無題どきゅめんと


「さて、桜咲さん」

「小声でなんです? 横島先生」

 前の方を見ながら小声で言う横島に、刹那は、自分もまた同じような態度で応えた。反応があるまで、しばらく間があった。ややあって、相変わらず抑えた声――抑えた、困ったような色を多分に含んだ声で横島は言った。相変わらず、視線は前の方を見ている。

「この子たち、一度に撒くことってできそう?」

「無理です」

 即答だった。その答えに、だよなぁ、と肩を落とす横島。その視線の先には、

「むふふふふ。私たちを出し抜こうなんて甘い。スィートよ、アスナ!」

「別に出し抜こうとしてたわけじゃ(うわぁ、どーしよ?)」

「良かったですね、のどか。これでネギ先生と一緒に京都を巡れるです」

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ夕映!? わ、わたしは別に!!」

「アスナ、置いてくなんてヒドイで〜?」

 花も恥らう女子中学生の一団が。関西呪術協会の本山に向かうべく、2−Aの面々から離れて単独行動をとろうとしたネギに合流しようとしていた明日菜が速攻でハルナに見つかり、そこからのどか&夕映が加わり、明日菜と刹那を探していた木乃香がそこに――という具合に、単独行動とは程遠い賑やかな一団が形成されていた。されてしまっていた。

「流石に女の子に当身食らわせるのは気が引けるしなぁ」

「激しくやめてください横島先生」

 撒くのが困難ならば、と物騒なことを口にした横島に、刹那はうんざりした様子で思いとどまるべく注意。そんな刹那に、でもなぁ、と言ったあとで、しばし考え込み――

「――――ま、いいか。困るのはネギであって私じゃないしな」

「――――横島先生は、時折ひどく突き放した言い方をしますよね」

 さらり、と言ってのけた横島に、刹那は眉をひそめる。

「ふン。なにを言っている桜咲・刹那」賑やかな一団から少し離れて小声で密談する横島と刹那の間に、今まで黙っていたエヴァンジェリンが不機嫌そうな声で口を挟んできた。「あのぼーやの苦難も苦労も、凡てあのぼーやが担うものだ。横島には関係あるまい?」

「しかし、エヴァンジェリンさん」エヴァンジェリンの言葉に、刹那は言い募る。「ネギ先生は、学園長からの要請で――」

「だから、それが関係ないと言っているんだ」エヴァンジェリンは刹那に皆まで言わせずに斬って捨てた。「横島がジジイから受けた依頼は、オマエの大事な大事な近衛・木乃香の護衛だ。たとえあのぼーやがしくって西と東の仲がいままでどーりだろうと、更に険悪になろうと――知ったこっちゃない」

「それは――」

 裏の世界に生きるものの認識――冷徹極まりない認識を口にしたエヴァンジェリンに、刹那は思わず言葉を失い、助けを求めるように、横島の方を見た。そこには、素知らぬ顔で明後日の方を見て口笛を吹いている横島の姿があった。その表情には、エヴァンジェリンの言葉を否定するそぶりは見られなかった。

「オマエが――オマエらがこの女をどんな目で見ているのかは知らんがな」くつくつと、喉を鳴らすようにして意地の悪い笑みを零しながら、エヴァンジェリンは言う。「始末人などというものをやっていた頃のこいつは、普段はいざ知らず、仕事となると一切の情を捨てて任務を完遂していた。そこに、情けも容赦も介在する余地なぞ微塵もなかった」

「なんかそーゆーふうに言われると私がめっさ極悪人みたく聞こえるんだが?」

「はッ! 事実だろーが、《冷血の淑女》。まぁ、例外もあったがな」嘲るように言った後で顔を歪めたエヴァンジェリンは、憂さを晴らすように刹那に言った。「残念だったな、桜咲・刹那。少なくとも、あのぼーやが股間にナニをぶら下げてなければまだ救いがあっただろうに」

「…………は?」

☆★☆★☆

 土産物屋が軒を連ねる通りを、見目麗しい女性たち――あるいは、見目麗しくなるであろうことを確約されている少女たちの一団が、その年頃に相応しい華やいだ雰囲気を惜しみなく周囲に撒き散らしながら歩いていた。

「わぁ」古都の情緒溢れる風景に目を輝かせたネギは、おのぼりさんよろしく周囲にせわしなく視線をやりながら感嘆の声を漏らした。

「宿の近くも良い所なんですね」

「はい」集団の中で唯一の男であるネギが漏らした何気ない一言に、夕映が応えた。「嵐山、嵯峨野は紅葉の名所が多いので秋に来るのもいいですよ」

 その言葉に、ネギは改めて周囲に視線をやった。夕映の言った通り、確かに周囲には青々とした葉を茂らせている紅葉や楓があちらこちらに見受けられた。なるほど、確かに秋になればさぞかし見物であることは確かだった。夕映の言葉に納得がいったとばかりに何度もこくこくと頷いている、ネギに、ハルナが声をかける。

「それで、先生。目的地はどこなの?」

「案内するですよ?」

 手にガイドブックを持った夕映が、小首を傾げるのを見てネギはさぁどうしたものか、と曖昧に笑みを浮かべて言葉を濁す。

「しかし、まぁ――ネギはモテモテだな」

「アレの父親もそうだったからな」

 傍目にはカワイイ少女たちを侍らせているようにも見えるネギたちを少し離れた場所から眺めていた横島は、羨ましいことだ、とでもいうように言った。そんな横島に、忌々しいことについて語るような口調と顔でエヴァンジェリンが応えた。

「そうなん?」

「ああ。まったく、あんなバカの何処がよかったのかは知らんが――少なくとも、女に不自由したことだけはなかっただろうさ」

 いや、エヴァちゃんもその一人なんじゃ、とは口が裂けてもいえない――言ったが最後、どんな酷い目に遭わされるか判ったものではない横島は、懸命にもそれを口にすることはなく、ウチの親父と一緒だなぁ、と肩を竦めてみせた。

「オマエの父親?」

「ああ、ほんとにあんなヒゲ親父のナニが良かったのかはしらんけど、腹立つぐらいモテてた――――思い出したらムカっ腹立ってきた」

「息災なのか?」

 自分のことを極端に語ろうとしない横島が珍しく自らのこと――父親のことを口にしたことに興をそそられたエヴァンジェリンは、ぶちぶちと独り言のように父親に悪罵をついてみせる横島に尋ねた。適うならば、一切の過去が謎のヴェールに包まれている横島の過去を、横島自身の口から聞き出せれば、と思っている。一方、尋ねられた横島は、一瞬、目を丸くして――

「いんや」

 肩を竦めてみせた。もちろんのこと、横島の父親――横島・大樹は当の昔に、ここではない別の世界において、遥かな過去に天寿を全うしている。

「オヤジもオフクロも、みんなみんなくたばっちまってる」

「それは――」

 まだ歳若い横島――外見上、あるいは記録の上では二〇代半ばにしか過ぎない横島ならば、親も存命であろうと考えたエヴァンジェリンだったが、返って来た答えは違った。長く生き続けるが故に、近しい者に先立たれる無常感を知り尽くしているエヴァンジェリンは、自分が、横島にとって触れてはならない話題に踏み込んでしまったのではないかと思い、詫びの言葉を口にしようとする。が、それよりも早く、

「気にするこたぁないさ」

 隣を行く横島が、自分の頭に軽く手を載せて言った。優しく撫でながら横島は続ける。

「昔の話だしな」言って、横島は改めて少女たちに囲まれて右往左往しているネギに視線をやった。「しっかし、本気でどーする気なんだか」

 なにやら厚手のハードカヴァーの本を胸に抱くようにしているのどかや、そんなのどかに援護射撃を行っているハルナや夕映。特に、あのハルナって子は、面倒そうだ。歳若い娘たちだけが持ちえる独特の空気に苦笑しながら、横島は考えた。魔法の秘匿云々という関係で、ネギたちが向かう場所に、あの三人組を連れていくことは出来まい。だが、そうそう出し抜ける相手でもない。

「さぁな」横島が微かに動きをつけている手の感覚に目を細めながら、エヴァンジェリンは応えた。「刹那のやつにも言ったが、あのぼーやが自分でなんとかするしかあるまい」

「だよなぁ」

 つーか自分でなんとかしてくれ。それが横島の偽らざる心境だった。いくら自分がネギのサポートを押し付けられているとはいえ、そんなことの面倒まで見る積りの無い横島としては、出来ればネギが可能な限りスマートに問題を解決することを願うばかりだった。それに、今の横島の主任務は、目の前の一団で嬉しそうに刹那に話し掛けている近衛・木乃香の護衛だ。

「極東随一の魔力か。こうしてるとフツーの女子中学生なんやがなぁ」

「アレの父親の方針だそうだな――愚かしい」

「厳しいな」

 嘲るように言うエヴァンジェリンに、横島は苦笑を浮かべた。自分が何時までも隣の幼女の頭に手を載せていることに気付いて、それを引っ込める。微かな重みが頭から消え去ったことに、少し寂しそうな表情を一瞬だけ浮かべて、エヴァンジェリンは言う。

「幾ら魔法や裏事から遠ざけたところで、持って生まれたものが消えてなくなるわけでもあるまい。早晩、あの小娘は自分が何物であるかに気付かされるだろうよ」

「ネギの近くにいりゃあ尚更、な」

 然り、と横島は頷いた。

「ま、近衛さんとこの親御さんの教育方針にどうこう言ったからといって、今更任務が消えてなくなるわけでもないから、言っても仕方ないっちゃあ仕方ないんだけどな」

 つーか、今回の話の流れだと、近衛さんが魔法のことを知ってようと知ってまいと、俺が面倒に巻き込まれるのは変わらんわなぁ、と一人横島は溜息を零した。誰も彼もが、変化を求めて騒乱を求めている。気持ちは判らんでもないが、面倒な話であることに変わりはない。

「おい、横島。ぼーやたちが向こうに行くようだが?」

「っと、いかんいかん。じゃ、俺らも行きますか」

 しかしなにが悲しくて京都くんだりまで来てゲーセンいかにゃならんのかいな、と思いつつ横島はエヴァンジェリンの手を引いてネギwith女子中学生軍団の後を追って洒落た造りのゲーセンへと入っていく。横島にとって、ゲーセン――ゲームセンターとは煙草の煙のこもった小汚くも薄暗い空間であり、そこにたむろしているのは不健康そうな顔色の昼日中から格闘ゲームに興じているヤンキーか、やはり顔色の悪そうな脱衣麻雀に鼻息を荒くしているもてないニーチャンだったりするので、随分と隔世の感がある。あのいかにも裏世界一歩手前といった感じの背徳感溢れる雰囲気がいいんだがなぁ、と横島は溜息をひとつ。

 クレーンゲームとプリクラの席捲する世界に足を踏み入れると、先に入ったネギたちが、先を争うようにしてプリクラを撮りまくっている。ふと、エヴァンジェリンの方を見る。

「…………な、なんだ?」

 プリクラの筐体を熱心に見つめていたエヴァンジェリンが、そこから視線を外して不意に自分をみる横島と目を合わせて言った。明らかに、動揺している。横島は、つい漏らしそうになる苦笑を飲み込んで、言った。

「いや、なんでもないさ――時に、エヴァちゃん。京都観光の記念に俺たちもアレやらないか?」

 指差すのは、プリクラの筐体。ネギたちがフレームを変えて何枚も撮り続けているそれだ。エヴァンジェリンは、難しい顔を浮かべてみせた。ここでいう難しいとは、

「――真祖の吸血鬼たる私がプリクラだと? おい、横島。オマエ私のことをなんだと思っているんだ?」憤慨したとばかりの口調で言ったエヴァンジェリンは、わざとらしいにも程がある考え込む仕草を見せた。しばらくして口を開く。「いや、しかし。横島がどうしても、というのなら考えてやらんでもない」

 やりたくてやりたくて仕方ないのにプライドが邪魔をしてお願いと言えない表情のことをさす。気位が高い人物については多少心得のある横島は、エヴァンジェリンが陥っている葛藤を読み取って、あえて「アレやりたいのか?」などという言い方を避けた。苦笑を飲み込んだのもそのためだった。

「是非」

 拝むようにして横島が言うと、そ、そこまで言うなら仕方ないな! と妙に嬉しそうな調子で言うやいなや、エヴァンジェリンは横島の手を取るとネギたちが占拠している筐体に突撃した。

「ええい、邪魔だ。代われ!!」

「ちょっ!? アンタ何す――はい、どうぞ」

 エヴァンジェリンは自分の傍若無人な振る舞いに抗議した明日菜を一睨みして黙らせると、横島を伴って合成樹脂製のカーテンの中に滑り込んだ。カーテンの中に引き込まれる寸前、横島はふてくされている明日菜に向かって苦笑しながら手を合わせた。

「撮るぞ!!」

「(気合入ってるなぁ)で、フレームはどれにする?」

 ああでもない、こうでもない、と言い合ったあとで、右上の端にいい加減な意匠の三日月が、左下の端にこれまたデフォルメをかけすぎたきらいのあるコウモリが書き込まれたフレームを選んだ。もっとも、撮り終わったあとで、折角だからあれもこれも、と言い出して結局全種類制覇することになったのだが。

☆★☆★☆

 トイレから戻ってきたエヴァンジェリンに、横島は肩を竦めてみせた。つい、と視線を去っていくハルナに送る。

「なに、ちょっとネギの恋路について意見を交換してただけさ。モテル男ってのは羨ましい」

「てっきり青田買いでもしているのかと思ったが」

 言われて、横島は小さく眉をあげた。なるほど、だからご機嫌斜めなのか、と納得する。同時に、苦笑が込み上げてくるのを抑えるのができなかった。うわ、俺って信用ねぇなぁ。

「あの、俺、女子中学生はばっちりストライクゾーン外なんだけど」

「龍宮・真名には随分と鼻の下を伸ばしていたようだが」

 いまだ胡散臭そうに自分を見るエヴァンジェリンに言われて、今度こそ横島は苦笑した。図星だったからだ。まったく、誰も彼ももう少しでいいから中学生らしくしておいてくれれば面倒もいらん葛藤もないものを。いやいや、長瀬さんや雪広さんや那波さんのボディが慎ましやかだったらそれはそれでもの凄く悲し――

「――いてぇっ!?

「オマエいまいらんこと考えてただろう」

 不貞腐れた顔で、エヴァンジェリンは言った。右手は、横島の尻を抓っている。いかんなぁ、顔に出てたかなぁ。エヴァンジェリンに抓られている尻の痛みに涙を浮かべつつ、横島は思った。そういうことを考えているから信用がないとは思わないらしい。尻の痛みが限界値に近付き、そろそろ勘弁してほしい、と考えたとき。

「――むっ?」

「どうした、横島」

 突如眉間に皺を寄せて声を漏らした横島に、エヴァンジェリンは怪訝そうに声をかけた。右手は横島の尻を抓りあげたまま。

「いや、エヴァちゃん。ケツ離してくれんかぁ」

「いいから、言え」

 うう、俺がなんか悪いことしたんか、と嘘泣きつつ、横島は、ほれ、アレと指でさし示す。プリクラの筐体から追い出されたネギたちが興じている、昨今巷で流行しているカードゲーム、そのゲームセンター版の筐体があった。横島の指は、その筐体でゲームに興じているネギの横にいる男の子を指していた。

「――ふむ、あの獣臭い匂い。ライカンスロープの類か?」

「ぽいな」エヴァンジェリンの推察に頷きつつ、横島は問う。「どう見る?」

 問われたエヴァンジェリンは、左手をその小さな顎先に当てつつ、ふむと小さく唸ってから、口を開いた。

「私たち吸血鬼と違って、連中は自然を友とし、そこに共存する形で生きている。そのせいで、ここ百年ほど個体数が激減していた。言うまでもなく、産業革命という機械文明の爆発的な発展のせいで環境が激変したせいだ。少なくとも、私があのクソ忌々しい呪いに捉えられる十五年前まではそうだった。麻帆良に封ぜられていた間に、その状況が善い方向に変化するとも思えないし、したという話も聞かん。で、あるならば、普通に生きていて、そこいらの街中で連中とエンカウントするというのは、ほとんどないといっていい。まぁ、有体に言うならば」

「面倒ごとが近付いてきた?」

「そういうことだな」

 然り、と頷くエヴァンジェリンに、俺の平穏、俺の平穏、と二度ほど口の中で嘆くように横島は呟いた。そんな横島をじぃっと見て、エヴァンジェリンは明日の天気についてでも語る主婦のような口調で言った。

「あのガキ、殺るか?」

 面倒が減るぞ、と嘯くエヴァンジェリン。その直裁的な言動に、横島は一瞬目を丸くしたあとで、苦笑を浮かべた。降りかかる火の粉を払う場合以外、横島と同じような――つまり、大概のことを看過するエヴァンジェリンが、このようなことを言った理由が判ってしまったからだ。

「いや、やめとこう」

「ほぅ? 何故だ?」

 戻ってくる応えが半ば判っていながら、エヴァンジェリンは意外そうな表情を浮かべた。そんなエヴァンジェリンに、横島はゲームで負けて残念そうな顔を浮かべているネギを見ながら言った。

「ネギに楽をさせちゃ駄目だろ」

 こっちにさして興味を示していない以上、あの少年の目標はネギと考えるべきだった。で、あるならば、今、自分やエヴァンジェリンが手を下してしまうのは、ネギの成長、その機会を奪ってしまうことになる。

「優しいことだ」エヴァンジェリンは皮肉そうな表情を浮かべた。「だが、あの小僧とぼーやだったら、明らかにぼーやに分が悪いぞ? ライカンスロープは総じて身体能力に長じているからな。非力な魔法使いなど、魔法も使わせてもらえずに瞬殺されるのがオチだ」

「神楽坂さんもいるが?」

「たしかに小娘の能力は底が知れん。だが、こちら側に足を踏み入れて間もないぽっと出の新人を出し抜く術なぞごまんとある。加えていうなら、ぼーやのよーな真っ直ぐすぎる類の人間を挑発して一対一に持ち込む方法もな」

「だろうなぁ」

「だが、オマエは放っておくんだな?」

 底意地の悪い表情で尋ねるエヴァンジェリンに、横島は、ああ、と頷いた。

「やっぱりな、男の子だったらピンチの一つや二つ、自分で跳ね返さんと駄目だろ?」

「もっともだ」

「ところで、エヴァちゃん。――――尻が死ぬほど痛いんでそろそろ勘弁してほしいのでありますがっ!!」

「――ええい、肝心なところでしまらんやつめ」

☆★☆★☆

「やっぱ、名字、スプリングフィールドやて」

 近代的なゲームセンターを抜け出して、裏路地に人目を憚るように入った少年は、路地のどん詰まりで彼を待っていた者たち――その中心に陣取っている、いささか露出の多い和風な衣装に身を包んだ若い女にそう言った。それを聞いて、若い女――関西呪術協会強硬派の一人である天ケ崎・千草は、なるほど、と頷いた。

「やっぱ、あのサウザンド・マスターの息子やったか」

 そうと判れば、あの歳であれだけの魔力、あれだけの機転を見せた才能にも頷ける。魔法使いを嫌っている千草であったが、それを理由に相手の力量を見縊るような真似はしない。今回の件は、自分たちに訪れた一世一代のチャンスなのだ。どれだけ慎重にことを進めても、やりすぎということはない。

「せやけど、それやったら相手にとって不足はありまへんなぁ」千草は、不敵な笑みを浮かべた。「坊やたち、一昨日のカリはキッチリ返させてもらいますぇ」

「せやけど、千草のねーちゃん」闘志を燃やす千草に、少年は、そう言えば、とでもいうように声をかけた。「あのガキはいいとして」

「なんやの? 小太郎はん?」

 あんたもガキやないの、という言葉は飲み込んで、千草は首を傾げた。

「うん? ああ、あんなぁ、あのガキから少し離れた場所にえっらい気配薄い別嬪さんがおったんやけど」

「気配が薄い?」

「おう」少年――犬上・小太郎は頷いてみせた。「あれ、絶対気配消してたで。いきなり気配見せたから判ったけど――せやなかったら、気付けへんとこやった」

 言われて、千草は顎に手をあててしばし考え、不意に浮かんだ人物の姿に、あ、と小さく声を漏らした。

「その別嬪さんて、長い黒髪やったんか?」

「おう」

「眼鏡をかけてる?」

「おう」確認をとっているような千草の言葉にいちいち頷いて、ふと小太郎は首をかしげた。「もしかせんでも、千草のねーちゃん――あの別嬪さん知ってるんか?」

 知り合いなんか? と首を傾げてみせる小太郎に、千草は、いや、と首を横に振った。

「別に知り合い、いうほどやないわ。せやけど、小太郎はん――いや、あんさんたちもやけど、その『別嬪さん』には手出し無用やで? こっちから手ぇさえ出さへんかったら、なんにもせぇへんはずや」

 多分やけどな、と小さく付け加えた千草に、小太郎は怪訝そうな表情を浮かべた。納得いかない、といった様子だった。小太郎が、千草の誘いに乗ったのは、西洋魔法使い相手に思う存分暴れさせてやる、と言われたからだった。いけすかない西洋魔法使いをいてこますこともそうだが、闘いを――強敵との闘いを渇望してやまない小太郎にとって、あれほどの気配遮断技術を、そしてそこから読み取れる腕の持ち主と一戦やらかすな、というのは、どうにも承服しかねるものであった。

 だが、小太郎がなんでやねん、と抗議の声をあげるよりも早く。

「その『別嬪さん』ってもしかして横島・多々緒さんですかぁ〜」

 妙に間延びした、愛らしい声が路地に響いた。声の主は、千草がいうところの小太郎以外の『あんさんたち』、その一人だった。千草は、不貞腐れている小太郎から視線を声の主に移した。

「――そや。重ねていうとくけど、手出しは絶対にあかんで? 月詠はん」

 相手――神鳴流の剣士、月詠に頷くと同時に、もう一度念を押した。

「判ってますよ〜」

 うふ、うふふふ、と笑いながら応える月詠。それに不安そうな表情を浮かべる千草。横島って誰や? と首を傾げる小太郎。その様子を、路地にいたもう一人の面子は、感情の読み取り辛い顔に、わずかな興味を浮かべつつ黙って見ていた。

☆★☆★☆

「ネギと神楽坂さんは上手く抜け出したみたいだな」

 どうなることかと思ったが、まぁ、良かった良かった――と一人溜息をついた横島は、残る面子の顔を見て、小さく首を傾げた。うん? 気のせいか? なんか誰かいないような――

「宮崎・のどかならばぼーやの後をつけていったぞ」

「げっ!? マヂで?」

 横島の疑問に先回りして応えたエヴァンジェリンに、横島はうへぇ、と顔を歪めた。どうしたもんか、と眉をしかめて、

「まぁ、ネギが上手く立ち回ることを祈るしかないか」

 溜息混じりに言って、横島は残る面子の方を見た。そこから少し離れた場所で、友人たちとゲームに興じる木乃香のことを見守る刹那の様子が視界に映る。と、その刹那が懐から人型に切り抜いた紙片を取り出すのが見える。

「式神か」

「みたいだなぁ」感心したように言うエヴァンジェリンに応えながら、横島はその手があるか、と頷く。「ときにエヴァちゃん。手鏡とか、コンパクトとか――そういうの持ってないか?」


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第二十三話『キネマの天地1』了

今回のNG

「うん、どうした横島? 物足りなそうな顔をして」

「いや、なんつーか俺の知ってるゲーセンとえらい違いやなぁと寂しいやらなにやら――って、あれ?」

「なんだ、あの古臭い筐体は」

「あれは――――インベーダーゲーム!!」

「なんだそれは――ってイキナリ目を輝かしてどうしたって何故いきなりヨガのポーズをっ!? ぬおっ!? 手から炎がっっ!! ど、どうしたというのだ横島!?」

「今回のネタ判るヒトいるのかしらん――それにしても横島センセイ……通ね」



どっとはらい



後書きという名の言い訳。

にーじのーみやこーひーかりのーみなと♪ というわけでシネマ村編で御座います。いや、まだシネマ村に入ってませんが。サブタイは蒲田行進曲のテーマ曲から拝借。や、まぁ、同名の映画からでもいいですが。それは兎も角、ついに俺の長谷川までネギきゅんの毒牙にかかってしまったわけで(※山道はこの世の眼鏡っ娘とロリっ娘すべてに所有権を主張する悪癖があります)。まぁ、エロかったので許す。我が心の師匠であるところの倉田センセイであれば五〜六回は美味しくイタダケルのではなかろーかという……くそ、十歳児めっ!!(※書いてるうちにシットの炎がメラメラと) あと、今回のNGネタ。判るうえに懐かしく感じたヒトはいい歳だと思うので生活習慣病とか気をつけるように。でもって、ラブラブキッスの前後で何か忘れてるよーな気がするんだが、どーにも思い出せん。なんだろう。まぁ、そんなわけで今週はこの辺で。では、また来週ー。



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