無題どきゅめんと


 彼女は、目の前で緩やかな放物線を描きつつ、重力加速度を増して落下しつつある相手を呆然と眺め、

 ――こないな結末、認めへんぇ。

 普段は、常に笑みを浮かべている顔に、憤怒の表情を浮かべて、足場を蹴った。認めへん、認めへん。ウチは、こないな結末認めへん。折角、愉しく切り結んどったのに、もうすこし追い込めば、本気で殺し合えたかもしれへんのに。

 だのに、その殺し合うべき相手は、至極満足そうな表情を浮かべ、地面に向けて叩きつけられようとしている。違う。違いますえ。その表情は、ウチを殺すか、ウチに殺されるするときに浮かべなアカン表情ですえ。

 彼女は、駆ける。果たして、自分が何の為に駆けているのかもさだかではないまま、肉体の限界に挑む勢いで、駆ける。駆けて、何を為そうというのか。地べたに叩きつけられる定めにある相手を助け、巫山戯るなとその満足そうな顔の横っ面をはたくつもりか、はたまた、たかだか地べたに取られるぐらいなら、と叩きつけられる前に、その細い首を掻き切るつもりか。

 何を為すべきかも判らぬまま、彼女は激情に身を委ねるままに、その身体を疾駆させる。が、届かない。限界を超えんとするあまり、足の、といわず全身の筋組織が悲鳴をあげるのにも構わず吶喊しているが、彼女が相手に手を届かせる前に、相手は、地面に血と肉で形作られる無残な華を咲かせてしまう。いかな超人的な身体能力を誇る神鳴流の剣士であっても、物理的な距離、そして血も涙も無い物理法則には抗うことは出来ない。

 ――いやや。

 彼女はきつく、血が滲むほどに唇を噛んだ。

 ――いやや、認めへん。

 彼女は、どう足掻いても避けようのない数瞬後の未来に、全身全霊で拒絶の意志を叩きつける。そして、彼女が限界をとうに超えた肉体に更に鞭打つべく、人間の発するものとは思えぬ獣じみた咆哮をあげたその瞬間――

☆★☆★☆

「とほほ」

 シネマ村のゲート――年代物の和風の大きな門を模して造られたそれをくぐった横島は、軽くなった財布を手の中で弄びながら、情けない声を漏らした。自分の分――そしてエヴァンジェリン、茶々丸、ハルナ、夕映と計五人分の入場料を払わされたがゆえの溜息とも慨嘆するともつかぬ声だった。


 ことの始めは、木乃香を抱かかえてシネマ村に飛び込んでいった刹那――無論、無賃入場だ――を追って、だが刹那たちとは異なり、他の観光客の後ろに並んで入場用のチケットを入り口近くのチケット売り場で買い求めようとしたときだった。

「横島、奢ってくれるのだろうな?」

 けして脅すようにではなく、むしろねだる様にして、自分の隣に立つ横島に言うエヴァンジェリン。その幼くも整った顔には期待に満ちた表情が浮かんでいた。財布から出て行く金に関しては何処までも吝い横島だったが、このような笑顔を見せられては、首を横には振れなかった。もっとも、その判断の背後には、断ったら酷いことになるんだろうなぁ、という至極現実的な予感というか予想があるのは言うまでも無い。

「よろこんで奢らせてもらうよ」

 苦笑交じりに、横島がそう応えたときだった。ふと、自分たちの背後に、いままでその存在を感じさせぬ調子で控えていた茶々丸の姿が視界に映った。用がない限り、けして前に出ようとしない――今回の場合、横島と二人きりで喋りたい、という主人の意向も汲んでいるのだろう――見事な、これ以上ない文句のつけようもない従者ぶりを発揮しつつある茶々丸が、自分用のチケットを買い求めるために財布を出したのを見て、横島は反射的に口を開いた。

「茶々丸さんの分も払っておくよ」

「――私の分もですか?」

 横島の好意――たとえロボであろうと人外であろうと、カワイイ娘さんには優しさを発揮する横島の好意から出た言葉に、茶々丸は困惑したように声を漏らした。そして、ついと視線を主に移すと、

「…………」

 そこには、面白くなさそうな顔をしたエヴァンジェリン。当然だった。とはいえ、横島がそれに気付くはずもない。ここで気付くことが出来るのであれば、とうの昔にハーレムの一つや二つは作っている。女心と色恋の雰囲気を読むことにかけては無類の鈍さを発揮する横島の面目躍如といったところだろう。もっとも、本人としてはハナクソほども嬉しくないだろうが。そうした次第で、茶々丸が主人の顔色を伺い返事を返す前に、横島はチケット売り場の売り子に、大人一枚、あと中学生二枚、と伝えてしまっていた。

「あ、横島先生」

 その光景を横島たちの後ろで見ていたハルナが期待に満ちた声で横島の名を呼ぶ。この段になって、横島は何か自分がしてはいけないことをしてしまったのではないか、とちょっぴり思ったりしたが、時すでに遅し。自分を呼ぶ教え子の声に振り返った横島は、浮かべていた苦笑を引き攣らせた。そのままの表情で横島はハルナに問う。

「なにかな? 早乙女さん」

 が、ハルナは応えない。ただ、さきほど横島を呼んだ声に含まれていたものを表情に表してじっと横島を見ている。

「あの、早乙女さん?」

「(じぃ〜〜〜〜〜〜)」

「えーと」

「(じぃ〜〜〜〜〜〜)」

「その…………」

「(じぃ〜〜〜〜〜〜)」

 根負けしたのは、横島だった。

「あー、もう。判った、判ったからヒトをそんな目で見るんじゃない」がしがしと結い上げた髪が乱れるのも気にせずに頭を掻いて、横島は注文したチケットを横島に差し出している売り子に向き直る。「すいません、中学生、あと二枚」

「しゃあっ!!」

 その台詞に、ハルナは勝鬨をあげる。そんな友人を呆れた目でて、それまでことの成り行きを見守っていた夕映が口を挟む。

「まってください、横島先生、私たちの分はじぶ――」

「夕映!!」

 ――んたちで払います、と言おうとした夕映の声を、ハルナは大喝して遮った。突如声を張り上げた友人に思わず目を丸くしている夕映の肩をがっしと掴んで、ハルナはどこまでも真剣な目でせつせつと説いた。

「いい、夕映? 私たち中学生はお小遣いつっても多寡が知れてる。節約すべきは節約して、倹約すべきは倹約するに限るのよ」それに、とハルナは言った。「金持ってる相手の懐は探ってなんぼよ」

「どーでもいいがそれ奢らせる人間も前で言うな」ずびし、とバックハンドでツッコミを決めて、横島は言った。言って、横島は苦笑を浮かべながら夕映の方を見た。「まぁ、早乙女さんの意見は極論だけど」

「極論というか暴論なのです」

「――まぁ、そうとも言う」真顔で返す夕映に、苦笑を深めて、だが横島は言った。「それは兎も角。キミらはまだ子供なんだから、大人が奢るっていったら素直に有難うって言っとけばいいのさ」

 言って、横島は何処で買い求めたのか珍奇なジュースを啜る夕映の頭に手を置いて、ぐりぐりと撫でた。子供扱いされて若干不満そうな表情を見せる夕映に、ほらほら、むくれないむくれない、と言いつつ売り子に札入れから諭吉さんを出して精算を済ませた。エヴァンジェリンが膨れっ面をしていることに気付かないまま。


「ふン、莫迦が」肩を落とす横島の隣を、肩を怒らせながら歩くエヴァンジェリンが、鼻息も荒く鼻を鳴らしながら言う。「散財を嘆くぐらいなら最初から見得など張るな」

「つってもなぁ」いささか軽くなった――気分的にはかなり軽くなった財布を仕立てのいいジャケットの内懐におさめながら、横島は苦笑しながら応える。「大人にゃあ、見得を張らにゃならんときもあるんだよ」

 悲しいけど、これが世間ってもんなのよね、と嘯く横島に、エヴァンジェリンは、もう一度、莫迦が、と呟いた。むろん、罵詈を吐かせるのは、そうした横島のつまらない矜持などではなく、横島が、自分が何について怒っているのか理解していない、という一点につきる。加えていうなら、常は自分の特権である、横島に頭をかいぐりされるという行為を、夕映がされた、ということも腹立たしい。自分の隣を歩きながら、辛い辛いが浮世のさだめ、などと外れた調子で口にしている横島を睨むようにして一瞥して、エヴァンジェリンは思った。どうもこの女は、自分が私のモノだという自覚が足りない。圧倒的に足りていない。口吸いのひとつやふたつでは駄目ということか? ええい、ならば――

「およ、あれってば桜咲さんたちかい?」

 エヴァンジェリンの思考を遮るようにして、頭上から横島の声が響いた。微かに眉をしかめたエヴァンジェリンは、横島が視界に捉えているであろうものに視線を向けた。はたしてそこには、確かに横島のいうとおり、桜咲・刹那、近衛・木乃香の両名が人ごみに紛れるようにして立っている。ただし、

「なんだ、あの格好は?」

 両名とも、シネマ村に無賃入場する前に着ていた服装ではなかった。和装――簡単に表現してしまえば、その一言に尽きる。昨今、いかに日本の古い文化の中心である京都とはいえ、街で見かけることは少なってきているが、和装事体はさして珍しいものではない。とはいえ、珍しくも無いありふれたものにエヴァンジェリンが声に怪訝の色を滲ませるはずもなかった。両名が纏っているのは、まったくもってありふれていない和装だった。

「お姫さまと新撰組、ねぇ」

 まぁ、確かに近衛さんはいいとこのお嬢さんだし、桜咲さんもやっとうの徒だから外れちゃいないんだけど、と横島が呟くようにして言った。横島の呟きが示すように、木乃香はどこぞの姫君のような艶やかな着物を纏っており、刹那は刹那で、かつて幕末京都に血風を吹き荒ばせ、壬生狼と怖れられた新撰組隊士の装束――誠の一字を背に負った浅木色のだんだら模様があまりにも有名な羽織に袖を通している。

「しかし、なんでコスプレ?」

「更衣所であの手の衣装を貸し出しているそうです」

 首を傾げた横島に、横から夕映が教えた。手には、入り口で貰ったパンフレットを持っている。夕映の言葉に、ははぁ、なるほど、と横島は相槌をうった。よく見れば、あちらこちらに今日び街で見かけることは無いたぐいの衣装に身を包んだ素人とおぼしき人々を見ることができた。内心で、随分とサーヴィスのいいことだ、と思っている。

「しっかし、さっきの二人っきりになりたい宣言といい、あの雰囲気といい」置いてある服の種類とか判るかい? 少し待ってください、と言葉を交わす横島と夕映の後ろから、にょきりと顔を出してなんともいえぬニヤケた顔でハルナが口を開いた。「どてらいラヴ臭がプンプン漂ってるわね」

「ラヴ臭ってなんだラヴ臭って」

「ただの仲の良い二人にしか見えませんが……」

 あのくらいはいるですよ、と友人の困った悪癖に呆れたように夕映は溜息でもつくように言う。が、ハルナは自分の直感――鼻で嗅ぎ取るたぐいのものではない嗅覚の正しさを確信しているかのように、いーや、と首を振る。

「これは間違いないよ、いやホント」

「だからラヴ臭ってな「ふっふっふ、確かにアヤしいねぇ、あの二人♪」――何処から湧いてきたパパラッチ」

「わあっ!? 朝倉にいいんちょ達!?」

 不意に聞こえてきた自分たち以外の声――そして横島の呆れたような声に振り返って、ハルナは思わず胆を冷やした。自分とは歩む道こそ違うものの、人様の恋路を見つけることに関しては自分に比肩する報道部所属の神出鬼没の女傑、朝倉・和美とそのグループが何時の間にか後ろに立って、さきほどまでの自分と同じような顔でニヤニヤと笑っている。あちゃあ。ハルナは思わず顔を覆いたくなった。可能であれば、最後まで手を出すことなく、その恋路の結末を見届けた上で創作のネタにする自分と違い、このパパラッチと尊称される女傑は、結末などどこ吹く風といった按配にあちらこちらにタレ流す。出来ることならば、この蕾のような禁断の恋が満開の花を咲かせるところを見てみたいと思い始めている自分にとって、朝倉に嗅ぎ付けられたということは歓迎すべき事態ではなかった。さて、どーしたもんかねー、と一瞬考えて、ハルナはとりあえず安直ではあるが、話を逸らせることにした。

「あんた達もシネマ村に来てたんだ――てか、何ガッツリ仮装してんのよ」

「いやいや」あくまで、面白いと思っただけで、まだネタにするとは考えていなかったらしい朝倉は、あっさりとハルナの手にのる。「ここに来たら、やっぱり、ね。あんたも着替えてきたら? 結構イロイロあったよ」

 確かに、様々な貸衣装が置いてあるらしい。朝倉たちの様子からもそれが窺える。ふぅん、じゃあ私も――朝倉の言葉にハルナがそう思ったとき、なにやらガラガラと路上を走ってくる音が聞こえる。ハルナにとって聞こえてくるこの音で一番近いものは、学園祭の準備期間によく見かけるリヤカーのたてるそれだが、今聞こえてくるそれは、リヤカーの出す音よりももう少し金が掛っているように思えた。

「あー、何か来たよー」

 どうやら、同じ音を街娘ふうの装束に身を包んだ村上・夏美も聞きつけたらしく、音のする方を指差す。と、ガラガラという音に混じって、馬の蹄が奏でるリズミカルなな足音も聞こえてくる。直後、

「ああ、馬車か」

 なるほど、リヤカーよりもハイソな音がするわけだ。視線の先にいる刹那たちのすぐ傍に急停車したそれを見て、ハルナは納得したように頷いた。明治の御世に華族だなんだといった御大尽が乗っていたようなそれは、たしかに、リヤカーなどよりもよほど値が張るだろうと思われた。いやしかし、御者が黒子っておかしくない? ハルナが取り合わせの珍奇さに首をかしげると、馬車の座席に腰掛けていた人影が、典雅な動作で腰をあげるのが見えた。はぁん、差し詰め華族の娘ってとこかな?

「――? 横島先生、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと眩暈が」

 ハルナが不意に視線を外すと、屈みこんで頭を抱えている横島が目に入った。何故かは知らねど、自分では如何ともし難い理由で引き起こされた頭痛を堪えているように見えなくも無い。大丈夫ですか、とハルナは心配したように声をかけた。

「ああ、うん」しゃがみ込んで自分の顔を覗き込むようにして言うハルナに、無理矢理笑顔を浮かべて、横島は応えた。「大丈夫。――――多分」

 ハルナに応えてから、よろばうように立ち上がった横島は、出来れば見たか無ぇなぁ、と思いつつも、何処の鹿鳴館に行くんだおい、と言いたくなるような古風なドレスに身を包んだ人物を見る。思う。なんというか、アレだ。連中、アタマからケツまでこの調子でことを進める気でいるのか。面倒事は嫌いだが、やるならやるでもう少し気の入るやり方をしてくれりゃあいいものを。いやいや、もしかして、こちらにそう思わせることこそ、連中の――千草ちゃんの狙いなのかも。喋ってみてそれなりに判ったが、あの子はけして莫迦じゃあない。ヘルメット被って内ゲバやらかした赤い連中や、軍艦にモーターボートで突っ込む原理主義者でもない。少なくても、周りは見えるぐらいの理性はある。うん、やっぱり油断を誘ってると考えるほうが妥当だな。

「シネマ村では、お客を巻き込んで突然お芝居が始まったりするらしいです」

「へぇ、面白いねぇ――設定メチャクチャっぽいけど」

 考える横島の耳に、夕映とハルナの会話が聞こえてくる。ふむん。横島は顎を撫でるように擦りながら思った。衆人環視の中、白昼堂々と仕掛けるには都合がいいな、と。矢張り、なにもかも計算づくでやっていると考えておくべきか。横島が、厄介なサーヴィスもあったもんだ、と溜息をついていると、なにやら刹那が叫び、その声に応えるように、華族のお嬢様――月読が、妙に浮かれた調子で手袋を外し始める。

「あはは、これで桜咲さんにあの手袋を投げつければ決闘になるんだけどねぇ」

「いくら劇とはいえ、お客にチャンバラはさせないと思うです」

 月詠の動作を見て、他人事のように――いや、まぁ、実際に他人事なのだが――ハルナが言い、そんなまさか、と夕映が応えた瞬間、

「「あ、投げた」」

 月詠がぺしりと手袋を刹那に向かって投げつける。およよ、ホントになっちゃったよ、とハルナが驚き、ああ、やっぱこういう展開なのな、と横島が諦めにも似た表情で溜息をつく。そんなギャラリーの感想など知るはずもない月詠は、絶えず浮かべている笑顔のままで、刹那と、その後ろに隠れるようにしている木乃香に向かって謳うような調子で口上を送り、

(いやはや)

 横島は、それを見て、よくやるよ、と苦笑を浮かべる。横島の苦笑を横に、それを見ていたギャラリー――2−Aの面々は、刹那と月読の間に漂うただごとではない雰囲気を感じ取って、もしや、これはただの劇ではないのでは? とざわめき始める。

「え?」級友たちの交わす言葉に、夕映は首を傾げた。「そ、それはつまり?」

 色恋に関することには疎いせいで、普段の聡さを発揮できずにいる夕映に、焦れたようにハルナが教えた。

「だからぁ」矢張り、私の嗅覚は間違ってなかったね! と鼻息も荒くハルナは言った。「このかと桜咲さんがそーいう関係でぇ、更にこのかに横恋慕する第三の女が現れてシネマ村のお芝居にかこつけて略奪愛!! ……かな?」

「疑問系ですか」

 そうした外野の想像などお構いなしに、月詠は、木乃香をかけて、というよりも、刹那と闘うのが本命と言わんばかりの調子で口上の言い終える。そして、

(――ああ)

 教え子たちの妙な鋭さに関心すべきか呆れるべきか判断を迷っていた横島は、月詠が最後に見せた笑みを目にして、どうしようもない疲労感を覚えた。あれは、闘うのが、戦うのが、三度のメシより好きな手合い――正真正銘掛け値無しの戦闘狂が浮かべる表情だ。しかも。横島は思った。かつての欠食友人や人狼少女、そして、この世界でとった糸目の忍者娘弟子と異なって、あれは、外れてしまった者の顔だ。外れてしまった者の目だ。少なくとも、外れかかっていることだけは確かだ。可哀想に。横島は、紛れも無い憐憫の表情を浮かべた。

(折角、将来が楽しみなお嬢ちゃんだってぇのに)

 だというのに、行き着く先は、ニンゲンの形をしたナニか。勿体無い。馬車に乗り込んでその場をあとにする月詠を見送りながら、横島は溜息をついた。あの手の人間は、自分がどんなものに成っていくのか、どんなものに成っているのか、どんなものに成ってしまったのか――その何れにも気付くことが出来ず、ただ壊れた何かに命ぜられるままに駆け抜け、周囲と自分に災厄をさんざん撒き散らしたあげく、誰も彼も巻き込んで自滅する。本当に勿体無い。とはいえ、出来ることなら関りたくないもんだ。

 溜息をついて横島は、もう見えなくなってしまった月読の乗る馬車から視線を外し、無理矢理茶番劇の舞台に上らされてしまった刹那たちのほうを見た。刹那は表情を固くし、木乃香は、

(まぁ、無理もないか。可哀想に)

 怯えていた。本当に、無理もない話だ。少なくとも、多少アクは強いものの、まずまず心根の優しい友人たちに囲まれて過ごし、自分を宝石のように大切に思ってくれる親族に囲まれて育った木乃香にとって、あの手の人間の撒き散らす気配は怯えを呼び起こして然るべきものだった。月詠と、彼女の瘴気とでも呼ぶべき気配に怯える木乃香の双方に憐れみを覚えて、横島は次の瞬間、ハっとした。なんてこった。俺の護衛対象――近衛さんを狙ってるのは、あの外れたか外れかけてるかする少女。つまり、俺もばっちり関り合いにならんといかんやないか。なんてこった、可哀想なのは俺もかよ。

 刹那のもとに駆け出し、彼女を囲んでやいのやいのと騒いでいる教え子たちを眺めながら、横島は、今日一番の溜息をついた。畜生め、他人を憐れんでる場合じゃねぇや。麻帆良に来て以来、一日一回は味わっている人生と世の中の侭ならなさを改めて痛感していると、ハルナや朝倉たちに囲まれて質問攻めにあっている刹那と眼があった。

☆★☆★☆

「ちょっと桜咲さんどーゆーことよー?」

「今の心境はっ!?」

「もーなんでこんな重要なこと言ってくれなかったのー?」

「それでそれで二人は何時から付き合ってるの!?」

「今の子はナニ!? センパイとか言ってたけど昔の女……とか? キャーッッ♪ あーそっか桜咲さんも、このかも確か京都出身だもんねー。なーるーほーどー♪」

「ちょ、ちょちょっと待ってください!」先程までの緊迫感が嘘のような、恐ろしいまでのかしましさに包まれて、刹那は目を丸くした。妙に、ウキウキとして目を輝かせている級友たちの表情に困惑を覚えながら、刹那は自分に質問を投げつけまくる級友に問いを発する。「皆さん何の話をしてるんですか!?」

「いやいや、うん。お姉さんは応援するよぉ」刹那の問いを、誤魔化すためのそれと勘違いした質問者その一――朝倉・和美は、したり顔で頷いてみせる。「記事にするとか野暮は言わないから安心してって」

「私たち味方だからね桜咲さん!!」朝倉の言葉に同意するように、ハルナも言う。「その代わり、今度取材させてね!! ネタを使う時は名前もシチュエーションも変えとくから大丈夫!!」

 あ、いけない。刹那は思わず顔を引き攣らせた。おそらくは、さきほどの月詠とのやりとりを見ていたらしい級友たちが想像力というか妄想力を逞しくしている様子を見て、刹那は悟った。コノヒトたちは何か著しく勘違いしてる。とはいえ、これほどヒートアップしていてはいくら自分が弁解しようと聞く耳は持ってもらえないだろう。にっちもさっちもいかなくなった刹那は、ふと視界の隅に映る人物を注視した。呆れたような顔でこちらをみる金髪の幼女を隣に侍らせて、妙に疲れた表情を浮かべている妙齢の美女――横島を見ると、不意に視線が合った。刹那は縋るような思いでアイコンタクトを試み、

(よ、横島先生助けてください!!)

(――――――――ガッツじゃぜ?)

 激しく失敗。というか、助ける気がさらさらないっぽいのは気のせいか。あっさり横島に見捨てられて、刹那はあうう、と本気で困り果てた。そうしている間にも、自分を取り囲む級友たちはますますヒートアップしていく。 

「とりあえず私たちも着替えてこよう! こうなったらとことん付き合うわ!!」

「ナニにっ! というかドコに!?」

「いくよ夕映! あ、横島先生たちも!!」

「ちょ、待つですハルナ」

「エヴァちゃん、和服着てみるかい?」

「ふむ。――それも一興だな。行くぞ、横島、茶々丸!」

「はい、マスター」

「あ、横島先生にエヴァンジェリンさんも!? というかこの状況をなんとかしてから――」

「ま、桜咲さん」自分に背を見せて更衣所へと歩み去っていく横島たちを引きとめようとした刹那を、朝倉はその肩をがっしと掴んで引き止めた。な、何か? と油の切れたロボットのように振り向いて引き攣った笑みを浮かべる刹那に、とびきりの笑顔を浮かべながら朝倉は言った。「とりあえず、二人の馴れ初めなんかを聞かせてもらおうかしらん?」


『知ってるようで知らない世界〜 if 〜』第二十五話『キネマの天地3』了

今回のNG

今回はなし





後書きという名の言い訳。

キャラの名前を間違うのは二次創作書きとしてどうか(※挨拶)。タグ打ってる最中に気付いたよ。既存分は適時訂正していこうと思いまするー。今日はお疲れモードなのでこの辺で。では、また来週ー。



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