一次創作『宿無し魔王放浪記』

宿無し魔王放浪記

第一章

2・説明と理解

 腰が砕けたようにぺたりとその場に座り込んだ霧香に、ギリアムが同情するでもなく声をかける。

「心中お察し致します」

 放たれた言葉とは裏腹の口調に、霧香はおもわず、「嘘付けっ!!」と怒鳴りそうになったが寸でのところで口から飛び出そうになったその言葉を飲み込む。怒鳴ったところでどうなるわけでもない、という事実と、自分の危うい立場――彼女は魔王云々という説明を完全に信じたわけではない――、つまり見知らぬ場所に拉致られて二進も三進もいかないということを思い出し癇癪を起こすことを堪える。代わりに、若干震えの含まれる声で訊ねる。

「帰れますか?」

 その問いに、ギリアムはゆっくりと、だがしっかりと首を横に振った。

「霧香様を見つけ出し、こちらへお連れしたのはすでにお隠れあそばされた先代陛下。我らには如何様にも」

 諭すような口調で言うギリアムは、たとえ返す術があったとしてもお返し致すわけには参りませんが、という言葉を口にしなかった。それはそうだろう。もし、ここで霧香に元の世界に帰られては魔界は荒れ狂う魔力を調整する者を失い、滅びてしまうのだ。

「そう……ですか」

 ギリアムの口にした言葉を耳にした霧香はそう呟くと力なく項垂れる。それを見て、ギリアムは、まぁ仕方なかろうな、と思う。見たところほんの小娘である少女がいきなり異世界に連れてこられ今日から貴女は魔王ですちなみに元の世界には戻れません残念――などと言われればショックを受けるのは当然至極。パニックを起こして喚き散らさないだけでも上等だと言える。

(――――とはいえ)

 毛足の長い絨毯の上に力なく座り込む霧香を見てギリアムは小さく嘆息する。このまま放心されていても困る。やることは山のようにあるし、いらぬ面倒も同じく眩暈をおこすほど存在しているのだ。とりあえずは声をかけ――

「ったく」

 ようとしたギリアムは呼びかけた霧香の名を飲み込む。ほんの数寸前まで悲劇のヒロインといった様子で項垂れていた霧香がすくっと立ち上がると、顔に掛っていた長い黒髪を気だるそうにかき上げて吐き捨てるように呟いた。そして、自分よりも頭一つ分ほど背の高いギリアムの顔を見上げて言う。

「私は魔王様とやらに祭り上げられて元の世界には戻れない……そうね? ミスタ・ギリアム?」

「――その通りで御座います」

 豹変した霧香への驚愕を辛うじて顔に表さず、ギリアムは答えた。同時に、目の前に立つ少女をしげしげと――あくまで不躾にならぬ程度に観察する。背は自分より頭一つ小さいぐらい。顔は整っているが、勝ち気そうな色を浮かべる双眸のせいで可憐だのなんだのという印象は受けない。濡れた鴉の羽を思わせる深くしっとりとした黒髪は腰まで伸びていて、彼らの伝承にある女神を連想させる。纏ったパジャマの下に見て取れる体つきは高い身長に比べて肉が足りていないというか、良く言えばスレンダー悪く言えば痩せ過ぎ。が、そのひょろりとした身体からは信じられぬほどの気迫が見て取れる。魔族たる自分を前にして、物怖じしないのはその気迫のなせる業かそれとも無知故か。

「で、ギリアムさん」

 くるりと身を翻しベッドに歩を進め、そこにぼふんと腰掛けた霧香は、自室のそれとは比べ物にならぬほどの感触を味わいながらギリアムにたずねる。

「私はとりあえず何をすればいいの? 魔力の調整やら調停とはまた別に」

「とりあえずは」

 彼女のことをどう判断すべきか思い悩みつつも、ギリアムは反射的に霧香に答えた。

「この部屋でお過ごしください」

 その言葉に、なんで? とでも言うように片眉を上げてみせた霧香にギリアムは言う。

「長い歴史の中で、人が魔王になったことは皆無で御座います。先代陛下の御指名とあらば表立って意義を唱えるものは少ないでしょうが、それでもなにかと面倒が御座います。我等魔族は人間より遥かに強大な種族ゆえ、キリカ様を始めとする人間を見下し、蔑視する傾向が御座います」

 そういう貴方はどうなのかしら? と霧香は冷ややかな視線でギリアムを見るが、口は内心と別の言葉を紡ぐ。

「で? 面倒を起こさないように部屋に篭っていろ、と? 別に構わないけどそれで魔王の仕事ってのは出来るの? 魔『王』というからには王様なんでしょ? やること山ほどあるんじゃないの? それってここに篭ったままでも出来るわけ?」

 若干詰問調の霧香の問いに、いいえ、とギリアムは首を横に振った。

「キリカ様がこちらの習慣や知識などを身につけ、魔王としての振る舞いを覚えられるまでで御座います。多少時間はかかりましょうが、キリカ様はすでに先代陛下よりその御力を継承された魔王で御座いますれば、立居振舞さえ身に付ければ魔界の有力者たちも人間出身がどうのと文句は言わぬでしょう。それまで政務のほうは宰相たる私めが補佐いたします」

「ふうん、ギリアムさん宰相なんだ」ついでに言ったという程度の口ぶりで自分の身分を告げたギリアムに、自己主張の薄いオッサンだなと思いつつ霧香は言う。「魔王としての立居振舞、か。礼儀作法がどうのっていうのは得意じゃないんだけど……って、それよりギリアムさん」

「なんで御座いましょう?」

 軽く首を傾げながら問うギリアムに霧香はたずねる。

「さっき魔王の力はすでに継承したとかなんとかって言ってたけど」

「はい。確かにそう申し上げましたが?」

「魔王の力って何? つか、さっぱり自覚が無いんですけど」

 言う霧香に、ふむ、とギリアムはしばし考えてから答える。

「魔界に満ちた魔力に干渉する能力と、自身が有する圧倒的な魔力ですな。前者は、ただ魔王が魔界に在れば発揮され続けるものゆえ、自覚できぬやも知れません。しかし、ご自身の魔力のほうは…………そうですな、キリカ様、心を静め、己が内を探ってくださいませ」

「心を――静める?」

 鸚鵡返しにたずねる霧香に、ギリアムは左様と頷きを返す。左様って言われてもなぁ、と霧香は思ったがとりあえず言われたとおりにしてみる。あれか、親父殿に連れてかれた禅寺みたいな感じでやればいいのか。座禅こそしないが、霧香はかつての体験から心を静め、己が内に意識を向ける。と――

「……?」

 目を瞑ったはずの視界に何か見えたような気がした。錯覚かと思ったが、

「どうやら感じられたようですな」

 霧香の微かな表情の変化を見たギリアムが声をかける。

「そのまま、キリカ様が感じたものに意識を向けてください。そう……そうです。感じられていますな? ではそれを掬い上げてください。己が内に眠っているものをゆっくりと――」

(これが……魔力? 私の?)

 暗闇の中ではっきりと感じられる力の流れに霧香は意識を向け、それを外に出そうとし、

「ッッ!?」

 瞬間、霧香を中心にして膨大な力が爆ぜた。室内には圧倒的な力の奔流が所狭しと荒れ狂い、調度という調度を木の葉のように吹き飛ばす。その様子に、力の流れの中心にいる霧香は流石に怯えたような表情を浮かべる。そんな彼女に、泰然として――流石に衣服や髪は乱れているが――立つギリアムが声をかける。

「キリカ様、怯えてはなりませぬ。其れはキリカ様に従う物、キリカ様の御力なのです。心安く、ただ静まれと、それだけを」

 荒れ狂う魔力の暴風のなかでなお耳に響くバリトンに、霧香は慌てたように頷き、言われたように荒れ狂う魔力を制御しようと意識を向ける。そうしてしばらく四苦八苦すると、霧香から溢れ出ていた膨大な魔力は嘘のように霧散した。

「っつ、はぁ――」苦しげな呼気を一つ漏らし、霧香は疲れたといわんばかりに肩を落とす。「ああ、焦った。いきなりだもん、吃驚したわ」

「でしょうな」

 霧香が誰に言うでもなく呟いた言葉に、ギリアムはさもありなん、と頷いてみせた。ギリアムのような魔族にとって魔力はあって当然、振るえて当然といったものなのだ。が、人間――しかも異世界の人間である霧香にしてみれば魔力などというものはおよそ縁の無いものなのだ。それが突然使える――しかも魔界のどんな魔力よりも強大に――ようになれば困惑して当然。

「とはいえ」酷いことになっている室内をちらりと一瞥し、ギリアムは小さく嘆息する。「魔力を開放するたびに、この有様――というのは問題ですな」

「ごめんなさい」

 今まで慇懃な態度を崩そうとしなかったギリアムの若干責めるような言葉と、調度から何から吹き飛んだ室内の惨状に、流石に霧香もばつが悪そうに詫びの言葉を口にする。

「いえ、魔力に慣れていらっしゃらないキリカ様に迂闊に力を振るわせたのは私めで御座います。キリカ様が詫びの言葉を口にすることはありません」

「って言ってもなぁ」辛うじて原型を留めているベッドに腰掛けたまま霧香は言う。「どうにかならない? 慣れるまでかもしれないけど、下手に力を振るうたびにこれじゃあ後片付けが大変でしょう?」

「確かに」言ってしばし黙考したギリアムは何事か思いついたらしく目と口を開いた。「よろしければ、私めの能力を用いてキリカ様の魔力をしばらく封じさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「封じる? 出来るの? どうやって?」

 あんなどてらいものをどうにか出来るんか? といった視線で霧香はギリアムに首をかしげて見せた。そんな霧香に、ギリアムは然り、と頷く。

「魔界において刑罰を司る能力を与えられている私めには、魔族の力を封ずる力が御座います。本来であればこの能力、私めより力の弱い魔族にしか用いることが出来ず、魔王陛下には効力を発揮できぬのですが――」

「――まだ魔王としてへぼい私なら大丈夫、ってこと?」

「左様で御座います。もっとも、流石に完全にとはいきませぬ。ですが、魔力の暴走を抑えることぐらいは出来ましょう」

 ギリアムの説明に、ふむん、と霧香は考える。とはいえ、魔力を封じなければ色々と面倒なことに変わりは無い。であるならば――

「じゃ、お願いするわ」

 割合あっさりとした調子で霧香はギリアムの申し出を了承した。ところが、そんな霧香にギリアムはいささか渋い顔を見せた。まるで本当にいいのか? とでもいわんばかりの表情だ。

「なに? どうかしたの?」

「いえ……本当に宜しいのですか?」

「や、宜しいもなにもギリアムさんが言い出したんじゃない」

「それはそうなのですが……先ほども言ったように、私めの能力は『刑罰』を司る――つまり、罪人に向けて行使するものなのです」

 ああ、と霧香は納得した。つまりこのおっさんは魔王に罪人に対して振るわれる能力を使うのは如何なものか、と言っているのか。慇懃な態度からしてこのギリアムというおっさん――宰相を捕まえておっさん呼ばわりはどんなものか――は忠誠心が高いらしい。だからこそ、言ってみたのはいいが自分の提案を実行するのを渋っているのだろう。だが、当面は魔力を封じて貰わねばどんな面倒があるか判ったものではない。と、いうわけで。

「気にしなくてもいいんじゃない? いいからやっちゃってやっちゃて」

「承りました」軽い調子で言う霧香に、ギリアムは渋々といった感じで頷く。「では、失礼」

 言って、ギリアムはベッドに腰掛ける霧香に向けて右の手のひらを突き出すとなにやら小声で呪文のようなものを呟き始めた。すると、霧香の眼前に突き出された手のひらに傍目からもそれと判るほど魔力が収束していき――

「ッッ!?」

 眩い光となって霧香の視界を覆う。

「うう〜眩しい〜」

 咄嗟に目を瞑ったせいか、視界はすぐにもとに戻った。目を瞑っていなければしばらくは目が利かなくなっていたかもしれない。霧香は、眩しいなら先に言ってよ、などと小声で漏らしながらふるふると、まるで視界にちらつく残光を振り払うように首を振った。と、彼女は振った自分の首に違和感を感じる。はて、なんだろうと視線を落とすと――

「な、何よこれっ!?」

 思わず霧香は叫んでいた。彼女の視界に映る自分の首に、黒々とした素材で作られた分厚い首輪のようなものが存在していたのだ。それはさながら罪人にかせられた罪の証明のようであり――

「もしかして、こんな風になるから渋ってたの?」

「左様で御座います」

 あー、そりゃ渋るわな、と霧香はがっくりと肩を落とす。これでパジャマが縞柄だったらまんま刑務所に収監されてる罪人である。つーか先に言っとけよおっさん。霧香は深い溜息をつきながら口には出さずギリアムにツッコミをいれる。魔王様がそれと見て判る罪人の証をしていれば外聞が悪いどころではないだろう。

「ごめん」

 短慮だったか、と霧香は軽く頭を下げる。

「私めも、いささか説明が足りませんでした。とはいえ、ますますキリカ様をお部屋の外にお出しするわけにはいかなくなりましたな」

「や、ほんとゴメン」やれやれ、とでも言い出しそうな雰囲気のギリアムに霧香は重ねて頭を下げた。「で、これからどうするの?」

「本来なら、近いうちに有力者たちにお披露目をするはずだったのですが――」言って、ギリアムはちらりと霧香の首に鈍く光る首輪を一瞥する。「――しばらくは延期ですな。知識と習慣の習得を優先していただきましょう」

「了解」

 肩を竦めて霧香は言う。言って、霧香は眉を顰める。

「ちょっと聞いていいかしら?」

「なんなりと」

「や、いきなり見知らぬ場所で目が覚めたり魔王だのと言われてすっかり忘れてたんだけど」言って霧香は怪訝そうにギリアムの顔を見る。「ギリアムさん、どうして日本語喋ってるの?」

「ニホンゴ、ですか?」

 霧香の言葉に、これまたギリアムも彼女と同じように怪訝そうな表現を浮かべる。

「そう。日本語。私の住んでた国の言語ね。まさか私のために勉強したってわけでもないでしょうに。どうして?」

「どうして、と申されましても」ギリアムはほどよく皺の刻まれた造りの良い顔に困ったような表情を浮かべて答える。「私めは先ほどから魔族の言葉を喋っているのですが」

 ギリアムの返した答えに、霧香は「へ?」といささか間の抜けた声を漏らす。

「え、だって。私さっきから日本語で喋ってるわよ? つーかギリアムさんの言葉も日本語に聞こえるし」

 霧香の戸惑うような言葉に、ギリアムはふむんと右手で顎をしごきながら答える。

「おそらくは――魔王の力がなんらかの作用を発揮しているのかもしれません。人間を――しかも異世界の人間を魔界に向かえ、魔王の座に就いていただいたことなどこれまでなかったので憶測に過ぎませんが」

「便利パワーね、それ」

 ギリアムの言葉に、呆れたように霧香は言う。それとも御都合主義かしら、と口に出さず考える。まぁ、便利パワーだろうが御都合主義だろうが意思の疎通が出来るにこしたことはないので構わないが。

(と、いうよりも出来なかったら大変よね。それこそ喚いてたかも)

 そう思い、魔王の力とやらに霧香は感謝する。まぁ、その力のおかげで見知らぬ世界に拉致られてきたのだけれど。便利なのは確かなのでそれはそれ、と考えておこう。

「心に棚を作れ、って言うしね」

 霧香は何かで読んだ格言紛いの台詞を口にしてベッドから腰をあげる。と、その拍子にきゅるるるるる、と腹の虫が鳴いた。そういや昨日は碌になんも食べてなかったなぁ、と思いつつ赤面。同級生などから『鉄の女』呼ばわりされる霧香だが、彼女は歳相応の恥じらいをもった少女であり、また、さして親しくも無い――というか初めて顔を合わせたばかり――相手の前で盛大に腹の虫を鳴らして平然としていられるほど面の皮は厚くない。

「何か持ってこさせましょう」顔を茹蛸のように真っ赤にして俯いた霧香に、なんでもないといったような口調でギリアムは告げる。「他に、何か御要望はおありでしょうか?」

「あー」

 あえて腹の虫についてのフォローを入れないギリアムに感謝しつつ、霧香は何かあったっけか? と首を捻り――ぽん、と手を叩いた。

「出来れば、朝食と一緒に着替えも。幾ら部屋から出ないっていっても、日がな一日パジャマってのも」

「着替え、ですか」

「……何? まさか無いって言うの。や、そりゃぴったりのサイズのやつはないかもしれないけど」

 この城に一人も女がいないってこともないだろう。女王だの王女だのの服じゃなくて、別にメイド服でもなんでもいいからとりあえず着替えをプリース――そうした内容の言葉をギリアムに(もちろん、言い回しはかえて)伝えるとギリアムは首を横に振った。

「無いの? 嘘でしょう?」

「と申しますか」ギリアムはまるで魚に肺で呼吸する方法を教えるような感じで霧香に伝える。「我々魔族が身に纏う衣服というのは、自分の魔力で編み上げたものなのです」

「つまり?」

「他者に渡す着替え、というものは存在しないのです」

「……便利なんだか不便なんだか」ギリアムの伝えてきた内容に霧香はぼやくように呟く。と、彼女はあることに気付きはっとした様子で顔をあげる。「自分の魔力で編むって――それじゃ魔力を封じられてる私はずっとパジャマのまま!?」

 幾ら部屋から当面出ないとはいえ、いや、出ないからこそパジャマのままというのは精神衛生上宜しくない気がする。なんというか自分が引き篭もりの駄目な人になったような気がするのだ。性格が多少素直でないために人付き合いがあまり上手とはいえない霧香だが、部屋に引き篭もる趣味は持たない。ヒッキーは嫌だなぁ、ヒッキーは、などと少しばかり憂鬱な気分になった霧香に、ギリアムが声をかける。

「キリカ様、封じた――といっても、あくまで暴走を防ぐ程度で御座います。確かに強い力の行使は出来ますまいが、おそらく服を編む程度であれば問題はないかと。無論、あまり凝った意匠のものは無理でしょうが」

「あ、そうなんだ」勝手に一人合点していた霧香は、ギリアムの言葉に沈んでいた表情をもとに戻し、早速着替えようとし、「……服ってどうやって編むの?」

「魔力で自分を覆うような感じを思い描いてください。そうすれば、自然と編み上がります」

 自分を覆うような感じ、ね。ギリアムの言葉に軽く頷き、霧香は言われたように自分の身体を魔力で覆う様子を頭に思い描く。すると、次の瞬間彼女の纏っていたパジャマが光ったかと思うと、

「へぇ、ほんとに出来たわ」

 何時の間にか、霧香は自分の髪の色と同じ漆黒のドレスを身に纏っていた。ちなみに、着ていたパジャマからドレスに着替える瞬間、ほんの僅かだけ彼女は裸体を晒したのだが本人は気付いていない。ギリアムはついと目を逸らしてその瞬間を見ないようにしていた。紳士なのか、はたまた自分の仕えるべき相手に対する節度を守ったのか。

 とまれ、彼女は魔力で編み上げられた不思議な衣服に着替えた。

「お見事ですな」自分の能力で暴発を抑えている上、魔力の行使としては初歩的なものといえる自身の服の編み上げではあるが、それをあっさりと行ってみせた霧香にギリアムは素直な賞賛を送った。「まぁ、初めてゆえ意匠はシンプルですが、ご自身の内面を現した見事なドレスに御座います」

「自身の内面?」

「左様」自分の言葉を鸚鵡返しに口にした霧香にギリアムは頷き、説明する。「魔力で編み上げた服は、その者の内面を現します。色や意匠に、それが反映されるのです。その点、キリカ様が編み上げたドレスは、色は魔王の象徴たる吸い込まれるような漆黒。意匠も、派手すぎず、かといって地味でもなく――キリカ様に良く似合った意匠に御座います」

「そ、そう?」

若干迂遠ではあるが、自分とそのドレスを褒めるギリアムの言葉に霧香は僅かに頬を赤く染める。その表情の変化は、彼女を知るものであれば目を丸くしたかもしれない。あの鉄面皮の『鉄の女』が? と。実際、彼女は他者の言葉に表情を変化――とくに喜怒哀楽の喜と楽――させることが少ない。が、それは彼女が自分を褒める、特に容姿を褒められることが少ないからだ。成績その他の能力を褒められても、そりゃ勉強してるから当然でしょう? と木で鼻を括ったような態度で答えるのが舞堂霧香という少女であり、そんな彼女を(さして付き合いの無い人々は)敬遠し、容姿を褒める以前に近付いて来ないのであった。自分の容姿を褒められることに慣れていないのだ。つまりは初心、ということだろう。

「に、似合ってるかぁ」幾分自制してはいるが、それでも霧香は嬉しそうに自分の編み上げたドレスをしげしげと眺め――「――って、これ」

 ――気が付く。足首まで覆う、裾の長いドレスは問題ない。問題は、腰から上。縫い目のない布地は、彼女の知る如何なる生地とも違う手触りで、彼女の身体にぴったりとジャストフィットしていた。どのくらいジャストフィットしているかというと、言葉を選んで言えばひどくスレンダーな体型である彼女の浮いたあばらは言うに及ばずパジャマから直に着替えた為にブラ(愛用しているのは寄せてあげるタイプ)をつけていないおかげで薄い胸――というか胸板にちょこんとその存在を主張している二つのぽっちの形が見て取れるほどにジャストフィットしている。

「な、ななななな――――――――ッッ!?」

 なによこれ! という言葉はどもりまくって意味の無い音となって霧香の口から飛び出した。自分のムダに高いタッパと並んで劣等感の源である体型を誤魔化しようの無いレベルで曝け出すドレスに彼女は羞恥から顔を真っ赤に染め上げる。とはいえ、自分で作ったドレスなのでギリアムに怒鳴ることも出来ない。霧香に出来るのは、浮き出た二つのぽっちを両手で隠すことだけだった。

 そんな二進も三進もいかずに、ううう、と唸る霧香に、果たしてどう声をかけたものかとギリアムはしばし悩んだが、結局。

「では、のちほど朝食をお届けするのと部屋の片付けに侍女を向かわせます」

 とだけ霧香に告げて彼は部屋をあとにした。下手なフォローは霧香の自尊心を傷付けるだろうという配慮だ。そんなギリアムの配慮に霧香は顔を赤くしたまま感謝しつつ、呟く。

「異世界に拉致とか魔王になったとかより、これが一番堪えたわ。コン畜生」





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