「そろそろ向こうでは始まったころかな?」

 月をみている友に、男は歌うような調子で声をかけた。

「おそらくは、な」

 そんな男とは対照的に、声をかけられた男は、重々しい声で答えた。そんな彼に、声をかけてきた男は何が面白いのか、楽しげな調子で言う。

「なに、心配はいらないさ。彼女なら見事使いを果たして帰ってくるよ。なにせキミが仕込んだ娘だからね」

「心配などしていない」

 楽しげに言う男に、重い声の男はむっつりとした調子で答える。

「しかし」そんな男の様子をからかうように、楽しげな声の男は言った。「キミがあの方以外のことでこうも心を砕くというのは――実に珍しいね。うん、流石はキミのお気に入りといったところか」

「しかし、あの御仁も面倒ばかり押し付けてくれる」楽しげな声の男の言葉にはあえて答えず、重い声の男は言った。「我らが君の従僕であるあの娘をなんだと思っているのか」

「仕方ないさ。それが彼女の運命というやつさ。絡みつく鎖のようなものだね」

「ふん、運命の縛鎖、か」

 面白くもない、といった様子で重い声の男は言った。楽しげな声の男の言葉に素直に答えるのは癪だったので口にはしなかったが、重い声の男は、確かにあの少女のことを気に入っていた。死を前にし、絶望に苛まれながらも剣をとったその態度――今でもよく憶えている。思えば、あのとき彼の君が、彼があの少女の首を刎ね飛ばす前に言葉をかけてきたのは、彼の君もそうした少女の態度を気に入ってのことなのだろう。

 加えて、剣を手に絶望に立ち向かった理由も、彼は気に入っていた。だからこそ、あれこれと目をかけ、請われるままに戦う術を教え込んだのだ。

「心配などしていない」

 誰に言うでもなく、男は呟いた。だが、あの少女が背負うものの重さを思うと、憐れに思えてならない。そして、その背負った運命のために、彼女は、死地に赴いている。

「いやいや、本当に珍しいね」

 そんな友の様子に、楽しげな声の男は苦笑を浮かべていた。友が見上げている月を自分も見上げて、言う。

「結局、僕には懐いてくれなかったが――それでも、キミのお気に入りの娘だ。無事に帰ってきてくれるといいんだが」



Fate/stay night

 〜運命の縛鎖〜



第五夜・中

「ああ、血がこんなに出て!?」

 詩音は夜の闇を切り裂くようにして駆け抜けながら詩音は、手近な空き地を見つけてそこで足を止めたあとで言った。

「大丈夫? 痛くない? ねぇ、鐘、大丈夫!?」

「いや、うん」もちろん痛いのだが、それよりも酷く狼狽した様子の級友に苦笑して、鐘は口を開いた。「泣きたくなるほど痛いが――それはともかく、落ち着け詩音。とりあえず止血したい」

「え、あ、うん。そうね――ちょっと我慢してね?」

 鐘の言葉に、とりあえず落ち着いたのか、詩音はそう言うと自分が姉と揃いの外套の下に着ていた黒のワンピースの裾を躊躇いもなく千切ると、それで鐘の太腿をきつく縛った。だが、不思議なことにさして苦しくはない。それどころか、あの赤い槍に貫かれて以来、引き裂かれるような痛みに苛まれていたのが、酷く楽になっていた。

「詩音……何かしたのか?」

「え、うん。ちょっと、ね」

 鐘の怪訝そうな視線に、詩音は困ったように笑ってみせた。内心で、さぁどうしたもんかと思っている。一番手っ取り早いのは、鐘の記憶を操作して今宵の出来事を忘れさせることだが、出来れば友人にそんなことはしたくないし、第一、詩音にそんな芸当は出来ない。姉に一点特化型魔術莫迦と言われているのは伊達ではない。何の自慢にもならないが。

「姉さんと違って、私はあんまり上手くないから。ごめんね?」

 詩音の詫びが、遠回しな自分の問いへの回答だと気付いた鐘は、首を振った。得たい答えではなかったが、それでも、詩音がこちらのことを精一杯気遣ってくれていることは良く判る。

「気にすることはない。だいぶ楽になった」

 言って、鐘は立ち上がろうとし、

「つっ」

「ああ、無理だってば!」

 太腿にはしった痛みによろめき、詩音に支えられた。

「痛みは抑えてあるけど、大怪我にはかわりないんだから。待っててね、家についたらちゃんと治療したげるから」

「家――、というと」

「私の家。悪いけど、今日は鐘を返してあげられない」

 申し訳無さそうに言う詩音の表情を見て、しばし考え込んだ鐘は、口を開いた。出てきた言葉は、自分を救ってくれたというのに、必用以上に申し訳無さそうにしている友人の気分を軽くするための軽口だった。

「――結局、宿題を忘れてしまうことに代わりは無かったか。これなら、鞄を取りに戻るのではなかったな」

「鐘は鞄を忘れてあそこに?」

「そうだ」

「それは、また、災難だったわね」

「まったくだ」神妙な顔で頷いて、それからにやりと笑って鐘は言う。「それにしても、今夜は返さない――か。まるで口説かれているような気分だ」

 鐘の軽口に、詩音は一瞬目を丸くしたあとでクスクスと笑う。

「まー、そう聞こえないこともないか」

 内心で、姉さんに聞かれてたら女関係ゆるゆるとか言われそうだ、と詩音は思った。くそう、夜空の向こうで笑顔の切嗣が、『しおーん、修羅場には気をつけるんだよー』って言ってるような気がそこはかとなくするのはなんなのよ。つーかもっとマシなアドバイスはないんかい。あとそのすげぇ良い笑顔はむかつくからやめれ。

「さ、とりあえずは私の家で準備しなきゃ」

 鐘をお姫様抱っこの態勢で抱かかえて、詩音は言った。

「準備? 治療のか?」

 華奢なのに随分と力が――いやいや、自分を抱かかえて飛び跳ねるというのは力がどうの、というレヴェルではないな、と思いながら鐘は、抱かかえられたことで近くなった詩音の顔に妙にどぎまぎしながら尋ねた。

「違うわ」何故かほんのりと頬を桜色に染めた級友に首をかしげながら、詩音は答える。「アレは、絶対に私たちを追ってくる。目撃者の貴女を消すために。そして、その邪魔をした私を消すために」

 言われた瞬間、鐘は忘れかけていた恐怖を思い出し、がちがちと歯を鳴らし始めた。そう、虎口を逃れたとはいえ、あの時、自分は間違いなく死の淵に立たされていたのだ。何もかもが劇的に起きたために忘れかけていたが、あれはけして夢や幻ではない。太腿から発せられる鈍い痛みが、あれが現実だと教えていた。

「…………ごめんね」

 自分の腕の中で震え始めた級友に、詩音は悲しげな言葉で詫びをつげる。そうこうしているうちに、夜空を裂いて跳ぶ詩音と鐘は、衛宮邸の広い庭に舞い降りた。急いでいたので、考え無しに勢い良く飛び降りたおかげで盛大に土煙が巻き起こる。

「――どうしたんだい、詩音くん」

 どうやら、居間でテレビを見ていたらしいバゼットが何事かと縁側から顔を出してきた。そんなバゼットに、ことの説明より先に、詩音は真剣な眼差しで彼女に確認をとる。

「バゼットさん、貴女のサーヴァントはランサーでしたね?」

 保護した翌日に聞き出した情報を聞きなおす詩音に、バゼットは怪訝そうな顔で答える。

「ああ、そのとおりだが――」

「すいません、しばらく隠れていてもらえますか」

 貴女が見つかると面倒になるので、と告げてくる詩音の言葉に、バゼットは詩音が自分も製作を手伝ったアミュレットの設置先で何が起こったのか理解し、小さく頷いた。

「しかし、ランサーが結界を? 彼は確かにルーン魔術の使い手ではあるが、そんな魔術は使えんはずだが」

「判りません」詩音はバゼットの問いに、頭を振ってみせた。「単に偵察活動の最中だったという可能性もあります。とりあえず――」

「そうだな、そこの土蔵にでも隠れているとするさ」

 詩音の言葉を皆まで聞かずにそう早手回しに言うと、バゼットは縁側に出してあるサンダルをつっかけて庭に立つ。詩音は抱えていた鐘を降ろし、バゼットに託した。鐘を託されたバゼットは、残っている右手で鐘を支えると、詩音に顔を向けた。

「この子は?」

「友人です。アレに巻き込まれてしまって」そこまで言って、詩音はバゼットに頭を下げた。「お願いします」

「いいとも。それで詩音くん、キミは?」

「もちろん、お客様を出迎えるのは家主の役割ですから」

 ええ、そりゃもう盛大に出迎えてあげますとも。すげぇ良い笑顔で詩音はバゼットに答えた。どうやらがきんちょ&ぺちゃぱい呼ばわりを相当根に持っているらしい。もっとも、ぺちゃぱいに関しては詩音の被害妄想なのだが。

「――イリヤくんは?」

 詩音の笑顔に何やら危険な雰囲気を感じ取ったバゼットは尋ねた。おそらくは、マスターになるであろうもう一人の銀髪の少女であれば、文字通り人外の存在であるサーヴァントに対抗出来ると踏んでの問いだった。

「姉さんは、多分、まだ学校に。ここまでかなりとばして来たんで」

 困ったように言う詩音に、バゼットは眉をひそめた。

「キミ一人でランサーの相手をすると? 無茶をいうな! ただの魔術師など英霊の前では瀕死の狸と大差ないんだぞ!?」

 瀕死の狸とはまた珍妙な表現を。どこかずれたことを考えながら、詩音は困ったように笑いながら答える。

「まぁ、なんとかなりますよ。多分」

「無茶を――」

「無茶でもなんでもやるしかないですよ。さ、早く土蔵の中に。私の気配か、それとも鐘の血の臭いを拾ってランサーがもうすぐここに来るでしょうから」

「待て、私も――」

 戦う、と言いかけたバゼットに、詩音は苦笑を浮かべてバゼットに言った。

「それこそ無茶ですよ。バゼットさん、まだ碌に回復してないじゃないですか。さぁ、早く土蔵に」

 言って詩音は、まだ抗議の声をあげようとするバゼットを土蔵の中に押し込める。重い観音開きの扉を閉めようと扉に手をかけようとした瞬間、それまでじっと黙っていた鐘が口を開いた。

「詩音」

「――なぁに? 鐘?」

 どこかきょとんとした顔つきの詩音に、鐘はなんといおうか言葉を捜した。今宵、自分たちに降りかかっている出来事は、自分の想像、その埒外のわけのわからない出来事だ。だが、間違いなくわかっていることは、これから目の前の友人が死地に赴こうとしていること。自分の危地を救い、また、これから自分を庇うためにあの恐ろしい死の具現に立ち向かおうとしている。鐘はあの青い死神が何か判らない。そして自分の友人がそれに関して何を知り、どんな関係があるかも判らない。出来ることなら泣き喚き、説明しろと癇癪をおこしてしまいたい。

 だが、誰かのために立とうとしている人間に、ましてや自分のために立とうとしている友人に、間違ってもそんな真似をすることは出来ない。絶対に、出来ない。

 だから、氷室鐘は友人である衛宮詩音に――小柄な銀髪の少女にこういうのだ。

「詩音。とりあえず喉が渇いた。あとで美味い玉露のひとつでも淹れてくれると嬉しいのだが」

「ほへ?」友人の突飛な発言に目を丸くした詩音だが、それが実に遠回しな励ましの言葉だと気付いて、詩音はその愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて頷いた。「――まかせて。とびきりの玉露を淹れてあげるわ」

 詩音はそう告げると、土蔵の扉を閉めた。


「バゼット女史――だったか」閉められた土蔵の、埃っぽい暗がりの中で鐘は自分に肩を貸す隻腕の女性に声をかけた。「いろいろと聞きたいことはあるが、一つ答えてもらえるだろうか?」

「何かな? ええと――」

「鐘、だ。氷室鐘」

「鐘か、不思議な響きな名前だね。それで、何かな?」

 聞きたいことは山ほどあるが、今、尋ねるべきことは唯一つ。

「詩音は、アレに勝てるのか? いや、アレをどうこうすることが可能なのか?」

 真剣な、友を想う眼差しで問われたバゼットは、一般人の少女になんと答えたものか答えに窮した。魔術師は一般人に己が存在を隠すことを以てすべし。だが、この少女はすでに半ば自分たちの世界に巻き込まれてしまっている。そう考えたバゼットは、とりあえず、問われたことにのみ答えることにした。

「正直、難しいとしか言いようがないね。いや、難しいどころの話ではないな――」言って、バゼットは自分の言葉が意外なほど冷たく響いたことに驚いた。同時に、その言葉に少女の眼鏡の奥の双眸が泣きそうに潤むのを見て後悔した。「――だが、詩音くんはキミに約束したのだろう? あとで茶を淹れてあげる、と。ならばそれを信じようじゃないか」

「そう、だな」

 そうだ。彼女は自分に笑顔で誓ったのだ。付き合いはじめて二ヶ月にもならないが、あの小柄でどこか愛嬌のある少女が義理堅い人間であることは鐘にも判っていた。その少女が言ったのだ。あとで美味い茶を淹れてやる、と。ならば自分は。

「ああ、信じようじゃないか」


 土蔵の扉を閉めた詩音は、それに背を向けると、庭の中央付近に足を進めた。正直、鐘にああ言ったが、あんな相手にどこまでやれるか判ったものではない。むろん、ああした手合いを向こうにまわして戦う術は心得ている。だが、今はコンディションが悪すぎた。くわえて、本来ならばあれに相手をさせるべき自分の駒も今はない。今から呼んでも術式が間に合うかどうか。それに呼べたとしてもきちんと呼び出せるかどうか。自分の魔術に関する力量が嫌というほど判っている詩音には、その点が不安でならなかった。

 しかし、如何にコンディションが悪かろうが、準備が整っていなかろうが――

「来たわね」

 詩音は庭の向こうにある壁――正確には、壁を隔てた場所にいる存在を睨みつけた。次の瞬間、自分から五メートルほど離れた場所に青い影が音もなく舞い降りた。その身のこなしは、野生の獣のようでありながら、洗練された貴公子のようでもあった。

「よう」ふてぶてしい、といった表現がしっくりくる態度で青い影――ランサーは言った。まるで、友人の家に遊びに来た悪童のような態度だ。「うん? あの眼鏡のお譲ちゃんがいねぇな?」

「あら、私も眼鏡のお嬢ちゃんなんだけど」

「言い直そう」詩音の言葉に、ふむ、と首をかしげてランサーは言葉を続けた。「――胸があるほうの眼鏡のお嬢ちゃんがいねぇな?」

「――帰れ犬っころ」

「てめぇまた俺をイヌと呼んだなこの貧乳白髪眼鏡!!」

「誰が貧乳白髪眼鏡よこの全身タイツ男!!」

 舌戦が始まった。激闘だった。

 五分ほど互いに互いを罵りあったあとで、二人は肩で激しく息をしながら互いを睨みつけた。

「このチビスケ、一度ぎゃふんと言わせてやる必要があるみてぇだな」

 赤い槍を構えて、ランサーは詩音に告げた。それを受けて、詩音もまた何処からか短剣を取り出して構えて答える。

「そりゃこっちの台詞よ。一度きちんと躾ける必用があるわね、狗」

 構えて、そう憎まれ口を叩く詩音は、だが、その内心で焦りを感じていた。ちくしょう、時間稼ぎもこれまでか。

「行くぞ、がきんちょ。さっきはしてやられたが――」低く腰を落としてランサーが言う。「――今度は油断も手加減もなしだ」

 言うや否や、低い姿勢のままランサーは大地を蹴った。その速度は、校舎でのそれに比べると恐ろしく速い。一気に間合いを詰めたランサーは、目にも止まらぬ早業で、校舎でのおかえしだと言わんばかりに詩音の急所めがけて赤槍を繰り出した。手加減なしというのは言葉だけのものではないらしい。

「こ、の――」

 強化した視力でも負うのが精一杯の穂先を、詩音は手にした短剣で辛うじて捌く。一合、二合、三合――詩音はランサーの繰り出す穂先を、捌いて、捌いて、捌く。

 果たして幾合繰り出される穂先を捌いたか。ほとんど無呼吸で干戈を交えていた詩音は、ランサーが一瞬見せた隙をついて――彼が槍を戻すのに合わせて、その腹に遠慮無しの蹴りを見舞う。だが、ワンピースの裾を浮き上がらせて繰り出された爪先は、ランサーの腹部にあたることはなかった。

 詩音の蹴りに合わせて、ランサーもまた蹴りを放っていた。互いの脛が、激しく交差する。競り負けたのは、詩音だった。強化しているとはいえ、婦女子の放つ蹴りだ。英霊であるランサーの蹴りに勝てるはずがない。

「つぁ――!?」

 ランサーの蹴りの威力に、詩音は土蔵の扉に吹き飛ばされる。背に、硬く重い扉を勢い良く受けた詩音は苦悶の声を漏らす。思わず膝をついた詩音は、すぐさまランサーの追撃に備えて痛む体に鞭打って構えるが、

「?」

 そのランサーの追撃はやってこなかった。何事か、と詩音はランサーの方を見れば、そのランサーは、

「――――」

 楽しげでありながら機嫌悪そうという実に形容し難い表情を浮かべてその場に立ち尽くしていた。何やねん、と詩音が怪訝そうにランサーの表情を窺うと、彼はおもむろに口を開いた。

「はっ、てめぇみたいながきんちょが俺と渡り合うたぁ――これだから、こんなことがあるから英霊なんてもんはやめられねぇ。おもしれぇ、おもしれぇぜ」だが、とランサーは眉をしかめた。「てめぇの戦い方が気にくわねぇ。まるであの弓兵とやりあってるような気分になってきやがる。てめぇ、あの嫌味ったらしい赤色野郎の関係者か?」

「失敬な」

 ランサーの問いに、詩音はあからさまに嫌そうな顔をした。

「あんな嫌みったらしい笑い方する男に知り合いなんてはいないわよ。これでも男を見る目はあるつもりよ」

 男性経験はないけどね! と、いらんことで胸をはる詩音に、ランサーは命のやりとりの最中だというのに苦笑を禁じえなかった。

「はっ、意見が合うな、がきんちょ。名前はなんてぇんだ?」

「――殺し合いの最中に口説くつもり?」

「莫迦抜かせ。俺の好みはボンキュッボン! のナイスバディのネエチャンだ。俺に口説かれるにゃ百年早いぜ、がきんちょ」

誰がつるんぺたんの幼児体型か――――ッッ!!

 マッハで逆切れした詩音に、言ってねぇよ! と突っ込んで、ランサーは男臭い笑みを浮かべて言う。

「なに、本気で殺仕合う相手の名を聞いておこうと思ってな」

 それが礼儀ってもんだろう、というランサーに詩音は口調も態度も違うが、何処か自分に戦い方を教えた者に通じるものを感じ取り、敵でなければ仲良くなれたかもなぁ、と思う。

「――あー、じゃあ殺しあわないから名乗らないってのはどう?」

「そいつぁいただけねぇ。いただけねぇな、お嬢ちゃん。俺はあの赤いのとの戦いでフラストレーションが溜まっててな。加えて、くそみてぇなマスターのおかげでストレスも溜まりっぱなしなんだよ。ここらでがつんと気の済むまで闘わねぇとやってられねぇ」

「知るか、んなこと」

 言って、詩音は溜息をつく。姉さん遅いなぁ。まだ帰ってこないのかなぁ。ええい、覚悟を決めなさい衛宮詩音。これほどの相手が自分を敵手と認めたのよ。あの人であればむしろそれを誇れと言うはず。ならば――

「お?」

 肩を落としていた詩音が、すっと身構え、何時の間にか取り出した長剣を構えたのを見て、ランサーは面白そうな声を漏らした。どうやら、眼前の少女は覚悟を決めたらしい。

「故あって、師の名は明かせませんが――」

 一部の隙も無く長剣を構えた詩音は静かな口調で言う。だが、ランサーは気付いただろうか。彼女が構えた長剣が、暗渠を思わせる闇色へと変色し、異常なまでに捻れているとはいえ、彼の故郷で硬き稲妻を意味する名を持つ武器であると。彼の親友、その唯一無二の武器であると。

「――我が名は詩音。衛宮詩音。まだまだ未熟者ではありますが、英霊殿、どうぞお相手願います」

「はっ! 気にすんな。俺も名乗れねぇんだ。それより、いい口上だ」

「教悦至極。では――」

 すっと腰を落とした詩音に、ランサーは獰猛な笑みを浮かべて答える。何処から武器を出したのか、そして、あの武器に何処か見覚えがあるのは何故か――気になることは山ほどあるが、今はどうでもいい。

「おうよ」

 今は、自分が認めた相手と、ただ刃を交わすのみ――

「――参ります」

 詩音の宣言を合図に、両者は再び切り結ぶ。どちらからともなく開いた距離を詰め、突き、薙ぎ払い、斬り掛かり、打ち払う。まさに、死戦。互いの一撃一撃が攻めであり、受け。一撃を加えると同時に、その一撃で相手の一撃を受ける。両者の動かす腕はすでに残像のみを見せるのみであり、その間合いの中ほどでは連続して火花が咲いては散り消える。

「ははっ! いいぞ、いいぞ詩音!! もっと、もっとだ――」

 分泌されるアドレナリンに任せるままにランサーが愉悦に叫び、詩音はそれに、諾、と答える代わりに黒い長剣で一撃を見舞う。そしてランサーはそれを防ぐと同時に穂先を繰り出す。戦いは、五分と五分――

「――――くっ!?」

 ――ではなかった。確かに、二人はほぼ同等にやりあっているのだが、ランサーが闘争心と力量に裏打ちされた攻撃のテンポをどんどんと上げて行くのに対し、最初から限界いっぱいの動きを行っていた詩音では、次第に優位がランサーに傾くのも無理のない話だった。どれほど魔力で強化しているとはいえ、“人間の少女”である詩音が英霊たるランサーと渡り合うなど、土台、無茶なことなのだ。

(このままじゃ――)

 ――殺られる。ランサーの鋭い、引き手も見せぬ突きを受け流して詩音は唇を噛んだ。あちらはまだまだ余裕があるのに対し、今の自分はこれが精一杯。

「こ、の、ぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 あちらが全力を見せる前に、決着を。その思いから、詩音は体に残された力の凡てを長剣に乗せて全力の一撃を放った。だが、

「甘ぇッッ!!」

 ランサーは猫科の猛獣を思わせる敏捷な動きで、それを避けた。ただ避けたのではない。退くのでも、左右に逃げるのでもなく、前に出て、詩音の懐のうちに――彼女の小柄な体に肩から体当たりをかましたのだ。

「ぎゃうっ!?」

 まるでダンプカーにはねられたような激しい衝撃に、詩音は悲鳴を漏らし、吹き飛ばされた。先ほどとは違い、硬く閉められた土蔵の扉を突き破ってその中に飛び込んだ。吹き荒れていた鋼と鋼の織り成す暴風が、止む。だが、その暴風の紡ぎ手の片割れ――ランサーはこれで決着がついたとは思っていない。まだだ。まだ満足していない。だから――

「どうした詩音!?」一個の戦闘機械と化したランサーは、滾る闘争心のままに叫ぶ。「こんなもんじゃねぇだろ? 立ち上がり、剣を取り、構え、打ち結べ! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)!! 早く(ハリー)!!!」

 その叫びは、詩音が消えた土蔵の暗がりに吸い込まれていった。


 何やら言い合う声が聞こえたかと思うと、激しい剣戟の響きが扉の向こうから漏れ聞こえてきた。

「信じられないな」

「何が、だ?」

 生きた恐竜を見た古生物学者のような表情で呟いたバゼットに、鐘は尋ねた。土蔵の格子窓から差し込む幽かな月明かりに照らし出されたバゼットの美貌には、紛れも無い驚愕の表情が浮かんでいた。

「戦っている」驚きの表情のままにバゼットは答えた。「戦えている、詩音くんは、彼と戦えている」

「そんなに凄いことなのか?」バゼットの驚きように、鐘は思わずそう尋ねていた。「いや、もちろんあの青いのがとてつもない存在だというのは私でも判るが」

「凄い」バゼットは言った。「なんてもんじゃない。アイルランドの大英雄だぞ、彼は。それが、ただの魔術師の詩音くんが――いや、ただの魔術師ではなかったということなのか? 私は思い違いをしていたのか? イリヤくんではなく詩音くんのほうだったのか? 詩音くんこそが、プレイヤーだったというのか?」

「魔術師? プレイヤー?」

 思わず漏らしてしまった呟きに鐘が眉をひそめたことに気付いて、バゼットはしまった、と顔を歪める。だが、何か言い繕うとした次の瞬間、土蔵の扉に何かが叩きつけられた音が響いた。剣戟の響きが止む。

 ――殺られたのか?

 一瞬、そう考えたバゼットだが、そうではないらしい。なにやら言い合う声が響く。何を話しているのか、とバゼットが扉に耳を当て、聞き耳を立てると、

誰がつるんぺたんの幼児体型か――――ッッ!!

 ――いったい何をやってるんだ詩音くんは。場違いな絶叫に、バゼットは眉をひそめた。見れば不安そうにこちらを見ている鐘に、バゼットは苦笑してみせる。

「どうやら我らが詩音くんは健在らしい」

 今のところは、と言いかけて、バゼットは口を噤んだ。あからさまにほっとしている鐘の心情を思えばとてもではないがそんなことはいえない。だが、遅かれ早かれ、そのときはやってくる。いくら詩音が善戦しようが、ただの人間の魔術師が、英霊に打ち勝つなど出来るわけがないのだ。

 再び、剣戟の響きが――前にも増して激しいそれが扉の向こうから聞こえてきた。それを耳にして、バゼットは臍を噛む思いだった。なんてことだ。私は彼女たちの役に立つと、力になると決めたというのに、現実はこれだ。詩音くんの影にかくれているだけ。くそ、なんてことだ。

 剣戟の響きは止むことなく、それどころか次第にそのテンポと激しさを増し鳴り響く。ヒートアップしていく金属の硬い響きがもはや連続した長音のように聞こえるようになった瞬間、

「ぎゃうっ!?」

 扉が打ち破られ、銀髪を乱した詩音が飛び込んできた。


「詩音! 詩音!!」

 鐘が、倒れ伏す自分に駆け寄るのが判った。ああ、もう、なんて顔してるの。鐘は綺麗な顔してるんだから、そんな鼻水垂らしそうな半泣きの顔しちゃ駄目じゃない。

「鐘、お茶はもうちょっと待ってね」

 詩音は、泣きそうな――否、泣いている級友を安堵させようと軽口を叩いた。

「そんなことは――」

 どうでもいいから。逃げろ、逃げてくれ、と鐘が叫ぼうとした瞬間、詩音が苦しげに咳き込んだかと思うと、がふ、と血を吐いた。

(――内蔵がやられたか)

 自分の口から溢れ出した血と、体に走る痛みから、詩音は自分のダメージのほどを知る。正直、ここで寝てしまいたい気分だった。だが、

「詩音、詩音!!」

 半狂乱になって自分の名を泣きながら繰り返す友人の声に、そうもいかないよねぇ、と思う。そんな詩音の耳に、鐘の泣き喚く声以外の音声が聞こえてくる。

「どうした詩音!? こんなもんじゃねぇだろ? 立ち上がり、剣を取り、構え、打ち結べ! 早く! 早く!! 早く!!!」

 急かすんじゃないわよ。詩音は急速に掻き消えていく自分の裡の魔力を掻き集め、痛んだ体を癒し、強化する。だが――

 立てない。ちくしょう。詩音は顔を歪ませる。立て! 立ちなさいよ! 何をやってるのよ、アイツが来るわ。このままじゃ、私も鐘も御終いなのよ。折角出来た友達を、私と姉さんのかけがえの無い友達を、こんなところで死なせるわけにはいかないのよ。それに、私には、

「こんなところで死んでる暇なんてないのよ――!!」

 血を吐きながら言って、詩音は体を起こす。ちくしょう。力。今、この危地を乗り切る力が。力を。誰か。

 ――私に、力を貸して。

 霞む視界の向こうに、こちら側に向けて悠然と歩を進めるランサーの青い影を見て、詩音は心から祈り、

「!?」

 次の瞬間、あたりは眩い光に包まれた。


「はっ、こないんだったらこっちから行くぜ」

 出てこない詩音に業を煮やしたランサーは、土蔵に目掛けて歩き出した。一見すると無造作に進んでいるように見えるが、その実、その姿には一分の隙も無い。ランサーはまったく油断していない。確かに、あの体当たりでかなりのダメージを負わせた自信はある。だが、そんなものではないはずだ。あの少女が、あの程度で参ってしまうようなタマではないはずだ――彼はそう確信していた。

 そうしてランサーが土蔵に足を踏み入れようとした瞬間、その土蔵の中から、爆発的な閃光と、凄まじい魔力の奔流が溢れ出した。彼は、それが何であるか、よく知っていた。

「何ィ!? 七人目だと!?」


 光の奔流が収まった土蔵には、銀と蒼を纏った剣士が凛として起立していた。金糸を思わせるその髪に格子窓から差し込んだ月光が淡く光り、剣士の纏う雰囲気と合わせて、見る者に神秘的な印象をあたえている。

「問おう」銀と蒼の剣士は、膝をついている詩音に尋ねた。「貴女が私のマスターか?」

 問いを受けた詩音は、その瞬間まで、惚けたような表情を浮かべていた。土壇場でどうやらサーヴァントを呼び出したこともそうだが、呼び出したサーヴァントの剣士、おそらくは最強の手札であろうセイバーと思しき相手の持つ雰囲気に呑まれてしまっていた。

 なんて。

 詩音は思った。なんて、綺麗。

 美しいものは、姉で慣れている。また、神々しい雰囲気を持つ相手にも、慣れている。だが、それでも詩音は目の前のセイバーを美しいとしか思えなかった。同時に、美しく、そして気高い雰囲気を惜しみなく放つ相手に、やましいとしか言い表せない劣等感を感じ、

「答えを」

 と、問い重ねるセイバーの声で我に帰った。

「貴女が、私のマスターか」

「ええ」ようやくのことでそう応えた詩音は、セイバーに頷いてみせた。「そうよ。私が、貴女を喚び出した――マスターよ」

 言って、詩音は何時の間に左手に現れていた令呪をかざす。

「確認した」セイバーは、それを見て小さく頷き、片膝をついて詩音に傅いた。「貴女をマスターと認める。これより、私は貴女の剣となり、その行く手を遮る悉くを斬り伏せ、貴女に勝利をもたらそう――」

「それじゃあ」詩音はそんなセイバーに、土蔵の外で目を丸くしているランサーを顎で示し、言った。「とりあえず、外のあれ。やっちゃって」

「承った」


 突然の七体目のサーヴァント出現に目を回して――我に帰った瞬間、まるで砲弾のうような勢いで銀の影がこちらに飛び掛ってくるのを、ランサーは辛うじて交わすことが出来た。

「この時期に魔術師だからまさかとは思ったが――」驚異的な脚力で一気に間をとって、ランサーは憎々しげな調子で言う。「そのまさかとはな――詩音!!」

「はン! 好きなだけ驚け青タイツ!!」

 先ほどまでの弱り加減が信じられないような調子で土蔵から出てきた詩音が胸を張って言う。

「薄い胸張ってんじゃねぇよ!!」

「誰が洗濯板だこの怪人青タイツ!!」

 言ってねぇっ! つーか誰が怪人青タイツだこのヤロウ!? というツッコミは、だが、ランサーの口から発せられることはなかった。ビシっ、とバックハンドでツッコミを入れようとするランサーに、セイバーが襲いかかったからだ。だが、そのセイバーの手には何も握られていない。いや、確かにその両手はなにかを握っているのだが、その握っているものが見えないのだ。

「く、この――」

 不可視の武器を辛うじて受けながら、ランサーはその勝手の悪さに舌打ちして再び距離を取る。

「てめぇ、武器を隠すとは何事だ!!」吼えたランサーは、だが、攻撃を受けた感じから相手の得物を推察する。「あの手ごたえ――剣だな。と、なると、てめぇセイバーか」

 問われたセイバーは、それに不敵に笑って答える。

「さてどうかな? 戦斧かもしれんし、槍剣かもしれぬ。いや、もしや弓ということもあるかもしれんぞ――ランサー?」

「はっ! ぬかせ、セイバー!!」

 相手――セイバーの軽口に、ランサーは吼え答え、襲い掛かる。詩音との戦いですでにエンジンの温まっていたランサーの攻撃は、まさに神速。詩音との戦いで見せたそれの比ではない。だが、その神速の攻撃を、セイバーは捌く。そしてあろうことか、その攻撃を上回る速度で剣撃を繰り出し、あっという間に攻守を逆転してみせた。

 その様を見ていた詩音は、感嘆の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 なんて美しい剣なのだろう。確かに、その武器は不可視。だが、セイバーの握るグリップの形と角度、腕の振り方から詩音はその剣筋を見て取った。そして、溜息。

 あれは、なんの非の打ち所も無い、正統派の剣。まさに王者の剣捌き。そして、自分がけして手に入れることが出来なかったもの。

 ちくり、と詩音の胸が痛んだ。

 自分も、あのような剣を振るうヒトを知っている。そして、そのヒトに教えを請うた。だが、自分には、あの剣は手に入れることは出来なかった。結局、自分に出来たのは、それまでに身に付けていた戦い方を磨くことと、あの手の剣に対する戦い方だけ。けして、あの美しい剣を身に着けることは出来なかった。

 羨ましい。

 そう思った瞬間、切り結んでいた両者が。間を取った。いや、距離を取ったのは両者ではない。見えぬ武器――間合いの掴めぬ相手を向こうに回して立ち回る、という行為が存外に面倒だと感じたランサーが打ち合いを一方的に切り上げて距離をとったのだ。

「どうしたランサー」にやり、とランサーの感じている勝手の悪さを察して、セイバーは挑発した。「調子が悪そうだな」

「ああ、悪いぜこんちくしょう」セイバーの挑発に、忌々しいとばかりにランサーは舌打ちして答えた。「見えぬ武器がこれほど厄介だとは初めて知ったぜ」

 言ってランサーは、ところでだ、と続けた。

「俺は、性根の腐ったマスターから、初めて仕合う敵とはかならず生きて情報を持って帰れって言われていてな。てめぇもてめぇのマスターの怪我を治さにゃならんだろう。どうだ、セイバー、ここは一つ俺のことを見逃さねぇか?」

「戯けたことを」そんなランサーの言葉を、だがセイバーは笑い飛ばした。「ランサー、貴方の都合など知ったことではない。それに、マスターの怪我は貴方を屠ってからゆっくりと治療すればいい」

「吼えたなセイバー」自分を倒すと言ってのけたセイバーに、ランサーは牙を向くようにして獰猛な表情を浮かべた。「ならば喰らうがいい――、我が必殺の一撃を」

「そいつはいただけないわね」

 構えたランサーの腰を折るようにして声を発したのは、詩音だった。

「アイルランドの光の御子のとっておきといえば、放てば違わず相手の心臓を射抜くという古今無双の魔槍――そんなものを喰らっちゃあ、いくらウチのセイバーがムテキングなサーヴァントだとしてもただじゃあ済まないわ」

「てめぇ、どうして俺の宝具を!?」「アイルランドの光の御子!?」

 二つの驚きの声を浴びて、詩音はにやりと笑ってみせる。

「なに、学校での戦い振りと、自分で戦った感触――加えて、それほど見事な赤の魔槍。そこから推察してみせただけよ。でも当っていたようね、ランサー。いや、クーフーリンと呼ぶべきかしら?」

「カマをかけたってわけか」

 舌打ちして言うランサーだが、実のところ違う。詩音は、前もってバゼットから聞いていただけなのだ。それを、もっともらしく語ってみせただけ。言うなればハッタリだが、これも戦いの駆け引き、その一つである。

「さぁ――」詩音は憎々しそうにこちらを睨むランサーに笑いかける。「手の内暴かれて、どうするのかしらランサー? 言っとくけど、少しは私も回復したから攻め手に加わって二対一」

「こいつぁ益々やり合うのはうまくねぇな」じり、と一歩下がって、ランサーは肩を竦めてみせた。「東洋じゃあ、こういうときなんていうんだったか」

「三十六計逃ぐるに如かず――って言うのよ」

「おおよ、それだそれ」教えた詩音に、ぽんと相槌を打って、ランサーはいっそ清々しくさえ感じられる笑顔を浮かべていった。「てなわけで、逃げさせてもらうぜ! あばよ!」

 いい夢見ろよ、とワケのわからないことを言い残し、ランサーは隙をついて大跳躍。

「待て! 逃がすか!!」

 そんなランサーを追おうとしたセイバーだったが、

「あいた!?」

 詩音が脱いでよこした靴が後頭部にヒットして、出鼻を挫かれた。

「マスター、何を」

 事と次第によっちゃただじゃすまさねぇぞ、ああん!? という視線をセイバーは詩音に叩きつける。主従の誓いはどーしたセイバー。

「あー、うん」セイバーの険しい視線をうけて、詩音は肩を竦めて、言う。「ぶっちゃけると、私が限界。体はすっかり治ったけれど、魔力がすっからかんなのね。てなわけで、下手をうつとバックアップの切れた貴女が返り討ちにあう可能性も無きにしも非ず、ってわけよ」

「――む」

 詩音の説明に一理ある、と感じたのかセイバーは難しい声で一声唸って考え込む。そして、

「仕方ありませんね。退くべきときに退くのもまた戦いの習い。従いましょう。ですが――」そこまで言って、セイバーは鋭い視線を外へと続く門に向ける。「新たな敵を倒すのに異存はありませんね? マスター」

 そんなやる気というか殺る気満々なセイバーの視線の先には、

「――詩音。サーヴァントの躾けがなってないようね? つーか私を置いて帰るとはいい度胸ね今夜は泣いて謝っても許してあげないからね死ぬほど折檻したげるわ」

 額にえれぇデカイ青筋浮かべたイリヤがすっげぇ良い笑顔で立っていた。こめかみがひくついているのはご愛嬌。

「ああっ!? 姉さんってば帰ってくるなりおかんむり!?」

 つーかアレは敵じゃないのよ攻撃しちゃ駄目ぇー!! と詩音の悲痛な叫びが夜のしじまに響き渡る。夜は、まだ長く、どうにも容易く明ける様子はなかった。

 

 ちなみに、さして親しくない級友である一般人の身を案じた某セカンドオーナーが皮肉屋の弓兵を校内くまなく探索させたり、どうも死体が見つからないことから、うむ、無事だったかととりあえず家に帰ったあとで弓兵から、目撃者が生きてるんだったら確実に消そうとするんでないかい?(※意訳) と言われて焦って保護しに出かけたはいいけど家が判らなくて冬木の町を西へ東へ走り回っているのはまったくの余談である。













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