――Crimson Sin ――



トップページ

掲示板




            


 ――耳をうつのは、幾つものくぐもった悲鳴。
 あるいは、逃れえぬ絶望に囚われた者のみが吐き出す呪詛の言葉。
 そのどちらもが、さほど心に届かない。
 初めは耳に心地よく響いていたはずのそれらは、いまでは木の枝が風にそよぎ擦れ
合う音ぐらいにあってあたりまえのものになっていた。
 つまるところ、私は酷く飽きていた。
 地獄の責め苦とさほどかわることのない行為に、悶え苦しみ苦悶の声を洩らす見知
った人々。彼等の搾り出すような悲鳴に。
 血を呑むという、生存に必要不可欠な行為。永遠に近い寿命を得ておきながら、他
者の命を喰らわねば崩れ去り塵と消え行く矛盾――それは、いい。
 不完全であることを受け入れつつ、仮初めの永遠を手にしたのだ。すこしばかりの
代償は支払ってしかるべきなのだろう。
 しかし――なんという、退屈。幾度目かの転生の果てに辿りついたこの命。彼女が
この命を刈り取りにくるまでの暇潰しにはじめた娯楽。
 だが、それは思いのほか面白いものではなかった。
 かつて笑顔で会釈をかわし楽しげに談笑した、街の人々を血を啜るわけでもなく、
彼等の体のパーツをもぎ取り、死なない程度に痛めつけ、苦しめる。
 この浅い血の海で、溺れかけ、死にかけ、絶望にとらわれつつも未だ生にしがみつ
こうとしている芋虫を思わせる有様の彼等が奏でる悲痛な声の合唱は、もはや私にな
んの喜びもあたえない。
 冷めた視線で眼下で蠢く無様な生物たちを一瞥する。誰かが悲鳴をあげている。
 ――それは、自分の中で泣いていた。かつて私であった心が、私の心の片隅でただ
涙を流していた。あるいは、彼女の嗚咽を聞くためにこの行為を続けるのもいいかも
しれない。
 目の前であがく者共があげる悲鳴より、よほど心に響く。
 なるほど、道理ではある。くすりと嗤う。
 自らの内より響くのであれば、内心に届かぬはずがない。
 ――ああ、そうしよう。
 彼女が私の命を刈り取りに現れるまでの余興としては十二分に楽しめるだろう。

                      *

「先輩、どうしたの」
 彼は、子犬のそれを連想させる愛くるしい顔を、こちらの顔を覗き込むようにして
訊ねてきた。眼鏡の奥の瞳には私を気遣う色が浮かんでいる。
「――なんでもないんです」
 ちょっと考え事をしていただけですから。そう言って私は出来るだけ明るい笑顔を
浮かべてみせた。昔のことを思い出していたなんて、彼には言えない。
 彼――遠野くんは、ふぅん、とあまり納得していないように頷きながら昼食を再開
した。秋の澄んだ高い空から注がれる、暖かな陽光。その心地よい適度な熱を浴びな
がら学校の中庭でとる、昼食。
 ふいと遠野くんのお弁当に視線を落す。
 彼の家のお手伝いさんが作ってくれたという話のお弁当は、量こそ小食の遠野くん
に合わせて少なめだが、実に美味しそうに見える。中でも、あのタコさんウインナー
は素晴らしい。デザートについているリンゴが、うさぎさんになっているのもポイン
トが高い。そして、トドメといわんばかりにご飯が三色そぼろご飯になっている点な
ど感嘆の声をあげるよりほかはない。
 ――なんて、見事なお弁当。
「――先輩」
 戸惑うような、遠野くんの声で我にかえる。
「食べますか?」
 ――よほど弁当箱の中身に魅入ってしまっていたらしく、遠野くんは私にそんなこ
とを言ってきた。
 いただきます。そう言ってしまえ、と心の何処かで誰かが語りかけてくる。
 だが、人様の弁当を物欲しそうに眺めていたのを見られたあげくに、施しをうける
というのは人として如何なものか。遠野くんに食い意地のはった卑しい女だと思われ
てしまうんじゃないか?
 ――断ろう。
「いただきます」
 矢張り、私は食い意地がはっているのかも知れない。泣きたくなるほどの羞恥に顔
を赤らめつつ、差し出された弁当箱の中身に箸を伸ばした。
 そのお弁当は、とても美味しかった。
 弁当箱の中身を七割がた胃に移し変えたところで、遠野くんがニコニコとした顔で
こちらを見ているのに気がついた。
「遠野くん」
「なんですか? シエル先輩」
 やはり、ニコニコとしながら遠野くんは首をかしげた。
「あんまり女の子がご飯を食べてるところを見るのは良くないと思います」
 恥ずかしいし。
「あ――ごめん」
 少しばかりばつの悪そうな顔で、謝る。
「先輩がほんとに美味しそうに食べるもんだから、つい」
 ――そんなにがっついていたんでしょうか、私。
 そう思って、恥ずかしくて顔がみるみるうちに赤くなる。火がついたような有様に
なってしまった顔面を両手でふさぎ俯く。
「あー」
 遠野くんが、困ったように声をあげた。おそらく、私が何を考えたのか判ったのだ
ろう。死ぬほど恥ずかしい。
「違う、違うってば。誰も先輩のことを食いしん坊だなんて思ってないって」
 ――それ、ちっともフォローになってません。
 と、そのとき昼休みの終わりと五時間目の予鈴を兼ねるチャイムが中庭に響いた。
「あー、ほら、先輩」
 がくりと肩をおとしうなだれる私に、遠野くんがあたふたとしながら声をかける。
「五時間目はじまっちゃうよ」
 その一言で、食べかけの弁当を一息で胃の中におさめ、弁当箱を手早く包みでくる
んでがばっと勢いよく立ち上がる。
「――ごちそうさまでした」
 ずぱっと差し出された弁当箱におっかなびっくりで手を伸ばし受け取ると、遠野く
んは、
「おそまつさまでした」
 と言ったあとで、いや別に俺が作ったわけじゃないんだけどなどと小声でごにょご
にょ言いながら笑顔を浮かべる。
 昼休みのどこか浮ついた雰囲気が校舎の中から急速に薄れていき、多くの生徒にと
って退屈な時間が情け容赦なく忍び寄ろうとする気配。
「それじゃあ、また放課後に」
 なんて言いながら、先ほどまで内心を支配していたこの場から脱兎の勢いで逃げ出
したい気持ちを強引にねじふせ、マットに沈めてスコーピオン・デス・ロックで悶絶
させたあとでフォールに持ち込んで、なるたけ先輩風を吹かせているオネエサンに見
えないこともない笑顔を浮かべて、遠野くんに背を向ける。
「あ、先輩」
 背を向けた途端に可及的速やかにこの場から撤退すべくマッハの速度で走り去ろう
と思っていたら遠野くんに声をかけられた。
「なんですか? 遠野くん」
「お弁当美味しかった?」
 ――遠野くん、その顔は反則です。駄目です却下です不許可です。そんな笑顔をさ
れたら私はいったいどんな反応をすればいいんですか。
「美味しかった……です。はい」
 ぐるんぐるんと回る意識の中で、そう答えるのが精一杯。たぶん、今の私は火が吹
くどころかビッグバンでも起こったように真っ赤な顔になっているに違いない。
 私の返答を聞いた遠野くんは、やっぱりとっておきの笑顔を浮かべたままで、
「じゃあ、今度からは琥珀さんに言って先輩の分も作ってもらうように頼んでおきま
す」
 なんて言う。
「あー、でも、それは――」
 そんなの悪いですとか何とか言おう思った。が――
「ご飯はカレーピラフで良かったですか?」
 の一言で吹き飛んだ。
「それは、是非」
 ――やっぱり食い意地がはってると思う。
 
 
 遠野くんと別れ、自分のクラスに戻る途中の風景。
 自分の教室に急ぐ者、時間ぎりぎりまで廊下で、親しい友達と他愛もない話に興じ
る者、
 ――そんななんでもない風景に、あたりまえに溶け込んでいる自分に酷い違和感を
覚える。
 確かに、私はこんななんでもない、あたりまえの風景に憧れていた。そして遠野く
んは、それを手に入らない幻のようなものだと思っていた私に、それは私が望めば何
時でも手に入るものだと言ってくれた。
 ――しかし。
 私はこんなにも幸せであっていいのだろうか?
 不意にそんな思いに囚われる。
 遠野くんに話せば、――そんなのあたりまえじゃないか、と笑ってそう言われると
思うし、私もそんな遠野くんの言葉で救われるんだろう。多分。
 でも、やっぱりそれはどこか違う。
 私はこれほどまでに幸せであっていいはずがない。
 朝、目を覚まして窓を覆うカーテンを開いて日の光りの眩しさに目を細めて大きく
背伸びをしてから今日も一日がんばるぞーなんて気合を入れたあとで作り溜めしてお
いたカレーを温めて胃に放り込んでから学校にいって同じクラスの顔見知りとおはよ
うなんて挨拶をかわしたり遠野くんとぽかぽかとした陽の光りを浴びながら中庭で仲
良くお弁当を食べたり放課後に茶道室でまったりとお茶を飲みながらどうでもいい話
に花を咲かせてみたり放課後にちょっとてれながら夕日に照らされて手を繋いで帰っ
たり。
 ――そんなどこにでも転がっていそうな、あたりまえの幸せを私が噛み締められる
道理が、ない。
 どうしてオマエだけ幸せなんだい?
 ふと父母の声が背後で聞こえた気がしてビクリと振り返る。
 無論、そこには父母はいない。
 第一、あの人たちはあんな地獄の底から誰かを呪うような声をしていない。
 ――少なくとも、私の知っているお父さんとお母さんは。
 気のせいだ、そう考えて教室に入る。
 つまるところ、私は幸せであることが怖いのだろう。
 現国の教師の間延びした声を右から左に聞き流しぼんやりと考える。自分が罪人だ
と自覚しているうえにそれを贖う術を知らない――そのことが不安を駆り立てる。
 なんとなく口元にあてようと持ち上げた掌が血で真っ赤に染まっている。幻覚だ。
 私の手は血に染まってなんかいない。
 ――本当にそうか。
 背後から声が聞こえる。
 ――オマエの手は本当に血で染まっていないのか?
 幻聴だ。
 ――オマエが手に掛けた人にあらざる者たちの血飛沫でカソックを濡らしたのは一
体何処の誰だ?
 五月蝿い。
 ――オマエのその両手を見てみろ、真っ赤に染まっているじゃないか。
 幻覚だ。
 ――オマエがその手にかけたのは人にあらざる者だけか?
 五月蝿い。
 ――あの日、喉を苛む血の乾きに耐え切れなくなったオマエは何をした。
 黙れ。
 ――誰の喉にその犬歯をつきたてた?
 知らない。
 ――誰の血で乾きを癒した?
 覚えてない。
 ――オマエの両――
 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五
月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿
い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五
月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿
い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五
月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿
い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五
月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿
い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い――ッ!!
「シエル、大丈夫か?」
 その声で、ふいに正気に戻る。
 黒板の前で白墨を持った現国の教師が、心配そうにこちらを見ていた。
「気分が悪いんだったら保健室に行っておけ」
 何を言っているんだろう――そう思って、驚いた。全身にびっしょりと汗をかいて
いる。暑いわけではない、むしろ寒気がするほどだ。
「すいません、保健室にいってきます」
 そう言って、席をたった。現国の教師は、おう、と答えて授業を再開する。教師に
指名された級友が朗読する坊ちゃんを背中で聞きながら、どうということはない日常
の風景から足抜けして、静まり返った廊下に出る。
 授業時間の廊下には誰もおらず、まるで時間が凍りついたような非現実的な雰囲気
を醸し出していた。それぞれの教室から漏れ聞こえる、教師たちの囁くようなかすか
な声が、ここが確かに現実と繋がっているのだと教えてくれなければ、本当に異空間
にでも迷い込んだんじゃないかと錯覚するほど。
 額に浮かんでいる汗を手で拭う。
 ぬるりとした感触。
 ふと拭った手を見ると、それは真っ赤に――
「――幻覚に決まってるじゃないですか、そんなの」
 汗で濡れた手をハンカチで拭きながら独り呟いて、保健室に足を向けた。

                    *

「先輩、たまには俺の家に寄っていきませんか」
 帰り道、血のように紅い夕日に照らされた遠野くんが唐突にそんなことを言った。
「はい?」
 我ながら間抜けな声だと思う。
「いや、たまには俺の部屋で先輩とゆっくりのんびりお茶でも飲みたいなー、と」
 あっちの方向を向いて、ぽりぽりと頬を指で掻いて遠野くんはそんなことを言う。
夕日に照らされてるせいではっきりとは判らないが、おそらく真っ赤になっているん
だと思う。
「――駄目、ですか?」
 私が、そんな遠野くんにぽうっと見惚れていて返事をせずにいると、遠野くんはし
ゅんとした表情で残念そうに言った。たぶん彼に犬の耳と尻尾がはえていたらぺたっ
と力がぬけてへたっている、そんな表情。
「そんなことはありませんよ」
 遠野くんのお部屋におじゃまするのはとても魅力的な提案ですけど――
「でも。秋葉さんは大丈夫なんですか? 私、秋葉さんにおもいっきり嫌われてるみ
たいですから、顔を会わせると酷い目にあいそうな」
 ――おもに、遠野くんが。
「ああ、それだったら大丈夫です」
 秋葉のやつ、今日は習い事で遅くなるって言ってましたから。翡翠や琥珀さんに口
裏を合わせてもらえば、何の問題ありません――多分。
「じゃあ、おじゃましちゃいます」
 そう言って笑ったあとで、もし秋葉さんにバレても酷い目にあうのは遠野くんです
から、なんて言って遠野くんを少しげんなりさせて、それを見てくすりと笑う。
 遠野くんのお屋敷へと向かうゆるい坂道を、夕日に照らされて二人で歩く。
 お屋敷につくまで、先輩、お茶は緑茶と紅茶どっちがいいですか? あ、私、緑茶
のほうが好きです。ああ、じゃあお茶請けは和菓子にしましょうか。丁度おいしい羊
羹があるんです。えーっと、カレーパンはないんですか? ……先輩、普通、緑茶の
お茶請けにカレーパンは出ないと思いマス。あ、それ差別です。カレーパンはとって
も美味しいんですよ!? いや、それは認めますけど、やっぱりお茶請けにカレーパ
ンは。遠野くん、差別はいけないと思います。
 ――なんて、他愛もないことを話ながら二人で笑いながら歩いた。多分――いや、
私はとても幸せなんだろう。
 そう、幸せ。同じようにどうということない日常を、幸せと気付かないで送ること
が出来たはずの人々の怨嗟の声を踏みにじって手に入れた、幸せ。


「ほんとに美味しいですね、この羊羹」
 お茶を一口飲んでから口をつけた羊羹は、甘すぎず、それでいて口の中にほどよい
甘さがふわりとした感触で広がっていく、それはそれは絶品だった。
「でしょう?」
 遠野くんは、そんな私の感想を聞いて得意気に笑った。
 小さな子供がとっておきの玩具を友達に見せびらかす――喩えるならそんな笑顔。
「これ、琥珀さんが買ってきてくれたんですか?」
 あの味皇ですら唸らせかねない料理を作る人物なら、目利きの腕もさぞ大したもの
なのだろう。そう思っての一言だ。
 だが、その予想ははずれた。
「俺が買ってきたんです」
 少し驚いて、遠野くんを見る。そこには、やはり先ほどの無邪気な子供のそれにも
似た笑顔を浮かべる遠野くんがいた。
「いや、有馬の家にいたときにここの店のことを知って、それからずっと買ってるん
です。どうです、美味しいでしょう」
 そう屈託のない笑顔を浮かべたあとで、まぁ最近は懐具合があれですから滅多に買
えないんですけど、と少し苦い顔で笑う。
 遠野くんが秋葉さんからお小遣いを貰っていないという話は知っている。
 弁当を持参するとき以外に渡される食費を少しづつ切り詰めて交遊費にあてている
ことも知っている。
 ――ならば、この羊羹はそんな遠野くんが必死でやりくりしているお金の中から買
ったということだ。
「じゃあ、これは遠野くんにとってまさにとっておきのお茶請けなんですね」
 と、神妙な面持ちで私がいうと、
「うん、まぁ、そういうことになりマス」
 と、遠野くんは私の態度を訝りながら答えた。
「そんな貴重な羊羹を、私は食べちゃったんですね。――ぱくぱくと」
 そう、ぱくぱく食べた。
 むしろ、バクバク食べた、という表現のほうが適切かも知れない。封を切ったばか
りの紙箱から出された羊羹は、すでに四分の三ほどなくなっている。
 ――その、なくなった四分の三は私の胃袋の中。
「あー、いや気にすることないよ、先輩」
 ようやく私が何を考えているか察した遠野くんが、あわてるようにフォローする。
「先輩を誘ったのは俺なんだし、その、こうなることは判ってて出したんだし」
 だから、遠野くん。
 その、なんというか、
 ――それはフォローになってないと。
 がっくりと肩を落としながら内心でそんなことを思ってみたりする。
「いいですいいです。どうせ私は食いしん坊なんです」
 床に『の』の字を書きながらちょっといじけたあとで、すっと遠野くんの目を見据
える。
「――先輩?」
 真剣な瞳で見据える私に気圧されたように、遠野くんは私を見た。
「私は――遠野くんのとっておきの羊羹をぱくぱく食べちゃいました」
 そうですね? と目で念を押す。
「ええ、まぁ――でも、そんなこと」
 気にすることないよ、と言おうとする遠野くんの言葉を遮るように、私は次の言葉
を発する。
「だから、遠野くんにお詫びをしちゃいます」
「――お詫び?」
 はい? と遠野くんが首をかしげた。
「はい、お詫びです。遠野くん、ちょっと目を瞑ってもらえません?」
「こう、ですか?」
 言われるままに、遠野くんは目を閉じた。
「はい、そうです」
 そして、目を閉じて無防備な姿を晒している遠野くん、その唇にちょこんと私の唇
を重ねた。瞬間、遠野くんの眼鏡と私の眼鏡がぶつかり、こつんと乾いた小さな音を
立てた。
「――――ッッ!?」
 声をあげることも忘れて、遠野くんが驚いて飛び退く。見れば耳まで顔を朱に染め
ている。
 おそらく、私の顔も似たようなことになってるんだろう。
「せ、せせせせせせせせ――」
 激しくどもりながら、遠野くんがこちらを指差す。
 別に、これが初めてってワケじゃないのだけれど、遠野くんの反応はひどく初々し
く、まるで唇を奪った私が酷い悪人のような気がしてくる。
「せせせ――なんです?」
「せ、先輩――い、今ッッ!!」
 こう、手で大げさな意味の通らないジェスチャーをしつつ、遠野くんが言う。
 相変わらず顔は真っ赤。可愛いなぁ。
「はい、ですからお詫びです」
 なんてことはありませんよ――そんな顔で言ってみる。
 まぁ、私の顔も相変わらず赤いのだけれど。
「それとも――やっぱり、今みたいな軽いキスじゃ駄目でしょうか?」
 うっ、と息を呑む声が聞こえた。ぴしり、と硬直した遠野くんが、
「先輩、そんなことを言うのは反則です」
「駄目ですか?」
 駄目押し。
「――問題ありません。おっけーです」
 ただ、個人的には『軽くないキス』も味わってみたいというかなんというか、なん
て恥ずかしそうにごにょごにょと小声で呟く遠野くん。
「――それは」
 俯いて相変わらずごにょごにょと続ける遠野くんの頬に両手を添え――
「こういうのですか――」
 少し上を向かせて――
「――――ッッ」
 唇を重ねる。今度は、ゆっくりと。唇と唇を溶け合わせるように。普通、こういう
のは男の子のほうからするもんですよねー、なんて考えて、遠野くんの唇の感触を貪
るように味わう。
 焼けるようなその感触に背筋を焦がしながら、二人でお互いを求め合う。
 イニシアチブを取られたままなのが気に入らないのか、遠野くんは私の唇を割り、
自分の舌を私の口内に入れてきた。
「ん――」
 逆転する立場。
 遠野くんの唇を犯していた私が、遠野くんの舌に犯される。
 まるで、歯茎の隅から隅まで舐め取るように私の口内を蹂躙する。ともすれば膣の
中よりも感じてしまうんじゃないか――そんな溶けるような、快感。
「ん、ん――」
 独立した生命体のような動きで、遠野くんの舌が私の舌に絡みついてくる。
 なまじ見えないところで行なわれているだけに、その様子がいやに淫らな光景にな
って脳内でイメージを結ぶ。粘膜と粘膜が溶け合うようにして、舌と舌が絡み合う。
求め合う二つの生物が、毒々しいまでに赤い姿を頻繁に形を変えて蕩け合う。
 ――そんな想像をしていたら、ゆっくりとショーツの下が湿ってくるのを感じた。
「は、ぁ」
 どれくらい唇を重ねていたのか、交じり合った唾液をひきつつゆっくりと離れる。
 そのときなって、ようやく思い出したように呼吸をする。
 ――口の中に残った遠野くんの感触が、空気といっしょになって私のなかにはいっ
てくる。
 内側から遠野くんに犯される。
 そんなことを考えて、ひどく呼吸が乱れる。
「先輩?」
 声をかけてきた遠野くんの体に寄りかかる。顔を埋めた遠野くんの胸のなかで、荒
く呼吸をする。口と鼻からはいってくる、遠野くんの匂い。
「――――」
 その刺激が、ゆっくりと躯の奥に火をつけてゆく。
「遠野くん」
 懸命に平静を装おうとしながらも、口から出るのは上擦った奇妙な声。
「そのですね、もしかして、お詫びのしかたが足りなかったりとか、そんなことはあ
りませんか?」
 バクバクと暴走する鼓動を感じながら、そんなことを口走る。足りないのは私のほ
う。どうしようもなく、火照ってる。
「えっと、それはつまり――」
 そう言う遠野くんの手が、スカートから覗く私の太腿に伸ばされ――
「ひゃっ!?」
 触れる。
「こういうことですか」
 触れるか触れないか、という程度の微妙な感覚で遠野くんの掌が、私の太腿を優し
く撫でまわす。
 ぞわり、と総毛立つような快感。
「――そういうことです」
 口から嬌声が漏れてしまいそうになるのを堪えて、答える。
「そういうことなら、足りないと思いマス」
 俺の、もうこんなになってますから。そう言って、遠野くんは私の手をとり自分の
股間へと導く。
 ――すごく固くなってる。
 学生服のズボンの前は生地の下から突き上げられてパンパンになっていた。
 まるで、火傷してしまいそうな錯覚を覚える。
「こんなにして――痛くないですか、遠野くん」
 そう訊ねる私の視線は、遠野くんのパンパンに張っているズボンに注がれている。
「正直、辛抱堪らないって感じです。先輩」
 ――ええ、こんなにしたままじゃ辛いでしょう。
 だから、
「いま、楽にしてあげますね――遠野くん」
 そう、これから行なうのは、辛そうな遠野くんを早く楽にしてあげるための行為な
んです。
 けっして、私が、その、固くなった遠野くんのが欲しいとかそういう理由じゃない
んです。本当です。
 そう自分に言い聞かせて、慣れない手付きでズボンのジッパーを下げる。内側から
圧迫されていたジッパーは、スムーズに降りてはくれなかった。
 焦る。
 遠野くんが、見てる。
 焦る。
 ジッパーが、中ほどで引っ掛かったように動かない。
 遠野くんが、見てる。恥ずかしい。
 なんて、無様なんですか、私は。遠野くんが見てるっていうのに、緊張してジッパ
ーも碌に下げることが出来ないなんて。
 なんで下がってくれないんですか、このジッパーは。
 くっ、と力を込める。と、まるで意地悪するように動かないでいたジッパーが、す
るり、と下がった。
 途端に、弾けるような勢いで遠野くんの固くなったそれが、トランクスの生地ごと
ジッパーからはみだす。
 姿を見せた遠野くんのそれに、そっと手を伸ばす。さっきより明確に伝わってくる
熱が、私の恥ずかしい場所をとんでもなく熱くしていく。
 トランクスの生地をずらして、固いものを外気に晒した。生地と敏感な先端が擦れ
合う感触に遠野くんが、んっ、と声をあげるのが聞こえた。
 女の私から聞いても、まるで女の子みたいな可愛らしい声。
 駄目じゃないですか遠野くん。そんな声を出したりすると――
「――先輩ッッ」
 きゅっと、固く熱く怒張する遠野くんを握る。不意に与えられたその刺激に、詰ま
らせたような声をあげる。
 だから、そんな声を出されると――
 虐めてみたくなるじゃないですか。
 くすり、と加虐的な色をふくんだ笑いを洩らし、怒張する苦しげな遠野くんを握り
締める指先に少し力を込める。
 おかえしだ、とばかりに、手を焼いてくるような感じの熱。
 掌から伝わった熱が、脳を焼き、神経を焦がし、脊髄を痺れさせ、すでにとろとろ
になっている恥ずかしい場所を更に加熱していく。
 ちらり、と遠野くんの表情を盗み見る。
 赤く染まった顔を苦しげに歪ませて、荒く肩で息をしている。
 ――そんな表情は反則です。
 苦しげに息をして何かを堪える遠野くんは――ひどく可愛い。
 自分がサディスティックな気持ちになっていくのが、手にとるように判る。
「――辛いですか? 遠野くん?」
 なんて、言わずもがなのことを聞いてみた。
 返答はなかった。ただ、荒い息を返してくるだけ。
 その時、怒張する遠野くんを握り締める私の手を、なにかねっとりとしたものが濡
らす感触が伝わってきた。
 視線を移せば、遠野くんの苦しげに怒張する先端からにじみでた腺液が、私の掌を
濡らしているのが見える。
 ――我慢できないんですね、遠野くん。
「動かしますよ?」
 握っていた手を、上下にスライドさせる。
「く、ぁ……せ、先輩!」
 強く握ったままスライドさせる。快感を与える――というよりも、むしろ拷問に近
い行為。掌と癒着しているんじゃないか? と錯覚してしまうほど密着している怒張
した遠野くんの外皮は、私の手の動きに合わせて引っ張られ、上下する。
 膨張した海綿体に圧迫されているおかげで、ぱんぱんに張り詰めている外皮にはそ
の動きはかなりの無理がともなっている。
 それでも、刺激であることには代わりがない。
 苦痛という刺激にさらされた遠野くんは、私の手の中でまた大きくなる。
 ただ、指先に込めた力加減はかえていないから、それは新たな苦痛につながった。
「先輩…、い、いた――」
 そう言い掛けた遠野くんの唇をあいている左手の人差し指で、ぴっ、と押さえる。
「駄目ですよ。遠野くんは男の子なんですから、少しぐらいの痛みは我慢しないと」
 ――これから、気持ちよくしてあげるんですから。
 それまで、喩えるなら松脂を染み込ませたボクシングシューズでリングをすり足で
移動しているような感覚だった手が、次第に素足で水を張った田圃の中を進むような
それに変わっていた。
 ぴったりと密着していた掌と遠野くんの外皮、その隙間にじわじわと先端から滲み
出してきていた腺液が入り込んでくる。
 接着剤で固定していたように掌のスライドに合わせて動いていた外皮が、次第にそ
の動きのリズムを変える。腺液という粘質の潤滑油で、掌と外皮はずれたリズムで上
下する。
 もう、掌のスライドが苦痛をもたらすことはないのは明白だった。いつのまにか、
にちゃにちゃと淫猥な音を響かせるようになった私の掌。握りしめても、つるりと
滑るように力を流される。
 遠野くん、なんて――やらしいんでしょう。
 荒く息をして私に弄ばれている年下の男の子の姿をみて、そんなことを思う。
 ――いや。
 すぐに思い直した。
 いやらしいのは、私のほう。
 掌から伝わる感覚を増幅して遠野くんに伝えるように激しくスライドを繰り替えし
ながら、その行為にひどく欲情している。
 ――気がつくと、頭をさげて遠野くんの股間に顔を埋めていたりする。
 目の前の怒張をまじまじと眺める。前に一度だけみたことのある、遠野くん自身。
 今、こうやって眺めていても、あんな可愛い顔をしている男の子の持ち物だとは信
じられないほどの凶悪な大きさ。
 脊髄が、熱い。思考の奔流が脳を飛び出して、神経の束ねてある脊髄を速度規定な
んかまるっきり無視してアクセル全開で暴走しているみたいな感じ。
 その暴走する思考に促されて、凶悪で――喩えようもなく愛らしい、怒張した遠野
くん自身に唇をつけた。
「うぁ――せ、んぱ」
 柔らかなキスを連想させる感触に、遠野くんがまるで呻くように声を洩らす。
 軽く触れた唇で、遠野くんを付け根からなぞる。
 唇が熱くて火傷しそう。
 むずかるように遠野くんと、遠野くん自身が身震いする。
 その感覚は――判る。
 気持ちいいけれど――足りない。逆に、半端に気持ちいいものだから、フラストレ
ーションが溜まっていく。
 ――遠野くんの手が、触れる。その指先が私の髪を優しく梳かしていく。
 優しい、快感。
 まるで髪の毛の一本一本から、遠野くんの温もりが伝わってくるような気分。
 その優しさを返すように、はちきれそうな遠野くん自身を慰めるように唇をそえる
――はじめは優しく、柔らかく。フレンチ・キスのように。
 そして、次第に絡みつくようなディープ・キスに。
 熱く滾った遠野くん自身の味を確かめるように、唇を押し付けるようにあてる。
 ねっとりと遠野くん自身を濡らす腺液と、私の唾液が混ざり合い、小さな泡を含ん
で白く濁ったまるで精液を思わせる妖しい液体になる。
 その粘度の高い液体を舌で舐め取った。
 脳をゆさぶられる、味。
 遠野くんと、私で作った甘美な、味。
 それがたまらなくて、遠野くん自身を口の中に含んだ。
「あ――、先輩――」
 自分の熱を上回る熱。それに自分自身を包まれて、まるで白痴のような声を洩らす
遠野くん。
 だけど、本当はそんな声とっくの昔に私が洩らしていたはず。
 ただ、遠野くん自身を愛しているから声が出せないだけ。私の心の中は、狂ったよ
うに喘いでいる。
 口に含んだ遠野くん自身を、頭を上下に動かして責め立てる。
 頭を動かすたびに、じゅぷじゅぷ、と思考を犯すいやらしい音が耳に響いて、私の
中の熱をさらに熱くする。
「ん、ん――」
 苦しい。
 限界まで張り詰めた遠野くん自身はとても大きく、根元まで咥え込めば口の中だけ
ではすまず、私の喉まで犯してくる。
 呼吸もろくに出来ず、本当に苦しい。
 ――だけど、止まれない。ブレーキが壊れてしまったダンプカーのように、私の行
為は加速していく。
 私の耳に届く、遠野くんの気持ちよさそうな呼気。
 そんなものを聞いてしまったら、とてもじゃないですけど止められません。
 ――もっともっと気持ちよくなってもらいたいから。
 だから、遠野くん自身を――
 根元まで咥え込み、
 舌を絡ませ、
 カリ首を咽頭で擦りあげ、
 吸い上げる。
 その、複雑に絡み合う快感を止まらない加速で与えつづける。
「せん、ぱい――、俺、もう――っっ!」
 いきそうなんですね? 遠野くんの切羽詰った声でそう感じ取る。なりふりかまわ
ない勢いで、更に与える快感。私の頭に添えられていた遠野くんの両手に、ぐっと力
が篭った。
「もう出るよっ、先輩――」
 私の頭を抱き抱えるようにして、遠野くんがそう口走ったその刹那。
「んん――――ッッ」
 弾けた。
 私の口の中で、まるで拳銃が暴発するようにびくびくん、と跳ね上がりながら、遠
野くんは粘ついた精液をめいっぱい吐き出した。
 口の中ではなく、喉の奥に吐き出される粘度の高い液体。
「はっ――、げふっ」
 思わず、咳き込む。
 その拍子に、遠野くんの熱い精液を吐き出しそうになる。
 ――駄目。
 なんだか酷く勿体無いような気がして慌てて口を手で押さえ、それを止めた。
 そして、傍からみれば浅ましくさえ見えるような感じで、熱を多量にもった粘つい
た液体を飲み干した。
「――遠野くん」
 唇についていた精液を、指先で絡めとって舐めてから、呆っとしている遠野くんに
声をかける。
「気持ち、よかったですか?」
 そう声をかけた途端、まるでスイッチが切り替わったように遠野くんは顔を赤く染
める。
「あ――」
 少し天井を仰ぎ泳いでいる視線を右から左に流して、ちょっとだけ恥らうように、
「それは、もう」
 なんて答える。
 やっぱり可愛いなぁ。顔を赤くして、恥ずかしげにそわそわしている遠野くんの様
子を眺めながら、くすりと笑ってそんなことを考えた。
「と、ところでですね! シエル先輩!」
 話を変えようとでもしたのか、遠野くんはあたふたとした感じで口を開いた。
「なんですか? 遠野くん」
「あー、いや、先輩は羊羹のお詫びに俺を気持ちよくしてくれたんだよね?」
 ――ええ、まあそういうことになりますけど。
「それがどうかしたんですか?」
「羊羹のお代としては、ちょっとばかり過ぎるというか――おつりが出ます」
 恥ずかしがっているようで、どこか悪戯をたくらんでいるやんちゃな悪ガキ――喩
えるならそんな表情を浮かべつつ、遠野くんは言った。
「おつり、ですか」
 いまいち、遠野くんの発言の趣旨がくみとれない私は、鸚鵡や九官鳥がそうするよ
うに、遠野くんの言葉を繰り返した。
「うぃ、おつりです。つまり――」
 まるで野良猫が魚屋の店先に並んでいる秋刀魚をかっさらうような動きで、遠野く
んの右手が私のお尻をぺろんと撫でた。
「ひゃっ!?」
 気分どころか躯はいまだに昂ぶっている私は、唐突に与えられた感触に思わず声を
あげてしまう。
「――こういうことです。先輩、今度は俺が先輩を気持ちよくさせてあげますよ」
 言うなり、押し倒される。
 けして大柄というわけではないが、それでも確かな質量を感じさせる男の子の体に
すっぽりと覆われるように圧し掛かられる。
 それに対抗できなかったのは、その、遠野くんが私の口の中でイっちゃった時に、
なんというか私も気が昂ぶりすぎて思わず腰がぬけちゃってたのと。
 ――その、遠野くんの部屋にきたときから、こうなるといいなぁ、なんて考えてた
からで。
 お腹を合わせるようにしてベッドの中に倒れこむ。そういえばお腹を合わせてセッ
クスする動物は、人間と鯨だけなのだとかなんとか。
「遠野く――」
 唇で口を塞がれる。今度は、先輩がされるがままになる番――まるで、そんな
ことを宣言しているような、キス。
「ん――」
 どちらからともなく舌を絡めあう。
 軟体のみだらな動物が、互いに絡み合い――求め合う。脳髄に伝わってくる感触。
 遠野くんの右手が、私の腰に回される。
 込められる、力。唇も体もぴったりと密着して、一部の隙もない。互いの心臓の鼓
動のひとつひとつさえ明確に感じ取れる距離で舌を絡めあう。
 呼吸すら忘れて、一つに混ざり合うような舌先の快感。
 ――――あ。
 さすがに苦しくなったのか、唇を離して遠野くんがぶはぁ、と息をした。
「――遠野くん」
 舌先が覚えている感覚。
「その――」
 遠野くんの舌の感覚と、あと一つ。
「どうしたの? 先輩」
「えっと、さっき私、遠野くんのを咥えちゃってたんですけど」
 気にならないんですか? 加えていえば、私の口の中にはかすかに遠野くんの精液
が残ってたりしちゃうんですけど。
 私の言いたいことが判ったらしく、遠野くんはかすかに右の眉をあげた。そして、
少しだけ間をおいて、
「いいんじゃないかな」
 なんてなんでもなさそうに言った。
「え、遠野くん嫌じゃないんですか?」
「うーん、まぁ自分で出したものだし。それに――」
 先輩と同じ感覚を共有できるんなら、そんなに嫌じゃないかなぁ――少してれなが
らそう言ったあと、
「ああ、もうっ! そんなことはいいのっ! これから先輩はおつりの分だけたっぷ
りと気持ちよくなってもらうんだから!」
 と赤い顔で言ってきた。たぶん、言ってて恥ずかしくなったんだろう。
 でも。
「――はい」
 と返事を返す私の顔も負けず劣らず赤くなっている。そりゃ、あんなこと言われた
ら赤くなるよりしかたないじゃないですか。
 赤く頬を染めた遠野くんの顔が、再び私の顔に降って――こない。
「あ――」
 遠野くんの唇が見据えた目標は私の首筋だった。そこに唇を、舌を這わせる。
 小動物が、首筋で這いずり回っているような感覚。そして、その湿った唇と舌先が
濡らしていった箇所に、まるで火がついたかのような錯覚を覚える。
 唇はゆっくりと首筋をあがっていき――
「ひゃう」
 みみたぶを、噛まれた。
 別に食い千切られるほどに噛み付かれた、というわけではなくまるで仔犬がじゃれ
あうときにするような、甘噛み。
 けれどその甘噛みが脳にもたらした感覚は、みみたぶを食い千切られちゃったんじ
ゃないか――そう錯覚するほど強烈だった。
「遠野くん――そこ」
 眩暈にも似た衝撃をうけながら、声を出す。
 ――みみたぶは、駄目。いままで気が付かなかったけど、
「――みみたふ、でふか」
 前歯で、こりっこりっと私のみみたぶを弄びながら遠野くんが喋る。なにかを確信
したかのように。
「ん――っっ」
 発する言葉に合わせて、顎がうにゃうにゃと動き、その振動がみみたぶに伝わる。
 ――まるで、全身を噛み砕かれていくような快感。
 みみたぶが、こんなに感じるなんて。
 いつのまにか遠野くんの手がブラウスのボタンをはずして、その隙間から潜り込ん
でブラの上からおっぱいを揉んだりしちゃってるけれど、そんなことはどうでもよく
なってしまうような快感
がみみたぶから脳髄に叩きつけられてくる。
「――みみたぶだけで、こんなになるなんて。先輩、よっぽどそこが弱いんだね」
 ぐったりとベッドの中で乱れた呼吸を繰り返す私を見つめて、遠野くんは感心した
ような呆れたような声で言った。
 だって、気持ちいいんですからしかたないじゃないですか――そう言い返そうとし
たが、言葉にならない。
 脳から口に繋がる神経が遠野くんに噛み切られて断線してるような感じ。
 そのくせ、ショーツの下で熱く湿っている場所には、ダイレクトに神経が繋がって
いて直截、快感がいきかっているありさま。
「――っっ!?」
 躯がびくんと跳ねる。
 遠野くんの指が、ショーツの上から熱くなった場所に触れてきた。
「すっかり出来あがちゃってるみたいだね、先輩」
 言いながら、ショーツを剥ぎ取るようにして脱がしていく遠野くんの、手。
 熱が篭って蒸せるようになっていた場所が外気に触れ、その温度差に身震いした。
「じゃあ、もういかせてもらうよ?」
 そう言って、遠野くんは私の太腿に手をあてがうと、力をこめて持ち上げた。
「や――、遠野くんっ、恥ずかし――」
「うん、先輩の丸見えになってる。すごく濡れてる」
 ぼっ、と顔に火がついたかのような熱さを覚える。もう、これ以上ないってぐらい
にびちょびちょになってる私を、遠野くんに見られてる。
 恥ずかしくて逃げ出したくなる。
「やっぱり、こうやって見られたりすると恥ずかしいのかな?」
「き、きまってるじゃないですか! あんまりじろじろ見ないでくださいっ!」
 赤い顔をさらに紅潮させて怒鳴るように返す。
 だが、遠野くんの視線は私の熱く濡れたそこから一向に動かない。むしろ、さらに
じぃ、っと見つめていたりする。
「と、ととととととと遠野くんっ! な、何をそんなに見てるんですかっ!!」
「いや、よく見るとすごく卑猥な形をしてるなぁ、って」
 ああ、遠野くんはこうやって私を虐めているんだ――そう直感した。薄い笑みを浮
かべて私を観察する遠野くんは、あきらかに私を虐めて楽しんでいる。
「ほら、ここのとこなんて特に」
「ふぁッッ!?」
 つぅ、っと遠野くんの指が私の花弁の外側をなぞる。本当に淵側の淵側、それを軽
くなぞられただけなのに、まるで雷にうたれたように躯が跳ねた。
「あー、先輩、すごく敏感になってる」
 これ以上やっちゃったらどうなるんだろうね――そう言って遠野くんが邪気のない
笑みを浮かべた。
 本当にどうなっちゃうんでしょう。
 心臓がばくばくと加速する。
「じゃあ、確かめてみましょうか」
 ぎんぎんに硬くなった自分をぴとっと私に押し当てて、怖くなるようなことを口に
した。
 滾る熱を躯で一番神経が集中している場所で感じとって、思わず息を呑む。
 だが、予想していた感覚がこない。
 まるで何かを迷っているように、遠野くんは私の中に入ってこない。
「――――?」
 不思議に思って、ふっと遠野くんの顔を見ようとしたときに、唐突に遠野くんが動
いた。ただ、中には入ってこない。
「遠野くん? はぁ――」
 私の割れ目にそって、先端を軽くあてて上下になぞる。ぞくぞくする――ぞくぞく
するけど、足りない。
「遠野くん、何を」
 気持ちいいのは確かなのだけど、これだけ昂ぶっちゃってる躯には、ちっとも足り
ない。
「え? いや、ほら。このまま先輩の中にいっちゃっても良かったんだけど――」
 だけど?
「それじゃつまらないでしょ」
 ――そんなことはないですから。
「ちっともつまらなくないですよ。だから――はやくしてください」
 ――なにか致命的なことを口走ってしまったような。その証拠に遠野くんがいやー
な感じの笑みを浮かべてたり。
「先輩、いますごくはしたないことを言ったって気付いてる?」
「誰が言わせたと思ってるんです!!」
 怒ってみても、格好が格好なので威厳が皆無に近い。
「うーん、そんなに待ちきれないなら――」
 言いながら、割れ目の上で硬くなっているクリトリスを弄んでいた先端を、つつぅ
っ、と下げる。
 ――――え?
「と、遠野くん?」
 遠野くんの先端は止まらない。どんどん下がる。
「ちょ、ちょっと――」
 ぬるりとした感触を残して割れ目を下りきる。それでもなおも止まらずに下がりつ
づけ――
「――遠野くんっ! そこ違いますっっ!!」
 お尻の穴の上でぴたりと止まった。
「先輩、力抜いてね。二度目だけど痛いだろうから」
「遠野くん、人の話を――」
 これぽっちも聞いていない遠野くんが、後ろの穴に押し付けた先端をぐっと中に押
し込んできた。
「か、はぁ」
 めりっという感触といっしょに、きつく締まった後ろの穴に遠野くんの先端が無理
矢理ねじこんでくる。
「先輩、力抜かないと切れちゃうよ」
 そんなことを言ってくるくせに、遠野くんはちっとも動きを止めない。まるで後ろ
の穴のまわりの肉を巻き込むようにしてゆっくりと入ってくる。
「と、遠野くん――い、痛い」
 搾り出すようにして悲鳴をあげる。けれど、
「だから力抜かないと駄目だって」
 なんて遠野くんはまったくとりあってくれない。しかたがないから、必死で力を抜
こうと努力する。
 ずるり。
 力を抜いた途端、まるでそんな音が聞こえてきそうな感じで遠野くんがすっぽりと
私の後ろの中に収まった。
「あ――――」
 後ろの穴に感じる、激しい異物感。
 硬く熱いモノが、私のおなかの中にぎちぎちに収まっている。
「――やっぱり」
 遠野くんが口を開いた。
「先輩のこっちの穴は気持ちいいね。ぐちょぐちょになってる」
 割れ目にくちゅんと遠野くんの指が滑り込む。
「ひぅ」
「――前のほうも魅力的だったんだけど。……やっぱりこっちのがいいや。先輩は、
どう?」
 どう――って、そんなの。
 おなかがぱんぱんになってて、
 おなかの中に熱い塊があって、
 その塊がびくんびくんって脈打ってて、
 ――脳がぐちゃぐちゃになっちゃいそうなほど気持ちいい。
「そう、気持ちいいんだ。良かった」
 私の顔に返事が浮かんででもいたのか、遠野くんはにっこりとそう言った。
「じゃ、動くよ」
 動いた。
 力を抜いているとはいえ、前の穴からすれば格段に狭い入り口を巻き込むようにし
て太くて固いモノがずりゅ、ずりゅ、っと動く。
「う、はぁ――遠野く、ん――」
 先端のカリ首あたりまで引き抜かれた遠野くんが、勢いをつけて再びなかに入って
くる。ごつん、と鈍い音を聞いたような気がした。
「は、――――ぁ」
 子宮口をノックされたような感覚にもにた衝撃。
 遠野くんの先端が、S字結腸を叩いた――そう理解すると同時にその衝撃が二度、
三度と繰り返される。
 体の中で発生しつづける衝撃が脳に伝わり、ただでさえ乱れている思考が四分五裂
に引き裂かれていく。
「あー、あ――――」
 自分が酷くいやらしい、まるで動物のような声を出していることを霞がかかったよ
うな思考で理解する。
 先端があたるごつごつん、という衝撃と、ずりゅずりゅぅ、と腸壁の襞をからめと
られていくような感覚が脳の中でこれ以上ないって快感に変換されていく。
「うわ、先輩。前のほうがまたどろどろになってきたよ」
 前の穴に二本三本と指を入れながら、遠野くんが楽しげに笑った。
 前の穴を指で掻き回されるたび、
 ごつんとおなかの奥をノックされるたび、
 奇妙な嬌声をあげながら、私の躯が跳ねる。
 ――もう、耐えられない。
「と、おの――くん、わた――し」
「イキそうなんだね、先輩?」
 はい、とかすれた声で返事をした。
「うん、じゃあそろそろ俺も」
 そう言った途端、遠野くんの動きが激しくなった。
「ふぁ、あ、あぁ――――っっ」
「先輩、いっしょに、いこう」
 がくがくと揺れる私に、優しく口づけをしながら遠野くんが囁いた。
 ――遠野くんと、いっしょに。
 そう考えた途端、快感が倍になった。
 まるで、脳の中で媚薬の入ったカプセルが弾けたみたい。
 ごつごつと打ち付けられるリズムがしだいに早くなっていく。
その加速するリズムに乗って、私の快感がロケットのように高く昇っていく。
「遠野く――」
「先輩っっ」
 高く昇ったロケットが、タンと弾けた。
 びゅくびゅくとおなかの中に吐き出される熱い感触を感じながら、私の思考は真っ
白になっていった。

                      *

「最近、凄く怖いんです」
 シーツにふたりで包まりながら、私はぼそっと呟いた。
 隣りで、湯飲みに注がれているお茶を啜っていた遠野くんが、「?」と首をかしげ
た。
「怖いって、何が」
 少し考えて、答える。
「こんなに幸せでいいのかな、私なんかが幸せになっていいのかな、って。そう考え
たら、すごく怖くて」
 いつか、その反動がきてしまいそうで。
 そして、私の言葉を聞いた遠野くんは、やっぱり笑った。
「莫迦だな、先輩」
 先輩が幸せになって何がいけないんだ。そう言って、笑った。
「でも遠野くん、私の手は血で汚れてるんです。ロアのせいだったとはいえ、何人も
何人も普通に暮らしていた人たちを殺しちゃったんです。大好きだったお父さんとお
母さんも――――」
 だから、私が幸せになれるはずなんてないんです。
 そう言うと、隣りで遠野くんがはっと息を飲むのが判った。それっきり遠野くんは
黙り込み――
「ふぎゃ!?」
 いきなり頭突きをかまされた。それも半端じゃなく痛い奴を。
「――っっ! いきなり何をするんですかっっ!?」
 がぁっと牙でも生えていそうな勢いで遠野くんに喰ってかかろうと隣りを見たら、
「――――っっ」
 遠野くんが頭を押さえて悶絶していた。自分でも痛かったらしい。
「あの、遠野くん? 大丈夫ですか?」
 自分の頭をさすりつつ、遠野くんに声をかける。
「あ――、うん、大丈夫。ちょっと意識がとんだだけだから」
 なんて涙目でいったあと、
「シエル先輩」
 と、ひどく優しい目で見つめられた。
「な、なんですか? 遠野くん」
 だから、そういう目とか顔は駄目です。卑怯です。
「確かに、先輩は罪を犯したんだと思う。でも、だからってそれで幸せになっていけ
ないってことはないんだ」
 子供に語り掛けるように、優しげな口調で遠野くんは言う。
「先輩は充分に苦しんできた。罰としては充分だよ。それに、いまになってもそんな
ことを言うってのは、自分が罪を犯したということを忘れてないからだろ? 自分の
罪が深いってことを自覚してるんだろ? なら先輩は償ってるのさ」
 どうして、それが償いなんです? と目で問い掛ける。
「自分の罪を知っている人間は、まず自分の心に罰をうけるんだよ。だから、他の誰
に罰せられなくても、独りで苦しむ。悩む。ならそれは罰であって償いなんだ――俺
はそう思う。だから、先輩はもう充分に償ってるのさ。そんな先輩が幸せになってい
けない道理があるわけがない」
 そう言ったあとで、にこっと笑って言葉を続ける。
「それに、先輩を幸せにするってのは俺の約束だから、先輩が幸せになってくれない
と俺が困る。嘘吐きにはなりたくないしね」
 そう言って、照れくさそうにあははーなんて笑う。私も、そうですね、遠野くんに
はきっちり責任とってもらって幸せにしてもらうんでしたねー、と笑った。
 ――笑って、涙が流れた。
「うわ、先輩!? どうしてそこで泣くかな!?」
「あ――れ? 私、泣いてます?」
 多分、私はこれから先も悩みつづけ、怯えつづけるだろう。
 私は幸せになっていいのか?
 私に幸せになる権利があるのか? と。
「うん、すごくボロボロ泣いてる。どうしたの? 俺、何か悪いこと言った?」
 でも、そのたびに遠野くんの言葉が支えてくれる。
 私は幸せになっていい、
 私には幸せになる権利がある、と。
「いいえ、違いますよ――多分、嬉しいんです」
 ――幸せになる、自信がついたから。
 私は幸せになろう、遠野くんと、遠野くんの言ってくれた言葉といっしょに。
 罪も罰も背負って、生きていこう。
「遠野くん」
「はい、なんですか先輩?」
「きっちりと責任持って幸せにしてくださいね」


             ――了――











 あとがきのようなもの。
 遠野はいつも後ろを犯りたがる。征途三巻を読んでないと解らない掴みからこんに
ちわ。新作ももうすぐ出るってのに今更月姫ってどうよ? と思いますが、まぁアニ
メもやってるし大王でコミック化もされてるので良しとしよう、というかしろ。問題
は俺はどっちも観てもいないし読んでもいないってことだが(駄目) いや、ほら、
折角サルベージしたんだし。他のは一太郎で保存してたから悉くサルベージに失敗。
欝。それはともかく、とりあえずエロくなるように頑張ったSS。エロ文章ってむつ
かしい。ほんとは秋葉とか出てきてどたばたした話になるはずだったのに。




トップページ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送