」

 その応えに、ハルナは驚き目を見開き、次の瞬間、眼鏡の奥の瞳をきゅぴーん、と輝かす。なんというか、飢えた肉食獣が得物を見つけたときのような感じだった。

「百合のヒトですか横島先生!? 禁断のラヴですかっ!!」

「のーこめんと――と、ネギ先生と宮崎さん、向こうに行くみたいだけどいいのかい?」

「あっ」離れつつある友人の姿を見て、ハルナは迷いを見せた。絶好の漫画のネタになりそうな話題だっただけに、話を聞きたいらしい。が、しばし逡巡して、ハルナは友人の様子を見てくることを選択。「横島先生、今度ちゃんと聞かせてもらいますよ」

「いいから行っといで」

 約束ですよ、と言って離れていくハルナに、横島は苦笑。苦笑して、

なにをしていた、横島?

 思わず、背筋を伸ばしてしまった。

☆★☆★☆

「ぱくてぃおーかーど、ねぇ」

 支度を整えに自室に戻ったエヴァンジェリンを待つ間、通路の一角に設けられている休憩所で暇を潰していた横島は、先ほどエヴァンジェリンから手渡された手のひらほどの大きさのそれを矯めつ眇めつして、誰に言うでもなく独り呟いた。

 自分の姿――髪を下ろし、何処のものとも知れぬ装束を身に纏って舞を舞っている自分の姿が描かれたそれは、魔法使いの従者となった証であった。もちろん、仮初の主は、今朝方、そして昨夜、強引としか表現しようのないやりかたで自分の唇を奪取したエヴァンジェリンに他ならない。

(あー、そーいやぁ、こっちではファーストキスか、アレ)

 なにかとカワイイ娘さんたちに声というか粉をかける横島であるが、なにぶん同性ということもあってそれが上手く行ったためしはない。横島は、そうした点からも、自分は相変わらずモテナイのだと考えているが、実のところ、雰囲気を読まない自分の体質が、上手く行きかけた状況をブチ壊していたりするのだが、それは横島の知るところではなかった。加えていうなら、次の機会こそはっ!! と意欲を燃やすお嬢さん方を、エヴァンジェリンが『説得』して諦めさせていたからでもあるが、こちらのほうに関しても、また横島の知るところではなかった。

「うん、そーかそーか。ファーストキスか。そうか――ファーストキスの相手はロリっ娘か」

 言って、横島は途端にどんよりとしたオーラを漂わせる。仕方ない、とは思っても、やはりそこら辺は自分の矜持とか沽券に関ることらしく、そうそう割り切れないらしい。まぁ、アダルトモードなエヴァちゃんなら無問題だしな!! ――そう考えることで、横島はひたすらマイナスなベクトルに傾きつつある自分の精神衛生上の何かをを保つことにした。

「あれ、タダオ?」

「うん? ああ、ネギか。どうした?」

 横島が自分の精神衛生上の何かをなんとか保たせることに成功したそのとき、明日菜や刹那、それに加えて朝倉・和美をともなったネギが声をかけてきた。振り向くと、ネギの視線は自分の持っているカードに注がれている。僅かに、横島は顔をしかめた。

「それって、明日菜さんが持ってるのと同じ――」

「そうだ。仮契約カードだ」

 応えたのは、横島ではなかった。その場にいる一同が、声のしたほうに振り向く。そこには、黒を基調とした意匠のゴシックロリータ調の服に身を包んだエヴァンジェリンと、彼女の従者たる絡操・茶々丸が立っていた。一〇対+二対の瞳からの視線を浴びたエヴァンジェリンは、それをあしらうように、ふン、と小さく鼻を鳴らし、従者は小さく会釈。

 薄い胸を逸らせるようにして一同を睥睨するエヴァンジェリンと、横島の手元にあるカードを見比べて、

「「「「もしかして?」」」」

 ネギ、明日菜、刹那、和美の四人が声をあげた。驚くような声をあげなかったのは、苦い顔をしている横島と、凡て得心がいったといわんばかりの顔をしているカモだけであった。後者は、昨夜、乱痴気騒ぎの最重要目的である仮契約カード作成のためにホテルの周囲に魔方陣を用意しているところをエヴァンジェリンに見咎められ、それを見逃す代わりに、魔方陣の効果、その有効対象に自分も加えるように魔方陣の内容を変更させられていた。ゆえにこその、得心顔だった。

「エヴァンジェリンのアネサン、上手くいったみたいっすね」

「うむ。キサマにもあとでなにか褒美をくれてやる」

 ネギの肩から、へつらうように言うカモに、エヴァンジェリンは鷹揚に頷いてみせた。本来であれば、オコジョ妖精など意にも介さないエヴァンジェリンであるが、流石に、自分の目的達成の一助となった相手には配慮をみせたようだ。

 一方、その会話を聞いて心中穏やかでない人物が若干一名。

うふ、うふふふ、うふふふふふふふふふふふ。そーか、そーかそーか

 地獄の最深部から響いてくるような底冷えする声に、その場にいた一同は――エヴァンジェリンですら――思わず声のしたほうから一歩後ずさる。声の主は言うまでもなく、ソファーに腰掛けている横島・多々緒、その人であった。虚ろな、地獄の底を覗き込んでしまったがゆえに精神をやられてしまった人間のような笑みを浮かべて、横島は立ち上がり――

「そーかそーか、オマエか」

 ゆらり、と幽鬼のように一歩を踏み出す。

「「ひぃっ!?」」

 その一歩を踏み出した方向にいた人物――ネギ・スプリングフィールドと、その肩に陣取っていたアルベール・カモミールは、思わず詰まったような悲鳴を漏らす。それほどの迫力が、横島にはあった。

 ゆらり、と横島が更に一歩踏み出す。

 ニゲロ。ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニッゲッロ――――!!

 ネギとカモの脳裏に、生存本能が全開で逃避しろと命じる。特に、身に覚えありありのカモなどは、脳裏に警鐘がやかましいほど響き渡っている。が、逃げられない。蛇に睨まれた蛙のように、横島の醸し出すおどろおどろしい迫力に射竦められてしまっていた。

「ふ、ふふふふふふ」一歩、また一歩と周囲を凍りつかせる足取りで進む横島は、壊れたように笑みを零し、「そーか、カモ。おまえが俺のアイデンティティをブチ壊してくれやがった犯人か」

 いや、犯人はエヴァンジェリンのアネサンで俺っちは幇助というかなんというか!! そう言おうとしたカモは、だが、舌が凍りついたように何も声を発することが出来ない。そうしているうちに、ふふ、ふふふ――今日の昼飯はオコジョ鍋だ、などと物騒なことを呟く横島の手がゆらりとカモに伸び、

「横島」

 カモの身体に触れる寸前、エヴァンジェリンの声が響いた。ぴたり、ととまる横島。振り向けばそこには、

「うっ」

 小さな顔に不安そうな色を浮かべたエヴァンジェリンがいた。上目遣いに自分を見るエヴァンジェリンの様子に、横島は思わず小さく呻き声を漏らす。自分の表情を見て、身体を凍りつかせる横島に、エヴァンジェリンは、隠しきれない不安を含んだ声で尋ねた。

「嫌、だったか?」

「あの、エヴァちゃん?」

 困惑した声で聞き返す横島に、エヴァンジェリンは更なる問いを。

「迷惑、だったか?」

「いや、その、エヴァちゃん?」

「――駄目、なのか?」

 僅かに潤み始めたその双眸に見つめられた横島は――

「ああ、もう」

 僅かに呻いて、がしがしと頭を掻いた。しばし休憩所の天井に備え付けられている照明を――あるいは、その向こうに広がっているであろうはずの空を見つめたあとで、おもむろにエヴァンジェリンの顔を覗き込むようにして言った。

「その、なんだ。今までずっとフリーでやってきたから、さ。誰かの――魔法使いの従者になるなんてことがなかったから」

 事実だった。かつて麻帆良学園の高等部に在籍している頃、高校生をやる傍ら、学園長直属の特別警備員として働いていた横島は、その群を抜けた腕から、学園の――いや、関東魔法協会に所属していた従者のいない魔法使いたちから、是非自分の従者に、と引く手数多だった。もちろん、そこには、横島の容姿が飛びぬけて整っているという事実も手伝っている。横島はそうした自身の従者に、という声をすべて断って――と、いうよりも無視してきた。言うまでもなく、それらの大半が男だったり、あまり見目麗しくない女性だったからだ。

「だからさ、ちょっと戸惑っちまって。でも、まぁ――」横島は、それがまるで愛の告白かなにかであるように、照れたようにはにかんだ笑みを浮かべて、言った。「エヴァちゃんの従者をやるってのは、うん。――そう悪い気分じゃ、ない」

「嫌じゃないか?」

「嫌じゃない」

「迷惑じゃないか?」

「迷惑じゃない」

「駄目じゃないか?」

「駄目じゃない」

 一度口にした問いを再度繰り返す――いまだ不安を浮かべた顔で繰り返すエヴァンジェリンに、横島はその問い一つ一つを、然りと頷きながら答えていき――

「――――――――良かった」

 その凡てを聞き遂げたエヴァンジェリンは、誰もが見惚れるような、花開くような満面の笑みを浮かべた。

(うわー、魔法使いと従者が私的な関係になるってこういうことなんだー)

(ちょ、エヴァちゃんメチャクチャかわいくない!?)

(おおっと、こりゃ!)

(――――いいんですか、横島先生)

 エヴァンジェリンの満面の笑み――あるいは、それを彼女に浮かべさせた横島の言葉に、ネギたちは各々好き勝手なことを思う。ただ、誰の顔にも共通していたのは、まるで映画館でだだ甘のラヴロマンスを見たような奇妙な照れ臭さがもたらす紅潮した頬だった。まぁ、若干一名はやや違った顔をしていたが。

「それで、アネサン」当人たち以外にとっては、微妙に居心地の悪い空気を払うように、オコジョ妖精が口を開いた。「俺っちへの褒美ってぇのは」

 どうやら、エヴァンジェリンの機嫌がいいうちに、あるいは彼女が浮かれているうちに、昨夜の褒美に関する言質をとっておきたいらしい。カモは欲の皮が突っ張った者に特有のがつがつした表情を浮かべていった。そんなカモの言葉に、エヴァンジェリンは浮かべていた表情を少しばかり改めたあとで、子供先生の肩に陣取っているオコジョを見やる。そのまましばし考え込んだエヴァンジェリンは、不意に意地の悪い笑みを浮かべた。

「褒美なら、すでにくれてやっただろう?」

「へ?」

 どれのことですかい、と首を傾げるカモに、エヴァンジェリンはニヤニヤと笑いながら言った。

「オマエ、あのままだったら横島に間違いなく縊り殺されていたぞ?」

 こう、コキャっと。

「それを助かったんだ。命冥加とはこのことだな」

 言って、からからと笑うエヴァンジェリンに、カモはそりゃないっすよ、と肩を落とす。もっとも、エヴァンジェリンとしては、気分のいいところに場の空気を読まない話題を振られて少しばかり業腹だったので、意地悪してやったまでのことだった。あとで、自分のコレクションの中から、それなりのマジックアイテムの一つでもくれてやろうと思っている。まぁ、それを教えてやるほどエヴァンジェリンは親切ではないので、当面、カモには落胆させたままにしておこうと考えていた。

「そういやぁ、ネギも宮崎さんと仮契約したんだってな?」

 話しが一段落したところで、自分に関する――自分とエヴァンジェリンに関する話はもう御終い、とばかりに横島は口を開いた。ある程度割り切りはしたものの、これ以上他人からあれこれ言われるのは、もう御免――といったところなのだろう。朝食時、うつろな表情のままで機械的に朝餉を口に運んでいた自分に、あたりをはばかるように近寄ってきた柿崎・美砂が教えてくれた情報だ。もちろん、美砂は仮契約云々ではなく、ネギ先生と本屋ちゃんがキスした、とだけしか言っていない。

 断片的な情報から組み立てた事実を、ヒトの色恋に関して野次馬根性丸出しで口を出す人間に特有のニヤニヤとした笑いを浮かべて言う横島に、ネギは途端に慌て出す。

「そ、そーだったわ! どーすんのよアンタ! こんなにいっぱいカード作っちゃって一体どう責任取るつもりなのよ!?」

「――末はハーレムのあるじ(マスター・オブ・ハレム)か。すごいな十歳児

横島センセイは黙ってて!

 いや神楽坂さんハーレムは男子一生の夢やぞ? とか言ってる横島をキっと眼光鋭くというか射殺さんばかりのイキオイで睨みつけて黙らせた明日菜は、昨夜の騒動でネギの予期せぬ場所で出来上がっていた仮契約カード五枚を手にして、ネギに詰め寄った。ぼ、ボクのせいですかっ!? と瞳を潤ませる――自分のまったくあずかり知らぬところで出来上がったものなのだから、当然といえば当然の反応だが――ネギ。それを見て流石に不憫に思ったらしい。昨夜の首謀者たちが助け舟を出す――

「まぁまぁ姐さん」

「そーだよアスナ。もーかったってことでいいじゃん」

朝倉とエロガモも黙ってて!

「はい……」

「エロガモっ!?」

 が、テンション上がってる明日菜の前に、泥舟の如くあっさり沈められてしまう。特に、エロガモ呼ばわりされたカモのダメージはことのほか大きかったらしく、エロガモ、エロガモ、と虚ろな表情でそれを呟いている。が、横島はそんなカモを見て、言いえて妙ではある、とうんうん頷いていた。一方、明日菜はひとしきり声を荒げたことである程度落ち着いたのか、はたまた潤んだネギの瞳に気後れしたのか、少しばかりテンションを下げた調子で言葉を続ける。

「本屋ちゃんは一般人なんだから厄介事には巻き込めないでしょ? イベントの景品ってことでカードの複製渡しちゃったのは仕方ないけど、マスターカードは使っちゃだめよ?」

「そうですね」明日菜の言い分に一理あるとみたらしい刹那が、それまで浮かべていた複雑な表情を振り払うように言った。「魔法使いということもバラさないほうがいいでしょう」

 あまり事がおおやけになりすぎると、オコジョにされてしまうことですし、と刹那は結ぶ。双方の言葉に頷きつつも、だが、ネギは、

「でも、アスナさんも一般人じゃ――」

「今更、私にそーゆーこというわけ?」

 ほんの少し反駁してみせたが、あっさり明日菜に突っ込まれる。もっともといえばもっともなツッコミだった。真祖の吸血鬼との闘いに介入し、その従者と激闘を――デコピン合戦だが――を繰り広げたという経験を持つ人間を一般人とはいえないだろう。そのことに思い至ったネギは、然り、と頷くのだった。

「しっかし惜しいなぁ」明日菜とネギのやりとりを見届けたカモは、酷と言えば酷なエヴァンジェリンの言葉、あるいは明日菜の一言から何時の間にか立ち直ったのか、気をとりなおすように言った。「あのカード強力そうなんだけどなぁ」

 まぁ、いいか、と呟いて、カモは何処からか明日菜の姿が描かれたカードを取り出す。

「姐さんにもコピー渡しとくぜ」

「えー?」カモが手にしているそれを見て、明日菜は嫌そうな表情を浮かべた。友人の、その手のアイテムに目が無い木乃香でもあるまいし、明日菜には自分の姿が描かれたカードを手にして喜ぶ趣味はないので、もっともな表情だった。「そんなのいらないわよ。どーせ通信できるだけなんでしょ? ケータイで充分じゃない」

「なっ!? ちがうって! 兄貴がいなくても道具だけ出せるんだよ! ぜってー役に立つって!!」

 自分が苦心惨憺して作り出させた仮契約カードを携帯電話以下と評されたカモは、魔法使いの使い魔の矜持にかけてその利便性を説く。そんなカモに勧められた明日菜は、しぶしぶながら、カモの言うところの道具――アーティファクトを転送させ、

「うわ、私も魔法使いみたい!」

 自分の手にいきなり現れたソレ――上から見ようが下からみようが斜めからみようがハリセンにしか見えないそれに、年頃の少女らしい純粋な驚きの声を漏らした。そして、不意にこの場にいるもう一人のカードの持ち主を見た。

「ときに、エヴァちゃん。――――ハーレムってどう思う?」

「――――とりあえず作ったら縛り首だ。作るなよ?」

「そーいや、横島センセイのカードってどんな道具が出せるの?」

 頭の悪いやりとりを交わしているもう一組の魔法使いとその従者のコンビに、なにしてんだか、と思いつつ、明日菜は尋ねた。正直なところ、明日菜としてはこのコンビはあまり得意な相手ではない――エヴァンジェリンは明らかに自分よりも格上と言った雰囲気を醸し出しているし、横島は横島で一見すると与し易いと思わせつつも、何を出しても柳に風といった按配でひらりひらりとかわされ、いなされてしまいそう――のだが、興味のほうがまさったらしい。

「へ? お――私?」

「む? そういえば確認してないな」

 明日菜の言葉に、横島は思わず自分を指差し、エヴァンジェリンはそんな横島の顔を見た。エヴァンジェリンの視線に促されるように、横島は懐に仕舞いこんだカードを取り出した。試してみろ、と顎で促すエヴァンジェリンに、横島はやれやれ、と頭を掻いて――

「えーと、【アデアット】だっけ?」

 明日菜とカモのやりとりを思い出しながら横島がその言葉を口にすると、横島を中心に――と、いうよりも横島の手にしているカードを中心に、淡い光が溢れ出し、

「――っと」

 カードと入れ替わるようにして虚空に現れたものを、横島は反射的にキャッチ。手にしたそれをしげしげと眺めて、

「――指輪?」

「だな」

 横島とエヴァンジェリン――そして、周囲のものたちの視線を一身に浴びているのは、奇妙に捻れた指輪だった。如何なる材質で出来ているとも判別のつかぬ、光を鈍く、そしてなんとも言い表しようの無い具合に反射するそれを見て――

「とりあえずカイザーナックルの代わりにゃあならんなぁ」

「オマエは根本的にアーティファクトを誤解してないか?」

 首を捻る横島に、エヴァンジェリンの呆れたような声が飛ぶ。

「でも、なんだか不思議な感じのする指輪ですね?」横島とエヴァンジェリンの様子をなにか考え込むようにして見つめていた刹那が、二人の会話に口を挟んだ。「名前とかは判らないんですか?」

「【メビウスの指輪】――だそうだ。出てきた時に頭に響いた。親切なことだ」肩を竦めて横島は応えた。「効果は、れい――魔力や気の増幅だと。あと副次的な効果も二つ三つあるみたいだが――メインはそれらしい」

 省エネ万歳といったとこか。横島は、溜息をついた。もそっと派手な効果があってもいいだろうに、と思っていた。しかし、それよりも。指輪と入れ替わるように何処かへと消えたカードに書かれていたことを思い出して、横島は苦笑する。

「――と、そういやぁ、ネギたちは今日、どうするんだ? 日程を考えれば、」

「うん。ボク、今日は関西呪術協会のほうに行こうと思ってるんだ」

「だよな。つーことは神楽坂さんはネギと一緒、と」その言い方はなによ、と噛み付いてくる明日菜をスルーして、横島は刹那のほうを見る。「桜咲さんは近衛さんと一緒でいいのかな?」

「ええ」

 言わずもがなのことだった。ま、当然だよな、と横島は頷いた。

「つーことで、エヴァちゃん」

 その時エヴァンジェリンは、奇しくも横島と同じ事を――横島に苦笑を浮かべさせたことについて考えていた。【メビウスの輪】と横島が呼んだ指輪を見つめながら、エヴァンジェリンは自分が横島に与えたカードのことを考える。――たしかに、横島の持つ抽斗は無数にある。それこそ、次に何が出てくるか判らないビックリ箱のようなものだ。そうしたことからも、記された称号、その頭に冠せられたあの言葉は理解できる。それは理解できる。出来るが、だが、

「エヴァちゃん?」

「――悪い。少しばかり考え事をしていた。で、なんだ横島?」

 自分の言葉が聞こえていないような態度をとる自分に、怪訝そうに呼びかける横島に詫びて、エヴァンジェリンはその用件を尋ねた。

「いや、俺たちは桜咲さんたちと一緒に回ることになるけどいーかな、と」

「何故だ?」

 二人きりで京都を巡ろうと考えていたエヴァンジェリンは、横島の提案に眉をひそめた。そんなエヴァンジェリンに、横島は申し訳なさそうな顔をしながら説明する。

「いや、なんつーかな? 一応、私も近衛さんの護衛しなきゃならんわけで。桜咲さんがいれば、まぁ、昨日の様子を見てる限りじゃあそう問題はないと思うんだけど――世の中、絶対って言葉はないわけだし」

 それに、と横島は続ける。

「万が一、近衛さんになにかあると――――私の給料が危うくっ!!」

 ワキワキと手を動かしながら力説する横島に突き刺さる白い、どこまでも白い目。ええい、大人は懐具合にゃ頭があがらんのだチミっ子どもっ!! 文句があるなら養いやがれっ!! 横島は勤め人になってはじめて理解できる魂の叫びをシャウト。こいつ、素で私のくれてやった金のことを忘れてやがるな――エヴァンジェリンは、二重の意味で溜息をついた。

「ふン。そういうことならば、まぁ、仕方あるまい」

 二人きりで古都を散策――という目的が果たせないのは口惜しいが、無理を言って横島を困らせることもないと考え、エヴァンジェリンは肩を竦めながら言った。そう考える横で、まぁ、明日も回ろうと思えば回れるし、と思っている。

「いや、ほんとスマン」

 助かった、といわんばかりの態度でエヴァンジェリンを拝むようにして言う横島。そんな横島に、かまわん、と手を振ってみせながら、エヴァンジェリンは先ほど中断した思考を再開させた。頭に冠せられた文句は、まぁ、大仰であるが、的を射た表現と言えなくも無い。だが、しかし。カードに記された称号は、その者の本質が端的に記されるという。で、あるならば――――

(――――【万能の機械仕掛けの神】、か)


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第二十二話『はじまりのあさ』了

今回のNG

今回はなし





後書きという名の言い訳。

ラテン語だのギリシア語だの判るか。せめてエキサイト翻訳がラテン語に対応してればなぁと無茶なことを考えつつも横島のアーティファクトが適当過ぎるんじゃないかなどと思ってみたり(※挨拶)。あと、単行本読み返して判ったが、月読のアレは小太刀二刀じゃないのな。片っ方、脇差より短そうな。まぁいいや(※いいのか)。こんな感じで適当に進んでいきます。そんなわけで、では、また来週ー。



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