「あれ。ネギ先生とアスナどこいった?」
「のどかもいないです」
京都限定のレアカードを筐体から根こそぎむしりとることに成功してから、不意にハルナはネギと明日菜が周りにいないことに気付き――同時に、夕映がのどかがいないことに気付き、声をあげた。その声に、前述した二人と同じようにゲームに興じ、それなりの収穫を手にしていた木乃香がきょろきょろと辺りを見渡した。
「ほんまやぁ。何処いったんやろ――あれ、せっちゃんは?」
二人の言うとおり、ネギたちの姿が見えないことに、みんなしてトイレやろか、と首を捻った木乃香は、自分の大切な――昨夜あたりから、しばらくの間、遠退いていた距離が縮まった感のある幼馴染の姿が見えないことに気付く。せっちゃんもトイレやろか、と周囲に視線を巡らすと、端のほうで壁の花ならぬ柱の花となっている刹那の姿を見つける。刹那は、なにやら目を閉じて一心不乱に念じているようであった。
「せっちゃん!!」
「うひゃうっ!? お、お嬢様!?」
とことこと刹那に近付いた木乃香は、相変わらず目を瞑っている刹那に声をかけ、刹那は集中していたところに話し掛けられ、わたわたと慌てたように応じた。内心で、危地に陥りつつある子供先生とクラスメイトの身を案じつつも、目の前で首を傾げている自分のもっとも大切なヒトの声に応えていく。
「なにボーっとしてたん? せっちゃん」
「あっ、いえ、別に……」
もちろん、式神に念を飛ばしてました、などとは口が裂けても言えるはずの無い刹那は、もごもごごにょごにょと言葉を濁した。そんな刹那に、ふぅん、と相槌を返した木乃香は、そのことについてはとりあえず棚上げしたらしく、にぱっ、と笑うと、おもむろに刹那の手をとった。
「ほら、せっちゃんも遊ぼ!!」
「あっ、いえ――お嬢様、私は……」
自分の手をとって、友人たちのいるほうへと有無を言わさずに引っ張っていく木乃香に、刹那は困ったように呟くが、だが、その手を振り払えない。ここ数日で、木乃香が――自分の命よりも大切なヒトが、どれだけ心を痛めつづけていたかを理解してしまったがゆえに。そして、自分の手をぎゅっと握る、木乃香の柔らかな手の暖かさを思い出し、心地良いと感じてしまったがゆえに。だから、刹那は、木乃香の手を振り払うことが出来なかった。
「――青春やなぁ」
「年寄り臭いぞ、オマエ」
若いってええなぁ、としみじみといった感じで言う横島に、エヴァンジェリンは半眼になりながら応じた。そんなエヴァンジェリンに、いやいや、ああいうのはああした年頃にだけ許された特権だよ、と嘯く横島。
「そんなことよりも、ほら」
「お、ありがとさん」
横島が所望していたもの――コンパクトをポーチの中から探り出したエヴァンジェリンは、横島にそれを手渡し、横島はそれを天上人から宝物を下賜された平民のような恭しい態度で受け取った。口調はざっくばらんとしていたが。
「そんなもの、どうするつもりなんだ?」
「まぁまぁ、それはあとの楽しみってことで」もったいぶって応えたあとで、横島は不意に天井を見上げ、あー、と間延びした声を漏らして、頭を掻いた。「ところで、気付いてるか?」
「当たり前だ」エヴァンジェリンは、主語のない横島の言葉に、莫迦にするなとでも言いたげな調子で応えた。「随分上手く隠して――いや、気配遮断の魔法、ああ、呪術か、連中は。呪術も使っているが、隠しきれん闘気が漏れているわ」
良かったな、仕事だぞ、と嫌味っぽく笑うエヴァンジェリンに、横島はうへぇ、と呻く。
「――いや、まぁ、どっちかってぇと闘気を向けられてんのは桜咲さんみたいだからいいんだけどな。しかし気になるのは、ときどき浮気するみたく――ぐぅっ」浮気、という言葉を発した直後に、呻き声を漏らして顔を歪める横島。「――浮気するみたく、俺の方に闘気が向かってるのはどーしたもんかというかエヴァちゃん先週からずっと尻が痛くて泣きそうです」
「先週からとか良く判らんことを言うな」
「とりあえずマイヒップを勘弁してプリーズ」
先週ってなんだ先週って、と眉をしかめるエヴァンジェリンに、ウサギの国の球団の終身栄誉監督のような嘘臭い英語で許しを請いながら、横島は、この闘気どっかで覚えが? と小さく首をかしげてとりあえず尻が痛かった。
「しかし、ネギくんたち何処いったんだろうね?」
「のどかものどかです」《生八つ橋・ゲル状》と銘打たれたパック入りのジュースをストローで飲みながら、夕映は、自分の隣で首を傾げるハルナに同意を示すかわりに愚痴めいた言葉を漏らした。「せめて一言あってもいいです」
だが、夕映はそう言った後で小さく肩を竦めてみせた。
「ですが、行く先は判りませんが――何処に向かったかは判っているです」
「ほえ? 何処さ、夕映」
自分の言葉にきょとんとしているハルナに、夕映は不思議そうな顔を向けた。《生八つ橋・ゲル状》を一口啜る。このジュースは当りです。お土産に一〇パックほど買ってかえりましょう。
「判らないですか、ハルナ? いいえ、貴女なら判るはずです」
「って言われても――ああ!」ハルナは、夕映の言葉に一瞬困惑したような表情を浮かべた。が、直後に脳裏に閃くものがあった。「ネギくんだね、夕映? のどかは、ネギくんたちのあとをつけていったんだ。だから、夕映や私にも行き先を告げる暇がなかった――そうだね?」
「おそらく」
ハルナの推論に、夕映は満足したように大きく頷いてみせた。直後、啜っていたストローからどろりとした、ハッカの効いた甘い液体の供給が途切れた。パック容器に収まっていたジュースを飲み尽くしてしまったらしい。夕映は僅かに顔をしかめると、それを丁寧に折りたたんで専用のゴミ箱に捨てる。返す刀で自販機で新しいジュースを買い求めた。もちろん、《生八つ橋・ゲル状》だ。吸い口にストローを指す自分をどこか呆れたように見ているハルナの視線を完全に無視しながら、夕映は思考した。
――それにしても、のどかが私たちに行き先を告げる間を持てないほどに、ということは、ネギ先生、それにおそらくは明日菜さんも、よほど急いで、私たちの隙を見てゲームセンターを抜け出した、ということになりますね。でなければ、のどかが私たちに何も言わない、などということがあるはずもありません。
――本来であれば、引率してしかるべき私たちを放り出して一行から抜け出す、ということは、何か、私たちに知られては問題のあることでもあるのでしょうか。…………ハルナの言い分ではありませんが、もしやあの二人は。
そこまで考えたとき。不意に、夕映の脳裏に昨夜耳にした言葉が鮮明に甦った。
『キス……してもいいですか? 夕映さん…………』
瞬間、夕映の顔面に朱がさした。茹蛸のようになった顔を思わず両手で抑えながら、夕映は誰かに憚るように、その言葉を脳裏から追い出そうとするかのように激しく頭を振った。
(ち、ちちちちちちち違うのです違うのですこれは違うのです!! わ、わたわた私はけして――――)
そう。違う。違うのだ。自分が心配したのは、自分の友人の想い人が級友と何某かの関係にあるのでは、と危惧しただけで、けしてネギと明日菜が付き合っていたら私はいやだなんて――
「おーい、夕映?」
「違うと言っているのです!!」
「うひゃいっ!?」なにやらぶつぶつと呟きながら考えている友人に声をかけたら、鬼のような形相で怒鳴られたハルナは、思わずその場から飛び退いた。「どうしたの、夕映?」
「あ――いえ、ハルナ。すみません、少し考え事をしていました」
「みたいだね」
何故か悔しそうに――と、いうよりも、何かを悔やんでいるようにいう夕映に、ハルナは肩を竦めてみせた。
「ところで、ハルナ。何の用だったのです?」
「あ、いや――」あくまで自然に話題を変え――というよりも、まるで自分の心を切り替えるようにして言う夕映の不自然な何気なさに、説明のつかないラヴ臭を感じ取りながらも、ハルナはそのことには触れずに言った。「カードも集めるだけ集めたし、河岸を変えて――というよりも、ネギ先生たち探しに行かない、って言おうとしたのよ」
「そうですね」両手一杯に戦利品を抱え込んだハルナの様子に、夕映は頷いてみせた。夕映たちは、今日の自由行動において明確な目的や目標といったものを掲げていない。強いていうならば、友人であるのどかの恋路を応援する、というのがそれにあたる。で、あるならば、ハルナの意見に同意するのがスジだった。「そうしましょう――その前に、桜咲さんや近衛さんにも確認をとったほうがいいです」
「あ、そうか」言われたハルナは、きょろきょろと辺りを見渡し。「あ、いたいた。おーい、そこの御両人ー」
「妙な言い方しないでください!!」
ハルナの声に、木乃香とヤケクソ気味に仲良くモグラ叩きをしていた刹那がマッハで声を返した。バカップルとでも言えばよかったかしらん? とアホなことを考えながら、ハルナは今しがた夕映に話したことを刹那に説明する。説明された刹那は、
(どうしたものか)
顔には出さず懊悩。ハルナたちの探すネギたちの所在は、送った式神からその場所が判っている。判っているが、それを教えるわけには行かなかった。それを教えてしまえば、なんのためにネギたちが一行に内密で抜け出したのか判らなくなってしまう。加えて、自分の横で、
「うーん、そーやなぁ。ネギくんたちがおらんのもさみしいしなぁ」
などと暢気な口調で言う、自分の最も大切なヒトを裏の世界に関らせないためにも、絶対に教えることなど出来なかった。刹那は思った。仕方ない。適当に京都を探すふりをして、時間を潰してしまおう、と。
「判りました」刹那は、隣の木乃香に、それでいいですね? と確認をとりながらハルナに応えた。「そうしましょう」
「エヴァちゃん。どうやら移動するみたいだぞ?」
少し離れた場所から、ハルナたちの様子を見ていた横島は、ベンチで自分の隣に腰掛けているエヴァンジェリンに言った。
「ん? そうか、じゃあ行こう。ふふ」
普段ならば、行動の決定に自分の意思が反映されないことに多少なりとも不満を漏らすエヴァンジェリンであるが、今回は横島の言葉にあっさりと頷いてみせた。その理由は、彼女が抱えているそこそこ大きなクマのヌイグルミにあった。クレーンゲームの筐体の中に収まっていたものを、横島に頼んで取ってもらったものだった。もとより、ヌイグルミの類を蒐集する性癖のあるエヴァンジェリンにとって、さして造りがいいとは言えないものの、店頭では売っていない景品、というのはなかなかに食指がそそられるものだった。加えていうならば、それを横島にとってもらい、手ずから手渡して貰った、ということも彼女の機嫌を普段の十割増しほどに良くしている。
と、そんなご機嫌なエヴァンジェリンは、行くぞ行くぞ何処でも行くぞ、と無意味に行動的に言ってベンチから立ち上がり、自分を促したくせに相変わらずベンチに腰掛けている横島が覗いているものに視線を向けた。自分が渡したコンパクトだった。
「なるほど」エヴァンジェリンは、横島と、横島の見ているものを見ながら、頷いた。「鏡を使った遠見の術、か。考えたな、横島」
「そゆこと」
エヴァンジェリンから借り受けた、ファンシーきわまりないコンパクトを手にした横島は、自分の持っているそれから目を離さずに頷いてみせた。コンパクトの鏡の部分には、遠く関西呪術協会の本山、そこへ至る道を行くネギたちの姿が映し出されていた。式神を用いることをあまり得意としない横島にとって、文珠を別とすれば、遠く離れた場所を遠視する方法は、この鏡を用いた術だけであった。ちなみに、この術、普段は覗きに使われている。証拠を残さず、己が熱いパトスを充足させるにうってつけの術だった。もっとも、この術を用いてさえ、なぜかしずなの覗きには成功していない。話を元に戻すが、この方法の良いところは、刹那のような式神を用いている場合と違い、こちらからの一方通行だということだった。であるならば、ネギたちになにかのあてにされる心配も無い。もっとも、あてにされたところで自分でどーにかせい、というつもりだったが。
「あ」
「どーした? ――む」
鏡を覗き込んでいた横島が間の抜けた声をあげたのに反応して、エヴァンジェリンも鏡を覗き込み、眉をしかめる。
「まんまと罠に引っ掛かったなぁ、ネギのヤツ」
「空間閉鎖系の魔法――呪術か?」
「ぽい」術が発動した瞬間、わずかに画像が揺らいだ鏡を見ながら溜息をついて、横島は同意。「――まぁ、ここで気をもんでも仕方ないっちゃあ仕方ないんだが。せいぜい、ネギが上手くやることを祈るばかりだな」
結果から述べる事をお許しいただけるならば――――ネギは、上手くやった。たとえそれが、宮崎・のどか、というまったく予期し得ぬ要因によってもたらされた結果得られた勝利――成功だったとしても。たとえそれが棚から牡丹餅的な幸運によってもたらされたものであろうと、薄氷を踏むような綱渡りのすえに掴んだものであろうと、勝利は勝利であり、成功は成功なのだ。まず、勝ってこそ、次に繋がる何かを得ることが出来るのであり――今回のケースを引き合いに出して何事かを語るならば、如何なる手段を用いても、敵の罠を突破し、脅威を排除し、任務の目的を達成することが出来るのである。そういう意味において、ネギは、上手くやった。
とはいえ、繰り返しになるが、ネギが今回得ることの出来た勝利は、気取った表現を用いるのであればピュロスのそれとしか言いようの無いものであり、反省すべき点は無数にある。
そして、そのピュロスの勝利の主人となったネギ・スプリングフィールドは、
「まったくもー」未だにその額から血の滲み続けるネギの顔に、可愛らしい少女らしい柄のプリントされたハンカチをあてながら、明日菜は呆れたように言った。「あー、ほら。血ぃ止まってないじゃない。ホントに痛くないの? 大丈夫?」
「えっ、いえ。ホントにスリ傷ですから」
狗神使いを名乗る、犬上・小太郎との戦いによって得た傷を店子と大家の関係にある――あるいは、魔法使いとその従者という関係にある、神楽坂・明日菜によって治療されていた。もっとも、治療といっても、前述したように、傷口から滲む血をハンカチで拭う程度のものでしかない。はたして、その様子を見かねたのか。あるいは、他に何某かの魂胆があるのか、
「あ。せ、せんせー。私、消毒液とバンソーコ持ってます」
此度の勝利、その最大の立役者である、宮崎・のどかが自分の口にした品を手に示しながら、座り込んでいるネギと明日菜におずおずと言った。のどかは、やはり引っ込み思案であることを隠しようもない様子で、あ、あの、失礼します、と明日菜に断りをいれると、ネギの治療にとりかかった。あくまで応急用のものでしかないので、おそらくは負っているであろう打撲その他の比較的重いものには対処の仕様も無いが、擦り傷などの軽傷の部類に含まれるものは、その口調と態度からは予想もつかないほどにてきぱきとした手さばきで治療をほどこしていく。
治療対象を横から掻っ攫われたかたちになった明日菜は、その手際のよさに感心しながらも、どうにも言い表しようの無い、釈然としない思いに囚われる。そんな明日菜の様子を見て、ヒトの色恋に関することには異様に目端の効くカモはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「へっへ、姐さん」その表情のままに、カモは明日菜に声をかけた。「『可愛がってた弟が突然女を連れてきて複雑な心境の姉』……って顔だな、姐さ――「何かいったかしらエロガモ」はれも゛も゛っ!?」
雉も鳴かずば撃たれまい、とはこのことだった。不用意な発言のせいで明日菜に顔の形が変わるほどに口の端を引っ張られながらも、まぁ、このクセばかりは治らねぇな、とカモは苦笑。とりあえず、まず間違いなく危地と呼んで差し支えない状況が去ったことにより訪れた安息、そのアップダウンが齎す気が抜けた光景を引き締めるように、ネギたちの様子を眺めていた刹那の放った式神――《ちびせつな》が口を開いた。
『とにかく、先程のワナを潜り抜けたので関西呪術協会の本山まではもうすぐだと思います』《ちびせつな》は、参道の続く先――幾重にも折り曲がった参道によって見えぬそこを見据えて言った。『急ぎ親書を! ネギ先生!』
「そ、そうですね」《ちびせつな》の声に、ネギは緩んでいた表情を引き締めた。ネギ本人にとってはまた別だが、罠も、敵という脅威も、親書を関西呪術協会の長に届ける、という任務の前では凡て瑣末事でしかない。「急ぎましょう、ちびせつなさん」
『宮崎さんをここに置いていく訳にはいきませんから、本山まで一緒に――』のどかがすでに、ネギたちが魔法や呪術といった非日常の世界に生きる類の人種だと了解したうえで、その秘密を守る事を宣言していることを考慮して、《ちびせつな》は意見を口にしかけた。しかけて、それを最後まで言い切ることが出来なかった。『――あっ!?』
不意に言いよどんだかと思いきや、その像がまるで電波の乱れたテレビの画面のようにゆらぎだした《ちびせつな》の様子に、一同は困惑の声を漏らした。
「ど、どうしたの!?」
『い、いけません。本体のほうで何かが――連絡が途だ……』
次第に像の乱れが激しくなる《ちびせつな》は、聴き取り辛い声で、明日菜に答え、
「あっ!? 紙に戻った!?」
次の瞬間、桜咲・刹那、と書かれた人型を模した紙片に戻ってしまった。
「こりゃマズい」ひらひらと地面に落ちる紙片を空中でキャッチしたカモは、それをしげしげと眺めながら、焦りを浮かべた表情で言った。「刹那の姉さんのほうに何かあったな。ちびせつなを使う余裕がなくなったんだ」
「「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」」
「ふふふ、流石にこないなもんは当ってくれまへんなぁ〜」
彼女は、街中にあるもの――壁面や、街灯、あるいは電信柱などなどを、その愛くるしいといって差し支えない外見からは想像も出来ぬ、まるでましらのような動きで飛び移りながら、言った。その手には、先を尖らせた鉛筆を思わせる形状の物体をいくつも握っている。もちろん、彼女――神鳴流の剣士であり、天ケ崎・千草に雇われて関西呪術協会強硬派に属している月詠がもっているそれが、鉛筆などであろうはずがない。十分な加速を加えて対象に投擲したならば、アスファルトを抉ることが可能なそれは、タングステン製であった。本来であれば、投げ捨てて使うには勿体無いほどに値が張るシロモノであったが、クライアントである千草の提示した金額がそれを可能にしていた。
「そ〜れ♪ あ、やっぱりあたらへんわぁ」
一見すると無造作にタングステン製の凶器――あえて分類するならば、棒状手裏剣、つまり苦無を気の抜ける掛け声とともに投げ放った月詠は、ほぼ秒単位の直後の弾着結果を見て、予想通りだ、といわんばかりの口調で呟いた。むろん、適当に投げたから外れた、というわけではない。むしろ、月詠の放った苦無の軌跡は、ほぼ一直線に――重力の影響すら考慮して投擲されているのと、充分すぎる初期加速を与えられていること、最後に、空気抵抗による減速が弾速に影響を与えない比較的至近距離から放たれているため――に、標的に向かっていた。それが当らなかったのは、月詠の投擲した無数の苦無、その悉くが、標的により掴み取られてしまっていたせいだった。
攻撃の効果が上がらないことに、月詠は、
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふ♪」
だが、実に楽しげな声で笑いを漏らしていた。もとより、牽制が目的といってもいい攻撃であり――もちろん、攻撃目標である桜咲・刹那がそれを喰らって行動力を喪失していてくれればいうことはないが、神鳴流の剣士は、あの程度のことで斃せるほどに甘い相手ではない――攻撃結果には最初から期待していない。
月読という少女は、今ごろ、関西呪術協会本山に続く参道でのびている犬上・小太郎にどこかしら近い気質を持っていた。その気質とは、強いものと手合わせすることを渇望する、というものである。とはいえ、近しい、というだけで、双方の気質はあくまで異質であった。闘いを純粋に愉しむことを目的としている小太郎のそれが、自分に実害さえ及ばなければ、何処かしら微笑ましい、人によっては清々しい気分を覚えるものであるのに対して、月詠のそれは、まさしく戦闘狂と呼ぶのに相応しいものであり、その根底に流れるものは常人には理解し難い狂気であった。加えて、ただ強者であるというよりも、自分と同じ性別の強者を望む傾向がある。
そうした常人には理解し難い嗜好をもつ月読にとって、現在対象としている攻撃目標――桜咲・刹那は、充分に合格ラインを超えていた。最初は弾速を緩めに、加えて、規則性を持たせて投擲していた苦無、それを、突如不規則に、まったくのランダムに投擲し、かつ弾速にも緩急をつけて狙いを読ませ辛くしているのだが、対象は、その悉くを捌ききっていた。捌く手付きに、一切の乱れはない。だからこそ、当らぬ攻撃を続けていてなお、月詠は心底からの笑みを浮かべている。
「ああ、ほんまにええわぁ。刹那センパイ」
まるで恋しい良人の名を呟くように刹那の名を口にして、月詠は新たな苦無を手にとった。投げる。かわされる。投げる。掴まれる。投げる。弾かれる。投げる――まるで月詠は、その行為を、恋人と愛の言葉を、睦言を交わしあうような表情で続ける。肉体に染み込ませた技量にそれを行わせながら、月詠は、脳の一部で、刹那と本気で、なんの邪魔も入らない状態で剣を交し合う様子を想像して、一人悦に入る。不意に、可愛らしいフリルで飾られたショーツが湿り気を帯びることを知覚する。月詠は思う。ああ、想像しただけでこないなってしまうなんて。ほんとに殺りあったら、ウチ、イってしまうかもしれへんわぁ。
そこまで考えたとき、不意に刹那は、作戦目標である近衛・木乃香を抱かかえたかと思うと、人目を憚るのも忘れたように常人では有り得ざる脚力を駆使して、目の前の施設に飛び込んでいった。それを見て、月詠の顔に大きな笑顔が浮かぶ。それこそ、月読の思うつぼだった。これまで、月詠は単に刹那を狙って苦無を投擲していたのではなかった。ことあるごとに、刹那の進路を誘導するように、苦無を捌き易い、あるいは避け易い方向へと誘導するように投擲してきたのだった。つまり、逃げ込まれたのではなく、誘い込んだのであった。刹那の逃げ込んだ施設――太秦シネマ村には、クライアントである千草と、得体の知れぬ外国の子供が待ち受けている手はずになっている。シネマ村に刹那を――というよりも、刹那とその護衛対象である近衛・木乃香を誘い込むことこそ、月詠に与えられた任務であった。
とりあえずの任務を達成した月詠は、シネマ村から少し離れた場所に音もなく降り立った。人目が完全に向いていない場所を選んだこと、着地の際に音を立てなかったこと、降り立った直後に何食わぬ顔をしていたことで、誰も月詠に集中していない。そのことに別段、満足を覚えたふうでもなく――クセで体術を用いた隠行を行ったが、もとより気配遮断の符を持たされているので、隠行云々など関係なしに誰に気付かれることもない――月読はシネマ村から視線を外し、
「――――うふ」
堪えきれぬ、といった様子で笑いを零した。シネマ村から外した視線は、刹那を追って駆けていた一団に向けられていた。より正確には、その一団の中で面倒臭そうな表情を浮かべている、眼鏡をかけた妙齢の美女に、だ。
「横島・多々緒はん」
刹那の名を呼ぶときよりも陶然とした様子で、月詠は横島の名を呟く。直後、あの夜に向けられた横島の殺気が身体に甦り――
「――――くふっ」
どうしようもない震えがおこり、それを止めるように月詠は自分の身体を強く抱きしめた。が、身体の震えは止まらない。いや、止まらないどころか、ますます激しさを増し、ついに月詠は立つことすら適わなくなり、その場にがくり、と膝をついた。そのまま、どす、と前のめりに――額から、地面にぶつかる。額に鈍い痛みを覚えつつ、震えの止まらぬ身体を掻き抱いたまま、
「うふ。うふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
月詠は嘲っていた。一晩経ってすら、身体に恐怖を呼び起こす濃厚な殺意。あれほどの殺意を叩きつけ、かつ、不意をうったとはいえ完全に自分の行動を封じたその手並み。
――殺り合いたい。
――たとえ自分が切り刻まれるとしても、心行くまで殺り合いたい。
その想いは、横島の容姿をじかに確認して、ますますひどくなった。月詠は、あれほど美しい女は、生まれてからこちら、ついぞお目にかかったことはなかった。そんな美しいイキモノと、問答無用に、情け容赦なく、血と肉を撒き散らしながら――――殺し合う。
「――あかん」月詠は、嘲いながら呟いた。「ほんまにたまらんようになってもうた」
これはいよいよ、千草はんのお仕事上手くいかせな。月詠は思った。とりあえず、クライアントからは横島への手出しは禁じられている。下手に手を出して、計画自体が失敗するのを防ぐためであり、雇われの身であり、裏世界のしきたりを遵守する仕事人である月読も、それを守るつもりだ。だから。月詠は思った。さっさと仕事を終わらせて――
「思いっきり楽しみましょうねぇ、横島はん」
「――――うん、急に寒気が」
「大丈夫か、横島?」
不意に立ち止まってぶるり、と身を震わした横島に、エヴァンジェリンは案じるように声をかけた。そんなエヴァンジェリンに、いやいや、大丈夫大丈夫、と応えて、横島は溜息をつく。まったく、どいつもこいつも。
(どーしてこうもキチガイばっかなんだ)
気配遮断の符で見えない――認識できないはずの月読にちらりと視線を寄越して、横島は泣きたい気持ちになる。せっかくカワイイんだから、年頃の女の子らしい楽しみでも見つけてくれればいいものを。なにが悲しゅうて剣戟銃弾飛び交う世界に好き好んで浸かりこんでるんだ。
理解できん、と頭を振って、とりあえず横島は符がなければまず間違いなく衆目を集めまくっているであろう少女のことを頭から追い出した。となりで、相変わらず案ずる様な表情を浮かべているエヴァンジェリンに向かって口を開く。
「ときにエヴァちゃん。時代劇は?」
「好きだ」
即答したエヴァンジェリンに、横島は思った。しかし、まぁ、エヴァちゃんを喜ばせるために誂えたような日程だなぁ、と。プリクラで年頃の女の子のようにはしゃぎ、クレーンゲームの景品に目を輝かせる。そして、シネマ村。まぁ、面倒は多いが、喜んでくれるならいいか。
「で、どんなのが好きなんだ?」
「鬼平犯科帳」
「――渋いなぁ」
今回はなし
なぜかはしらねど、ウチの月読はフルタイムで白目と黒目が逆になってる眼をしてそうな気が。何故だ(※挨拶)。おかしい、そんなつもりはなかったのに。あと、よーやく気付いたが朝倉に魔法ばれるイベント忘れてた。はっは。あと、チャチャゼロの存在をパーフェクトに失念。どーしよう?(※どーもこーもありません) 息抜きで書いてるから改定とかしたくないしなぁ。つーか改定したら『ぼくうた』の二の舞になりそーな。うん、よし。気付かなかったことに(ぉ まぁ、そんなこんなで今週はこの辺で。では、また来週ー。
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