「なんで生きてるのよっ!!」

 詩音は、思わずそう叫んでいた。そんな詩音に、“それ”は静かな口調で言った。

「すべてが、アレを為すための布陣というわけか。見事だ、少女よ」紛れもない賛辞を口にして、“それ”は言葉を続けた。「だが、惜しいかな、私を倒すには力が足り無すぎた」

 いささか肝を冷やしたのも事実だが、という“それ”の言葉に、詩音は、ぎり、と血が滲むほど唇を噛んだ。ちくしょう、私の奥の手が駄目ってことは。ちくしょう。

「その歳で私をここまで責め立てたことに敬意を払い、全力で相手をしよう」

 構える“それ”の姿に、詩音は戦場でけして覚えてはならないもの――絶望を覚えた。ちくしょう、勝てない。今の私じゃ、逆立ちしたって勝てない。ちくしょう。こんなとこで。

 だが、絶望に苛まれながらも、詩音は何時の間にか準備した黒く捻れた剣を手にとって、がくがくと笑う膝に鞭打って“それ”に対峙した。

「見事」

 “それ”が、詩音の姿に再び賛嘆の念を口にした。

「誰だか知らないけど」察しはついていたが、口にすればそれだけで覚悟が折れてしまうような気がしていた詩音は、そう表現した。「お願いがあるの」

「――なんだ?」

 命乞いか? そう思った“それ”は、不快そうに眉をひそめた。だが、その思いは次の瞬間消え失せた。

「私はどうなってもいい。どうなってもいいから、せめて姉さんの命だけは。姉さんは何もしていないから。だから――」

 命乞いは命乞いでも、自分の命乞いではなかった。“それ”は理解した。なるほど、年端も行かぬ少女が自分たちとこうも渡り合ったは護るべきもののためか。なるほどなるほど、合点がいった。

「よかろう」“それ”は我知らず笑みを浮かべて答えた。詩音の心根に、自分に通ずるものを見つけたからだったのかもしれない。「その願い、聞き遂げよう」

「――ありがとう」

 これから自分の命が間違いなく消え失せるというのに、詩音は“それ”が口にした言葉を聞いてまるで花のような笑みを浮かべた。


 

Fate/stay night

 〜運命の縛鎖〜



第五夜・前

 氷室鐘の朝は、早い。

 所属している陸上部の朝練に間に合わせるために、否が応でも早くに起きざるをえない。もっとも、鐘はそのことをなんら厭うてはいないが。

 午前五時半に目を覚まし、身だしなみを整え、制服に着替え、買い置きしてある冷凍食品を用いてその日の昼食となる弁当を拵えたあとで、朝食を摂る。

 朝食は、コーンフレークと牛乳。手早く準備でき、また、そこそこの栄養価を摂取できるという点では、優れたチョイスではある。事実、この朝食のそうした利点が、鐘をして一年以上この朝食を続ける一因としている。

 だが、その食べなれた、不満など覚えようもないはずの朝食を前に、

「――――ふぅ」

 鐘は溜息を一つ漏らしていた。どうにも物足りなさを感じてならなかった。

 父子家庭である鐘の家は、現在、その唯一の肉親である父親が不在という状況が続いていた。仕事の都合で、遠方に転勤になっているのだ。

 すでに穂群原に入学していた鐘は、それについていかなかった。結果、日本の平均的サラリーマンが持ちえるレベルの一戸建ての家に、鐘は一人で暮らしている。最初は、一人きりで暮らす我が家に物理的なものではない広さを感じたが、それにも慣れていた。

 食事のほうも、父親と暮らしているときには、それなりに時間をかけたものを作っていたが、最近では今朝の朝食であるコーンフレークを例に出すまでもなく、手間をかけたものを作ることはほとんどといっていいほどに無くなっている。

 確かに、手間をかければそれなりの味の料理は作れるし、どうせ食べるならば、美味しいものの方が良い。それは判っている。判っているのだが、いくら味を整え、自分なりに満足のいく料理を作ったとしても、一人で摂る食事というのは味気なくて仕方なかった。こればかりは、素材がどうの、技術がどうの、という面ではどうにもならない。

 だから、いっそ味気ない食事ならば効率的にという考えで、鐘は手間を惜しんだ食事を摂るようになっていた。流石に、店屋物だけで過ごそうとは思わなかったが。

 そうしたわけで、鐘は自分の準備した朝食に不満を覚えるはずは無かった。凡て納得づくの選択だった。

 だが、

「――――はぁ」

 スプーンで、皿の中のコーンフレークと牛乳を攪拌する鐘は、溜息を漏らしていた。

 溜息の原因は判っていた。二日連続で摂った衛宮邸での夕餉が、鐘をして溜息をつかせることの原因となっていた。友人たちと囲んだあの食卓は、たった一年ほどではあるが、すでに記憶の彼方へと押し流されていた温かみのある食事というものを彼女に思い出させていた。

 おかげで、慣れ親しんだはずの朝餉が味気ないことこの上なく感じられてしかたない。

 いつまでもこね混ぜてばかりいても時間の無駄だ、と思いなおし、鐘は随分とふやけたコーンフレークをスプーンですくい、口へと運んだ。サクサクとした触感はどこにもなく、ただふにゃふにゃとした歯応えだけがあった。

 もとより、味を期待しての朝食ではなかったのだが、あまりといえばあまりな朝食に思える。それだけ、衛宮邸での夕餉が素晴らしかったということだろう。親のほどこした躾の結果か、はたまた自身の資質か、鐘自身は、食事時はあまり口を開かないたちなのだが、友人たちが繰り広げる賑やかな食事の様子は、いささか乾き気味であった彼女の心を温かく潤すものだった。

 それに比べて、この朝食のなんと寒々しいことか。鐘は、不意に、自分が朝食を摂っているダイニングが、父親がいなくなったときよりも広く思えた。再び溜息を一つ漏らすと、もそもそとした調子で口に運んでいたコーンフレークを一気にたいらげる。

 ふやけたコーンフレークをたいらげながら、鐘は思った。もし、私がもう一度衛宮邸で夕餉をともにしたいと申し出たら、あの銀髪の姉妹はどう答えるだろうか、と。


「――これは、また」

 詩音は、早朝の校門の前に立ち尽くし、呆れたような声を漏らした。ふと眼前に存在する不可視の存在から視線をはずし、傍らに立つ姉のほうを見れば――

(うわっ!? 目茶目茶怒ってる!?)

 姉、イリヤは、その整った顔に、テリトリーを侵された肉食獣のような獰猛な表情を浮かべて不可視の存在にメンチをきりまくっていた。そんな彼女が醸し出す尋常ならざる気配に、詩音は一瞬、本来であれば姉である小柄な少女よりもよほど剣呑な代物である存在のことを忘れ、思わず数歩後に下がった。脳内には、触らぬ神になんとやら、という格言が浮かんでいた。

「舐めた真似を」自分を祟り神か何かのような目で見る妹の表情には気付いた様子もなく、イリヤは唇を、くっと歪ませると底冷えのする声で呟く。「私が通ってる学校でこんな真似をしてくれるとはね、ええ、本当に舐めた真似を」

「……セカンドオーナーの仕業、かしら?」

 恐る恐るといった様子で声をかけてくる詩音に、イリヤは浮かべた表情をまったく変えずに小さく頭を振った。そんな姉に、詩音も頷いてみせる。詩音にしても、冬木のセカンドオーナーがこれほど考え無しの行為に手を染めるとは思っていない。口にしてみただけのことだ。

「詩音、貴女の見立てではどんな感じ?」

 顎先で校門の先にある何かを示し、イリヤは尋ねた。

「――そうね。対人用の捕縛、いえ、捕食結界といったところだと思うわ、姉さん。結界内の人間を誰彼かまわず――そう、老いも若いも男も女も関係無しに溶かして魔力に変えてしまうような胸が悪くなるような代物」

 これだから魔術師って連中は、そう吐き捨てるように呟く詩音の見立てに、イリヤは自分の見立てが間違っていないと確信した。彼女も、校門の内側向こうをすっぽり覆っている不可視の結界がどのようなものかは察しがついていたが、自分よりもよほど解析能力に長けた妹の意見で自分の予測を補強しておきたかったのだ。

「見たところ張りたてで発動まで間があるってのが救いかしら」

 ようやくのことで顔に浮かべていた険を消したイリヤが呟くようにいった。その様子に何処か安堵したような表情で、詩音は頷く。同時に、とっていた距離をもとにつめる。当座の危機は去ったと判断したらしい。

「しかし、まぁ」安堵の表情のまま詩音が言った。「こうも判り易い結界を張るかなー。バレバレじゃないの」

「バレてもかまわないんでしょうね」

 詩音の言葉に、イリヤは肩を竦めながら言った。

「と、いうよりも。むしろ見せつけようとしている感さえあるわ。でなければ、もっと判り難く術式を展開するはずよ。単なる魔力供給を目的としているのか――はたまた別の目的があるのか。まぁ、どちらにしろ目的を達成する前に邪魔される可能性が出てくるのを喜ぶやつはいないでしょうし」

「むー、でも姉さん」首を傾げながら詩音は姉に問うた。「この結界、術式がかなり面倒そう。下手すると消せないかも」

 イリヤは、妹の言葉に軽く眉をひそめた。詩音の解析能力、その実力のほどはイリヤが良く知っている。その妹が、消せない、といえばそうなのだろう。だが――

「それでも、よ。魔術師っていう人種は世の中から隠れて過ごすもの。オカルトの語源を説くまでもなく、彼らにとって知識、あるいは彼ら自身というのは隠匿してこそ価値があるの。それが下手をすれば世間様にこれ見よがしに見せ付けるようなことになるかもしれない危険を冒すってのは、入門したての新人だってやらかさないわ。と、なると、これを展開させた魔術師はあえて目的をもってこれを見せつけようとしている――そう考えるのが妥当だわ」

「ううん。じゃあ、その目的って?」

「ここをテリトリーにしている魔術師に圧力をかける、とか。下手な動きをみせれば判っているな――みたいな」

「もちろん、その魔術師っていうのは私たちではない?」

「でしょうね。つまり、これを張った魔術師は、冬木のセカンドオーナーが魔術師であると知っている人間」

「でも、間桐の血は絶えたって。私も姉さんも確認済みじゃない」

 冬木の地に根付く魔術師の家系は二つ。魔導元帥、あるいは宝石と字名される世界に五人しかいない魔法使い、その一人であるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを祖と仰ぐ遠坂の家と、その遠坂とあと一つの家と協力して大魔術式を作り上げた間桐の家。その片割れである間桐の人間ならば、冬木のセカンドオーナーの事情に通じていてもおかしくはない。だが、その当代と目される男児には、魔術師としての適性はなかった。詩音はそのことをいっていた。

「確かに」イリヤは頷いた。「でも、当代以外にもいるでしょう」

 イリヤの言葉に、詩音は記憶を漁り、ああ、と同意の声を漏らした。二人の、こうした推理はある意味で正しく、またある意味で間違っているのだが、神ならぬ身である彼女たちにそれを知る術はない。特に、この剣呑な結界を張った(あるいは張らせた)人物が、入門したての新人魔術師ですらないことなど予測も出来なかった。

「そろそろ人が増えてきたわね」

 イリヤは、自分たちがこれから向かう場所が地獄と紙一重の場所とは露知らずいそいそと登校してくる生徒たちに目をむけて言った。

「行きましょう。阿呆みたいに突っ立てると目立って仕方ないわ」

「うう、この中に入るのね。いやだなぁ」

 虎穴にいらずんば虎子を得ず、とは言うけれど。詩音は思った。虎穴に入るのが虎の仔とは限らないじゃないの。親虎が出てきたらどうするのよ。つるかめつるかめ、と口には出さず呟いて、詩音は、いつもどおり淑女然とした様子で先を行く姉の後ろをついていった。

 少し遅れて登校してきた冬木のセカンドオーナーが、自分のテリトリーで舐めた真似されて闘志を燃やすことになるのを、二人は知らない。そして、それを知り得ぬことが思いもよらぬ事態を招くということもまた、二人は知らなかった。


「だから私の弁当箱から持っていくなとゆーに」

 昼飯時、相変わらず自分の弁当箱からおかずをたかろうとする級友に、詩音は、キシャー! と牙を剥く。

「大体、同じおかずが詰まってる姉さんの弁当箱からは盗っていかないのに私のからばっか盗っていくというのはどーいう了見なのよ!」 「いやぁー」仔を守る親猫のような表情を浮かべる詩音に、楓は苦笑してみせた。「なんつーか、ほら。詩音からは盗りやすいというか」

 というか、イリヤからは無言のプレッシャーを感じて。楓は口には出さず、目で詩音にそう語る。そんな楓の視線につられて姉の方を見れば、そこには粛々とした様子で昼食を摂るイリヤの姿があった。たおやかな調子で箸を口元に運ぶ姉の姿は、見慣れている詩音ですら、一瞬魅入ってしまうほどだ。たとえ、箸で摘んでいるのが芋の煮っ転がしだとしても。

「だからって、私の弁当箱から持ってくことないじゃないの!」

「いや、その分こっちの弁当箱から――」

「楓は自分の分は自分でほとんど食べてるじゃないのさー!?」

「――二人とももう少し静かに食べられないかしら」

「仲がいいですねぇ」

 友人たちが繰り広げるそうしたやりとりを、氷室鐘は黙々と箸を動かしながら眺めていた。いつもならば、たまに茶々を入れたり、あるいは自分も友人たちが繰り広げるやりとりの中に入っていくのだが、今日はどうにも勝手が違っていた。

「ん?」

 そんな級友の様子に気がついたらしい詩音は、おかずを奪わんと魔の手を伸ばす楓への最終防衛手段――弁当箱の蓋を閉める――をとって、鐘のほうをまじまじと見た。傍らから聞こえてくる楓の抗議の声は右から左に聞き流す。

「鐘、どうかしたの?」

「うん? ああ、いやなんでもない」

 言って、鐘は何処か無理のある笑顔を浮かべた。内心で、今日も夕食を食いに行っていいか、と聞きたいのを我慢している。おそらく、この眼鏡の級友は、自分が頼めばどうということはない、といった調子で快諾するのだろう。だが、そんな級友にそうそう甘えても良いものか。

「――ほんとに?」

 鐘の表情に含まれている僅かな陰を感じ取った詩音は、微かに眉をひそめて尋ねた。そんな詩音に、目敏いものだ、と感心しながら、鐘はもう一度なんでもない、と告げて、何時の間にか食べ終えていた弁当の蓋を閉めた。


「とりあえず」

 何処の部活に所属しているでもない(虎は自分が顧問をつとめている弓道部への入部をしきりに勧めていた)詩音とイリヤは、六限目の授業のあとのSHRを終えると、いそいそと帰路についた。長い急勾配の坂を下りながら、イリヤは傍らの妹にあたりをはばかるように小さな声で話し掛けた。

「あのふざけた結界の対策をするわ」

「基点を消して廻る?」

 そう尋ねた詩音に、イリヤは首を振った。

「それじゃあ、結界を張った人間に妨害者がいることを気付かれるわ。それに、その手の作業なら冬木のセカンドオーナーがやってくれるはずよ。自分の縄張りで好き勝手させておくとも思えないから。そうなると、ここで私たちが冬木のセカンドオーナーとかちあう可能性が出てくる。上手くないわ。よしんばかちあわなくても、冬木のセカンドオーナーに、結界を張った奴以外にもう一組魔術師がいることを悟られちゃう。私も詩音も、いまのところボロは出してないから、“もう一組の魔術師”が私たちだって気付かれる可能性は低いけど、自分からその可能性を高めることもないでしょう」

 そう言う姉に、詩音はなるほどと頷く。

「じゃあ、私たちは何を?」

「あの結界が発動した際に、結界内にいる一般人を保護するアミュレットをこさえて仕込んでおくのよ。基点を消して廻るのと違って、発動するまで気付かれないから効果的――だと思うわ」

「――大変そうだわ」

「ええ、忙しくなるわよ。少なくても全校に仕込むだけのアミュレットを今晩までに作って明日の朝までに設置して廻るんだから」

 今日明日に結界が発動するとは思えないが、この世には絶対という言葉はない。万が一にでも結界がこちらの準備が整っていないうちに発動したら目も当てられないことになってしまう。そうした意味からも、結界に対する備えは早い内に済ませておく必要があった。

「――ホントに大変そうだわ」

 姉の台詞に、帰宅してからの苦労を思い、詩音はどこかげっそりとした表情を浮かべた。おかげで、数寸前まで考えていた、何処か悩みを抱え込んでいた様子の級友のことを詩音はすっかり忘れてしまっていた。


 氷室鐘がそのことに気付いたのは、帰宅し、夕餉を摂り、一風呂浴びたあとのことだった。

「――しまったな」

 鐘は自室で渋面を作った。まさか、鞄を部室に忘れてくるなんて。まったく、どうかしている。こんなことなら素直に詩音に夕餉をたかれば良かった。考え込んで部活にも身が入らず、顧問から注意をうけるし、鞄を部室に忘れるなんてポカまでしでかす。

「仕方ない」

 取りに行こう。鐘は外行きの格好に手早く着替えると、玄関を出た。普段であれば、ここまでしないのだが、あいにく、今日は宿題が出ていた。その宿題のプリントは鞄の中に入っている。面倒ではあるが、宿題をやってこなかった、ということになるよりはマシだ。何、行って、鞄をとって戻ってくるだけだ。どうということもない。

 施錠して駆け足気味に夜の帳が落ちた住宅街を学校へと向かう鐘は、自分のこの行為が、その後の自分の運命を奇妙なまでに歪めてしまうことを知らなかった。


「姉さん、明日にしない?」

 どこかやつれたような顔で、詩音はそう言った。背には、大量のアミュレットが収められたナップサックを二つ背負っている。一つ一つはたいしたことのない重さではあるが、量が量なので結構な荷物になっていた。詩音は、体力には自信があるほうだが、それでも重いものは重い。

「そうして、仕込を終える前に結界が発動しても構わない、と?」

 夜の闇に溶け込みそうな黒を基調とした意匠の外套を翻し、イリヤはあとをついてくる詩音に振り返り、言った。口調には厳しいものが含まれている。

「そういうわけじゃないけど」

 刺す様な視線でこちらを見る姉に、アミュレット製作で疲れてるの、とは言えない詩音だった。ルーン魔術に長けたバゼットの手を借りることが出来たのでいくらか苦労は減ったのだが、それでも短時間で百を超える数のアミュレットをこさえるというのは並大抵のことではなかった。

「疲れてるのは判るけど」イリヤは妹が口にしなかったことを察して、微かに苦笑を浮かべた。「あの場所を――私たちの大切な友人を護るためよ。我慢なさい」

 そう言われてしまうと、詩音としても是非もなかった。第一、友人や虎に危険が迫るのを指を咥えて見ていられない、という気持ちは詩音も一緒だった。

 そうこうしているうちに、二人は一切の光が落ちた通いなれた学び舎へと辿り付いた。人っ子一人いない校舎は、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。あちら側の住人である二人からみても、日頃、生徒たちの作り出す喧騒で満ち溢れている校舎が、死んだように静まり返っているという状態は、魔術的ではない何処かで異様に感じてしまうのだった。

「さ、アミュレットを半分かしてちょうだい。二手に分かれて設置しましょう」

 そのほうが早く済むわ、という姉に、詩音は素直に頷けなかった。

「姉さん、駄目よ。もし冬木のセカンドオーナーと鉢合わせたら」

 危ないわ、と言おうとした詩音の言葉を皆まで言わせず、イリヤは鼻を鳴らす。

「詩音じゃあるまいし、そんなヘマしないわ」

「ひどっ!?」

 私は姉さんのことを気遣って、と目尻を吊り上げる妹に、イリヤはカラカラと笑ってみせた。

「冗談よ、冗談。ま、大丈夫よ。警戒はしておくから。万が一鉢合わせてもシラをきりとおす自信はあるから安心なさい」

 まぁ、この姉であれば平気の平左でセカンドオーナーの前で猫を被りとおすだろうけど。詩音はそう納得する。だが、

「本当に気をつけてね? 姉さん」

 不安なものは不安だった。

「大丈夫よ。それより詩音のほうこそ気をつけなさい。貴女は気をつけてないとすぐ顔に出るんだから。セカンドオーナーと鉢合わせても知らん顔してるのよ? 間違っても自分からボロを出したりしちゃ駄目よ?」

「判ってるって」

 逆に念を押されて、詩音は苦笑を浮かべるしかなかった。そうして詩音がアミュレットの入ったナップサックを渡すと、イリヤは振り返りもせずに夜の校舎の中へと消えていった。その後姿を、ホントにこっちの気も知らないで、と苦笑交じりに見送ったあとで、詩音もナップサックを担ぎなおすと自分も校舎の中へと潜り込む。

 窓から微かな月光が差し込むことで陰影の浮き出た廊下は、その静けさとあいまって、奇妙な雰囲気を――得もいえぬ寂しさを醸し出している。そんな寂しさに包まれた廊下を一人進み、目に付いた教室に入り込むと、詩音は一見すると少しばかり大きいおはじきか何かにしか見えないアミュレットを取り出し、人目につかない場所に忍ばせた。

「しかし」

 そうして幾つかの教室にアミュレットを置いて廻った詩音は、思わず声を漏らしていた。

「こうしていると思い出すわ、あの時のことを」

 無論、あの時とは場所も状況も違うのだけれど。詩音は苦笑した。まぁ、やってることは似たようなもんか。ええ、あのときは結局――

「!?」

 そこまで考えて、詩音ははっと顔をあげた。すぐに校庭のほうに顔をむける。そちらのほうから、隠し様のない魔力の迸りを感じたのだ。気配を殺し、盗み見るようにして教室の窓から校庭の様子を窺う。

 そこでは、赤い影と青い影が人外の戦いを繰り広げていた。

「あれが――」

 ――サーヴァントか。詩音は、二つの影から感じられる魔力のほどから、そう直感的に悟った。視力を強化して様子を窺うと、赤い影の後には、ほとんど口を交わしたことのない級友――冬木のセカンドオーナーが二つの影が繰り広げる戦いを固唾を飲んで見守っていた。

「つまり」

 この学校の結界をどうにかしようとサーヴァントを連れてあれやこれやとやっていたら、結界を張った魔術師のサーヴァントと戦闘になった――そういうことかしらん? そこまで考えて、いやいや早合点はよくないな、と詩音は思い直す。セカンドオーナーが結界の対処をしていたのは間違いないだろうけど、もう一方のサーヴァントがこの結界の下手人、その関係者と決め付けるのは早計じゃなかろうか。もしかしたら、単に偵察に出向いていて鉢合わせたって可能性もある。

「姉さんならどう判断するかしら」

 おそらくは、この二つの人外の衝突に気付いているだろう姉の事を考えて詩音は軽くため息をついた。

 一方、二つの人外が繰り広げる戦いは、次第にその激しさをヒートアップさせていった。青い影が手にした赤槍を目にも止まらぬ速さで繰り出せば、対する赤い影は諸手に持った双剣でそれを弾き、受け流す。攻め手も、また受け手も見事な技量であった。

 特に、受け手の技に詩音は目を見張った。

 一見すると、互角のように見える二者の力量ではあるが、その実、赤い影の腕が劣っていることを詩音は見抜いた。だが、その総合的な力量で劣る赤い影は、可能な限り効率的な動きと洞察力で、青い影の猛攻を凌いでいる。

「大したものね」

 その戦い方に、何処か自分と通ずるものを感じ取った詩音はそう呟いた。まるで、腕を磨いた自分の戦いを見ているようだ。だが、何か気に入らない。理由は判らない。判らないが、どうにもあの赤いのは気に入らない。始終浮かべているあのどこか人を小ばかにしたような薄ら笑いだけが理由だとも思えないが。

 そうこうしているうちに、二つの影は詰めるばかりであった互いの距離を、ばっと大きくとった。仕切りなおすのか? そう詩音が思った瞬間、どうやら言葉を交わしていたらしい青い影の表情に野生の肉食獣のような獰猛なものが浮かぶ。次の瞬間――

「これは」

 あの青い影が、周囲に満ちていた魔力を貪欲に喰らっていくのを感じる。同時に、青い影の内側から爆発的に高まる魔力も。そうか、これが宝具なのね。事前にレクチャーをうけていたサーヴァント――英霊についての特性を思い出し、詩音は我知らず息を呑む。英霊を、英霊たらしめる宝具。

(うまくすれば、あの青いのの正体をつかめるか)

 英霊の宝具とは、大抵、彼が生前愛用していた武器や道具であることがほとんであり、英霊になるほどのものであれば、生前は名の知れた存在であることが大半である。つまり、“セイバー”や“ランサー”といった役割(クラス)で呼ばれるこのイベントにおけるサーヴァントの正体、それを知る手掛かりとなる。

(こりゃ、思わぬめっけもんだわ。人命優先できて正解だったわねー)

 そんなことを考えているうちに、青い影の魔力ははちきれんばかりに高まっていた。そうしていよいよ宝具の発動か――そう考えた詩音が校庭に対峙する赤と青に目を見張った瞬間、

「――――なに!?」

 校庭を覆うようにしていた息の詰まる緊張が、ぶつりと途切れた。その原因を求めてさっと校庭を見渡した詩音の目に映ったものは――


「すっかり遅くなってしまったな」

 部室に置き忘れていた鞄をとってきた鐘は、空に寒々と輝く月を見上げてそう呟いた。満月まであとわずか、という月は、遠く新都のネオンにぼやかされて星明りの少ない夜空に一際目立っていた。そんな月に、一筋、薄い雲がかかっている。

「ふむ、こういうのを月に叢雲――というのだったか」

 酒でも呑むには良い肴だな、と鐘は思う。父親とまだ一緒に暮らしていたときには、よくこうした月を肴に晩酌に付き合わされたものだった。だが、そうしたことも絶えて久しい。

「いかん。いかんな」

 そこまで考えて、鐘は頭を振った。苦笑を浮かべる。どうにも、衛宮邸で夕餉を相伴にあずかって以来、こうした思いに囚われてばかりだ。はたして、自分はこうも人寂しがるタチだったのか。

 早く帰って夕食を作ろう。

 まぁ、作るとしても冷凍食品を適当に温めた味気ないものなのだがな――そう考え、鐘はもう一度苦笑を浮かべた。いやいや、本当に何時から私は。

「うん?」

 月を見上げて止めていた足を、家へと向けて動かし始めた瞬間、何か硬い――そう、金属同士が激しくぶつかり合うような音を聞いて、鐘は眉をひそめ、再び足をとめた。聞き耳を立てる。聞き間違いか何かかと思ったが、違った。激しく、そして途切れなくそれは聞こえてきた。

「いったいなんなんだ?」

 不良が金属バットでやりあっているのか、と考え、だが鐘は違うな、と思う。鐘が通っている穂群原という学校は、規則だなんだといったものはさして厳しくはないが、その手の手合いはほとんど見られない場所だった。不良同士が真夜中の決斗などというのは、まずないと考えていい。

 ならば、この姦しい金属音はいったいなんなのか。

 そう考え、鐘が音のする方――校庭に足を向けると、

「――あれは、なんだ?」

 なんだかよく判らないものが、命のやりとりを交わしていた。なんだか判らないもの――青タイツの男と、赤マントの男が、激しく戦っている。鐘は思わず混乱し、何故かはしらねど植え込みの陰に身を隠した。

 何故かはしらねど、あの二つはなにか良くないもののような気がしたのだ。

(あれは、なんだ)

 植え込みの陰で息を整え、気付かれないようにそれを殺して、鐘はそっと植え込みから校庭を盗み見る。だが、見たところで到底理解出来るものではなかった。判ったのは、妙な格好をした男二人が、本気で殺しあっている、ということだけだ。

(この世は不思議と謎に満ちているというが)

 よもや自分がそれに出くわすとは。UFOを見かけるのとどっちが珍しいだろう。混乱しているのか、鐘はそんなことを考えた。自分はこれまで慎ましやかな、平々凡々とした人生を送ってきたつもりなのだが。どうやら珍妙な出来事とはそうしたことなどおかまいなしにやってくるらしい。

 腹を括った、というわけでもないが、とりあえず目の前の出来事を現実だと受け入れてしまうと、奇妙なまでに鐘の気分は落ち着いたものになった。青いほうも赤いほうも、自分の目にはとまらぬ勢いでやりあっているのは、昨今流行である立ち技主体の格闘技の試合放送よりも随分と面白い見世物だった。見世物といってしまうと随分な言い草かもしれないが、こと自分が関り合いになるのでもない限り、世の凡ては見世物に過ぎない。英国の劇作家の言葉ではないが、世は舞台なのだ。

(む、仕切りなおすか?)

 丁々発止のやりとりを繰り広げていた妙な連中がばっと距離をとるのを見て、鐘はそう思った。はっきりと判るわけではないが、どうやら双方ともに手詰まりになっているように思えたのだった。一度距離をとって、さて、どうするのやら。さほど格闘技やそうしたものに詳しいわけではない鐘がそう考えた瞬間、

(ひっ!?)

 大気が、震えた。まるで、世の凡てが怯えたような気配があたりに満ち満ちるのを感じ、思わず鐘は悲鳴をもらしそうになった。周囲が、それこそ自分を含めた凡てが、あの赤い槍を持った青タイツの男に喰われるような錯覚に陥り、鐘は全身の毛穴から嫌な汗が噴出すのを止めることが出来なかった。

(な、なんなんだ、あれは!?)

 自分を抱かかえるようにして、全身の震えを押さえながら、鐘は叫び出したい気持ちでいっぱいだった。物見湯山気分で戦いを眺めていた余裕は綺麗になくなっていた。

(に、逃げよう)

 ここにいれば、碌なことにならない。そう考えた鐘がすっと後に下がろうとした瞬間、足元に落ちてきた木の枝を踏み、乾いた音が周囲に響いた。

「誰だ!?」

 青タイツの男が誰何する荒い声を聞くや否や、鐘は自分の失策を悔いるよりも早く、全力で駆け出していた。逃げろ、逃げなくては。早くここから逃げなくては、きっと自分は殺されてしまう――


 専門の走者、というわけではないが陸上部に所属しているだけあって、鐘の足の速さはなかなかのものだった。脱兎のごとく、という表現がしっくりくる逃げ足で、校庭から離れる。ただ、問題は、

「どうして校舎に逃げ込んでいるんだ、私は」

 気が付くと、自分が校舎の中で肩で息をしているということだった。鐘は、思う。まぁ、いい。ここで逃げ回って――あるいは身を隠していれば、どうにかなるだろう。最悪、夜明けまで。あんな珍妙な格好で人目につくわけにもいかないだろう。そう、新聞配達夫が新聞を配り終える頃まで我慢すれば――

「随分と時間がかかるな」

 まだ、日付も変わっていないというのに。そう思い、深い溜息をついた瞬間、

「よぉ、お嬢ちゃん。溜息なんかついてどうしたんだい」

 不意に後から声をかけられ、鐘はきゅっと自分の心臓を握り締められたような錯覚に囚われた。慌てて振り向くと、そこには赤い槍で自分の肩を軽く叩いている青タイツの男がいた。

「おう、どうした? まるで『どうしてそこに?』ってツラだな」

 からかうような口調で、青タイツの男は言った。鐘は、ごくり、と息を呑んだ。気配――それどころか、足音ひとつしなかった。

「ふん、魔術師――ってわけじゃなさそうだな」青タイツの男はつまらなさそうに言った。「運がなかったな、お嬢ちゃん。悪いが、目撃者は消せって言われててね」

 お前を殺す、と言外に言われ、鐘は自分の背筋に冷たいものが流れるのを自覚した。そして、青タイツの男が何か言う前に、背を向け勢い良く駆け出す。

「ほう」そんな鐘の様子に、驚いたように青タイツの男は口を開いた。「呑まれるでもなく、いきなり逃げ出すかよ。なかなかいい女じゃねぇか」

 それだけに残念だな。そう苦笑して、青タイツは手にした赤い槍を軽く放る。だが、たいしてやる気の無さそうに放られたように見えた槍は、懸命に逃げる鐘の足を射抜く。

「あぐっ!?」

 太腿を射抜かれた鐘は、痛みと衝撃に、前のめりに倒れこんだ。射抜かれた太腿が、ただ槍が刺さったというだけでは説明のつかない激痛に襲われる。ああ、もう陸上は出来ないな。鐘は、命の心配よりもさきにそんなことを考える自分に、奇妙なおかしみを感じた。

「悪いな」

 何時の間にか距離を詰めていた青タイツの男は、本当に済まなそうな調子で詫びの言葉を口にしながら、鐘の太腿に突き刺さっていた槍を引き抜いた。

「ぐぅっ」

 その痛みに、鐘が苦悶の声を漏らすのを聞いて、青タイツの男は、胸が悪くなったような表情を浮かべた。

「せめてもの情けだ。痛みを感じる間も無く――」

 殺してやる、と槍を構えた青タイツの男は、だが、その槍を鐘に振るうことは出来なかった。赤い槍を鐘の心臓目掛けて繰り出そうとした瞬間、何処からとも無く彼の心臓目掛けて短剣が飛んできたのだ。

「ちぃっ!?」鐘の心臓に繰り出すはずだった槍を一閃させて飛んできた短剣を叩き落すと、青タイツの男は舌打ちをしてその場から飛び退いた。「誰だっ! 出て来い!!」

 誰何に答えたのは、だが、声ではなかった。声の変わりに、廊下の向こうの闇から矢継ぎ早に短剣が飛んでくる。それも、青タイツの男の急所ばかりを狙って、だ。

「こ、の――――」

 眉間、喉、心臓、肝臓といった急所に加えて、自分の機動力の源である足をランダムに狙って飛来する短剣を嫌って、青タイツの男は倒れている鐘からさらに距離をとった。

「野郎っ! 出てきやがれ!!」

 いい加減腹がたったらしい。青タイツの男が獣さながらに吼える。それに答えてかどうか、闇から溶け出るようにして黒衣に身を包んだ少女が姿を現した。

「英霊、英霊というからどれほどのものかと思えば」銀の髪に月光を輝かせて、少女は嘲るように言った。「録に抵抗も出来ない女の子をいたぶるとはね。そこいらのチンピラとかわりゃしないじゃないの」

 両手の指に幾つも短剣を挟んだまま言う少女に、廊下に倒れ伏している鐘は、見覚えがあった。

「し――おん?」

 うつろな様子で呟かれた自分の名に、銀髪の少女、詩音は、眼鏡の向こうの瞳に痛々しいものを浮かべて詫びの言葉を口にした。

「遅れて御免ね、鐘」


「――おい、がきんちょ」

「誰ががきんちょか」

 せめて鐘みたくお嬢ちゃん言いなさい、と自分に対する警戒を強める青タイツ――ランサーに詩音は軽口を叩く。が、内心では、

(うわーしまったしまったしまったしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 後悔しまくっていた。自分の友人の危地を救うためとはいえ、生身でサーヴァントの前に飛び出すなんて。ああ、こんちくしょう! せめて姉さんがいてくれれば準備も出来るっていうのに!!

「はっ!」そうした詩音の動揺を知らずに、ランサーは鼻を鳴らした。「何ぬかしてやがる。どっからどう見てもがきんちょだろうが。特に――」

 その胸。ランサーは視線でそう告げた。

だ、だ、誰がぺちゃぱいか――――ッッ!! このくされ槍兵――――ッッ!!

「誰もぺちゃぱいなんて言ってねぇだろーが」呆れたように言って、次の瞬間、ランサーは浮かべていた表情から呆れを消して獲物を狙う狩人のような表情を浮かべた。「だが、俺を槍兵の役割(クラス)で呼んだな――てめぇ、関係者か」

「はっ! かわりに抑止の狗とでも呼んでほしかった?」

 睨むランサーに嘲るように言った詩音は、だが、内心で焦りまくっていた。

(ど、どどどど、どーしよー!? いきなりぼろ出しちゃったー!? 姉さんに折檻される!!)

 焦るポイントがちとずれているのは詩音が抜けているのか、それともその神経が図太いのか。それはともかく、狗呼ばわりされたランサーの機嫌が目に見えて悪くなっていた。

「てめぇ、俺を狗と呼んだな」

「あら、ワンちゃんと言い直してあげたらよかった?」

「――殺ス!!」

 そう宣言したランサーは殺気を隠そうともせずに槍を構えて詩音目掛けて跳躍する。野生の獣じみたその動きに、だが、詩音はしっかりと対応していた。両手に構えていた六本の短剣を、狙い違わずランサーの急所目掛けて投擲する。

「舐めるなッッ!!」

 その程度で俺が殺れるか、とランサーは吼え、赤槍を一閃させてその悉くを叩き落そうとする。が、

「舐めちゃいないわよ」

 ニィっと笑った詩音がそう呟くやいなや、六本の短剣は次々と爆発し、ランサーと彼の周囲を爆焔で覆い尽くした。余波で、廊下の窓ガラスが何枚も吹き飛び、火災警報が鳴り響く。爆焔が晴れると、そこには多少焦げてはいるが、ほとんど無傷のランサーが憎憎しいといった表情で立っていた。

「やってくれるな、この――」そこまで言って、ランサーは目を丸くした。「――あれ?」

 ランサーの視線の先には、誰もいなかった。詩音は、爆焔に紛れて、鐘を連れてさっさととんずらこいていた。

「――やってくれるじゃねぇか」













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